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<title>試稿錯誤</title>
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<description>雑念妄想を記録したい</description>
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<dc:creator>古井戸</dc:creator>
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<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-02-21">
<title>トヨタで何が起きているか</title>
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<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　       　　　   昨晩放映されたＮＨＫのＴＶ番組： トヨタで何が起きているのか 2010年 2月20日 土曜 午後10時00分〜10時43分 ＃＃番組案内＠ＮＨＫ 世界トップの自動車メーカーにのぼりつめたトヨタ。しかし今回のリコール問題で品質への信頼が大きく揺らいでいる。日米で緊急取材を敢行し、トヨタ問題の本質に迫る。 【ゲスト】ノンフィクション作家…佐藤正明，危機管理専門家…田中慎一，自動車ジャーナリスト…ミシェリン・メイナード，【キャスター】鎌田靖，【語り】小谷公一郎 http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/100220.html 今月9日、トヨタ自動車の豊田章男社長は記者会見で、国内で22万台、全世界で43万台のプリウスなどの車両について、リコールなどの対策を講じると発表した。高い品質を武器に、世界トップの自動車メーカーにのぼりつめたトヨタ自動車。しかし、今回のリコール問題で、トヨタが誇る品質への信頼が、大きく揺らいでいる。 なぜトヨタはこうした事態に追い込まれたのか。その背景にあると指摘されているのが、組織が巨大化する中で、現場で問題が起きても素早く情報を吸い上げて対策を講じる体制がとれていなかった点である。また、リコール問題への対応が後手に回り、トヨタに対する各国政府やユーザーの不信感が増大してしまったという点も指摘されている。 日本の製造業はいま、国内市場の縮小が進むなか、海外市場で生き残りを図ることが至上命題となっている。トヨタが直面する「危機」は、経済の「グローバル化」のなかで生き残りを賭ける日本のメーカーが直面する共通の課題でもある。 日本を代表するメーカー「トヨタ」で、いま何が起きているのか。なぜ事態はここまで深刻化したのか。日本とアメリカでの緊急取材を通じて、追跡する。 ＃＃ １　経営の分散化がなされていない。日本本社の一極支配。 　　（アクセル、ブレーキなど米国で問題になっているのは、米国部品メーカが製造。部品はほとんど海外で製造されているはずだ。ＱＡはどこでやっているのか？） ２　米国で発生したアクセルの構造。日本で販売されているのとは構造が異なる。寒冷地で使用すると機械接点部が、凍結により（水滴が付いた場合）離れなくなり、アクセルが効かなくなる。 　（ＡＢＳとは、寒冷地のスリップ対策である。寒..</description>
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<div class="diaryPhoto"><table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" summary="写真"><tbody><tr><td class="photoLast"><a href="javascript:void(0);" onclick="MM_openBrWindow('show_diary_picture.pl?owner_id=17833566&id=1419443724&number=150','pict','width=680,height=660,toolbar=no,scrollbars=yes,left=5,top=5');"><img src="http://ic.mixi.jp/p/8303312e4de758c40e1fed7df4bc9f96934e51fc54/4b8075fa/diary/1419443724_150s.jpg" alt="" width="1" height="1" /></a></td></tr></tbody></table></div><div class="diaryPhoto">　</div><div class="diaryPhoto">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　       　　<img style="width: 215px; height: 144px" src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/E38388E383A8E382BF100221_0803~01.JPG" border="0" alt="トヨタ100221_0803~01.JPG" width="215" height="144" />　</div><div class="diaryPhoto"></div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED">昨晩放映されたＮＨＫのＴＶ番組： <br /><br /><font size="5">トヨタで何が起きているのか</font> </div><div class="FANCYURL_EMBED">2010年 2月20日 土曜 午後10時00分〜10時43分 <br /><br />＃＃番組案内＠ＮＨＫ <br />世界トップの自動車メーカーにのぼりつめたトヨタ。しかし今回のリコール問題で品質への信頼が大きく揺らいでいる。日米で緊急取材を敢行し、トヨタ問題の本質に迫る。 <br /><br />【ゲスト】ノンフィクション作家…佐藤正明，危機管理専門家…田中慎一，自動車ジャーナリスト…ミシェリン・メイナード，【キャスター】鎌田靖，【語り】小谷公一郎 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><a href="http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/100220.html" target="_blank">http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/100220.html</a> <br />今月9日、トヨタ自動車の豊田章男社長は記者会見で、国内で22万台、全世界で43万台のプリウスなどの車両について、リコールなどの対策を講じると発表した。高い品質を武器に、世界トップの自動車メーカーにのぼりつめたトヨタ自動車。しかし、今回のリコール問題で、トヨタが誇る品質への信頼が、大きく揺らいでいる。 <br /><br />なぜトヨタはこうした事態に追い込まれたのか。その背景にあると指摘されているのが、組織が巨大化する中で、現場で問題が起きても素早く情報を吸い上げて対策を講じる体制がとれていなかった点である。また、リコール問題への対応が後手に回り、トヨタに対する各国政府やユーザーの不信感が増大してしまったという点も指摘されている。 <br /><br />日本の製造業はいま、国内市場の縮小が進むなか、海外市場で生き残りを図ることが至上命題となっている。トヨタが直面する「危機」は、経済の「グローバル化」のなかで生き残りを賭ける日本のメーカーが直面する共通の課題でもある。 <br /><br />日本を代表するメーカー「トヨタ」で、いま何が起きているのか。なぜ事態はここまで深刻化したのか。日本とアメリカでの緊急取材を通じて、追跡する。 <br />＃＃ <br /></div><div class="FANCYURL_EMBED"></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br /><br /><br />１　経営の分散化がなされていない。日本本社の一極支配。 <br />　　（アクセル、ブレーキなど米国で問題になっているのは、米国部品メーカが製造。部品はほとんど海外で製造されているはずだ。ＱＡはどこでやっているのか？） <br /><br />２　米国で発生したアクセルの構造。日本で販売されているのとは構造が異なる。寒冷地で使用すると機械接点部が、凍結により（水滴が付いた場合）離れなくなり、アクセルが効かなくなる。 <br />　（ＡＢＳとは、寒冷地のスリップ対策である。寒冷地対策を考えるのであれば、水滴による誤動作を何故検討していないのかは疑問の残るところだ。クルマで重要な機械的可動部は車輪、ハンドル、アクセル、ブレーキペダルなど限定される） <br /><br />３　危機管理体制＝有事の経営力がない。グローバル対応になっていない。グローバルコミュニケーション能力の問題。 <br /><br />番組冒頭で放映された豊田社長の会見（いつ行われた会見か？）。 <br />トヨタ社長はこういうことを述べた： <br /><br />「急成長にともない、品質の作り込みに人を十分つぎ込めていなかった。。」 <br /><br />この番組をみていた企業人やメーカ担当者は肝を冷やしたのではないか？実際、人や時間を十分かけていないのかも知れないが、こういうことを記者会見でシャーシャーと社長が述べたことに、だ。経験ある社長なら口が裂けても言わない言葉だろう（トヨタ幹部連中はホントにこのような認識に達しているのか？おそらく、口先だけ、の発言だろう。品質とは、後述のように＜物作り＞だけの問題ではなく、グローバルなコミュニケーションを含めた＜危機管理＞概念でもある。こういう認識はトヨタにはない）。 トヨタ社長は、日本の記者会見発言は即刻、米国あるいは世界中に伝わり、関係者が知るところとなる。日本における記者会見であっても聴いているのは世界である、という意識を持っているのか？</div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED">番組ゲストは、この社長発言はメーカの自己否定ではないか、と述べた。 <br /><br />わたしが驚いたのは、上記社長発言は質疑のなかの咄嗟のアドリブ発言ではない、ということ（日本の記者会見で新聞記者がトヨタトップを品質問題で責め立てる、ということはおよそ想像できない。やれば、新聞社から追放されるだろう）。社長は原稿を棒読みしていたのである。ということは、これは経営陣の総意であると見ていいだろう。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED">番組ゲストも述べていたが、「品質」という場合、想定内の品質問題、と想定外の品質問題がある。想定内の場合、対応は十分できる。想定外の場合、つまりユーザが予想外の操作を行った場合、想定外の環境で使用した場合など、これをメーカの責任外と逃げることはモハヤできない（昨年までトヨタや日本のメーカが国交省の了解の下でやり続けたことである）。これを徹底的に理解していないから、第一対応として、＜逃げ＞の発言をやってしまう。 <br /><br />複雑なシステムの場合、バグはつきものである。（マイクロソフトを見ればいい。バグだらけの製品（半製品）を平気で市場に出し、アップデートファイルのダウンロードでバグ対応をくり返し、ようやくまともに使えるようになった頃、新製品でござい！旧製品のサポートはＸ年後に打ち切ります！と押し売りをやる） <br /><br />想定外の問題は、世界中で発生する。これにどう対応するか、という危機管理システムが備わっていない、とみる。 <br /><br />４　ＮＨＫがトヨタの品質問題を追及する番組を作ること自体が異例のこと。この程度の品質問題がまるで突然発生したか、のようである。この認識自体が問題であり、こんなことがあるはずがない、問題は長年発生していたのであり（リコール自体は異常現象でもなんでもない）、隠されていただけなのである。その＜隠し＞にはＮＨＫを含む報道も協力していたのだ。ゲストも述べていたがトヨタが対応を間違えば、ニッポンが沈む。国内の権力、権威にはへりくだり続け、外国で騒がれるまで問題を＜隠し＞続ける。 <br /><br />この体質がニッポンを滅ぼす。<img class="emoji" src="http://img.mixi.jp/img/emoji/64.gif" border="0" alt="いい気分（温泉）" width="16" height="16" /> <br /><br />われわれ報道組織も、この際、シッカリ反省し、社内検閲原稿を棒読みするだけでなく、NHK職員としてでなく、個人の良心にしたがって、日本企業や政府官僚を、ことが発生する前に、平時よりシッカリ監視していきたい、と、ＮＨＫキャスターは決意を述べて番組を締めくくった。。。と、書いてみたかった。</div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED"> </div><div class="FANCYURL_EMBED"></div><div class="FANCYURL_EMBED"><font size="5">ＮＨＫで何が起きているか？</font></div><div class="FANCYURL_EMBED"></div><div class="FANCYURL_EMBED">なんにも。オリンピック特集を連日やっています。</div><div class="FANCYURL_EMBED"></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br />公聴会は来週。</div><div class="FANCYURL_EMBED"></div><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-02-19">
<title>KYなTOYOTA　　会社はトップで決まる</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-02-19</link>
<description>豊田社長が（というより取り巻きが）米国公聴会への出席を拒否しているようである。大正解だ。この社長では公聴会に出ろ、というのは無理。大恥をかくだけだろう。日本の国会参考人招致や証人喚問とはわけがちがう。先日の記者会見（東京）も用意した原稿を読むだけであった。仮に公聴会に出席したしたとする。世界のユーザや株主から、「なぜ、こんなバカが社長やっているの？」と不思議がられ、呆れられたろう。（まあ、それも悪くはないが）。さすがにトヨタの幹部連も現社長の能力をよく知っているのだろう。人前に出せるシロモノではない、と。かなり無理な想像ではあるが、本田宗一郎が社長をやっていたころ、米国議会から公聴会に出ろと要請されたら意気揚々と乗り込んだのではあるまいか。公聴会はネットで世界の誰もが見ることができる。絶好の宣伝の場所を与えてくれるのである。英語をしゃべる必要はない。社内の優秀な通訳を連れて行けばいいのである。宗一郎なら、言葉を越えて訴えるモノがある。人間力は万国共通である。なにより、宗一郎は商品（バイクやクルマ）を社内の誰にも引けを取らないくらいよく知っていた。彼は工場に出向いて新製品のプレゼンを担当者にさせ、議論した。当然のことではあるまいか？１８才の若者から８０歳の爺さん婆さんまで運転しなければならない商品を販売するのだから。薬や化粧品の会社ではない。誰もがユーザとなりうるクルマを売っているのである。公聴会に出席するのが怖いのか？いずれにしても、事実は曝露されるのである。パブリシティを知らない、ということはグローバル時代を生き抜けないということだ。いまごろになって議論することではないが。宗一郎が一生悔やんだのは社名に創業者の名前を冠したことであった。今月初め、米国のPBS(Public Broadcast Station、日本のNHKのようなもの、ただし、クオリティは段違い。NHKのニュース番組は報道とは呼べない)がトヨタ問題を取り上げたとき、キャスターはトヨタにも出演を依頼したが拒否されました、と伝えた。さらに、トヨタはこの番組（PBSニュースアワー）のスポンサーです、とも伝えた。創業者一族を社長や重役にするトヨタのKY体質をつくりあげたのは誰か？日本のマスゴミと官庁である。マスゴミはトヨタの広告代欲しさにトヨタ車の品質問題を一切報道しなかった。国交省は問題を把握しながらデータを公開しなかった（ただし、品質問題を隠したのは..</description>
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<dc:creator>古井戸</dc:creator>
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<p>豊田社長が（というより取り巻きが）米国公聴会への出席を拒否しているようである。</p><p>大正解だ。</p><p>この社長では公聴会に出ろ、というのは無理。大恥をかくだけだろう。日本の国会参考人招致や証人喚問とはわけがちがう。先日の記者会見（東京）も用意した原稿を読むだけであった。</p><p>仮に公聴会に出席したしたとする。世界のユーザや株主から、「なぜ、こんなバカが社長やっているの？」と不思議がられ、呆れられたろう。（まあ、それも悪くはないが）。さすがにトヨタの幹部連も現社長の能力をよく知っているのだろう。人前に出せるシロモノではない、と。</p><p>かなり無理な想像ではあるが、本田宗一郎が社長をやっていたころ、米国議会から公聴会に出ろと要請されたら意気揚々と乗り込んだのではあるまいか。公聴会はネットで世界の誰もが見ることができる。絶好の宣伝の場所を与えてくれるのである。英語をしゃべる必要はない。社内の優秀な通訳を連れて行けばいいのである。宗一郎なら、言葉を越えて訴えるモノがある。人間力は万国共通である。なにより、宗一郎は商品（バイクやクルマ）を社内の誰にも引けを取らないくらいよく知っていた。彼は工場に出向いて新製品のプレゼンを担当者にさせ、議論した。当然のことではあるまいか？１８才の若者から８０歳の爺さん婆さんまで運転しなければならない商品を販売するのだから。薬や化粧品の会社ではない。誰もがユーザとなりうるクルマを売っているのである。公聴会に出席するのが怖いのか？いずれにしても、事実は曝露されるのである。パブリシティを知らない、ということはグローバル時代を生き抜けないということだ。いまごろになって議論することではないが。宗一郎が一生悔やんだのは社名に創業者の名前を冠したことであった。</p><p>今月初め、米国のPBS(Public Broadcast Station、日本のNHKのようなもの、ただし、クオリティは段違い。NHKのニュース番組は報道とは呼べない)がトヨタ問題を取り上げたとき、キャスターはトヨタにも出演を依頼したが拒否されました、と伝えた。さらに、トヨタはこの番組（PBSニュースアワー）のスポンサーです、とも伝えた。</p><p>創業者一族を社長や重役にするトヨタのKY体質をつくりあげたのは誰か？日本のマスゴミと官庁である。マスゴミはトヨタの広告代欲しさにトヨタ車の品質問題を一切報道しなかった。国交省は問題を把握しながらデータを公開しなかった（ただし、品質問題を隠したのはトヨタだけではない。全メーカに及ぶ。情報隠しは構造問題である）。『トヨタの闇』（２００７）という本（あまり上出来とも思えないが、事実の一端は伝えてくれる）を読んだが、広告費を餌にした、官庁と一体になったマスゴミのリコール隠しは猛烈なものである。日経新聞＝大企業の広報誌は、『トヨタの闇』の広告を紙面に掲載するのを拒否した。かりに米国で騒がれなかったら、トヨタは引き続いて、日本のマスゴミや、国交省を恫喝し、リコール隠しを継続したろう。外圧に弱いのは、マスゴミ＋企業＋官庁の伝統である。</p><p>会社の幹部連から検閲を受けた原稿を棒読みするしかない社長では、とうてい、グローバルな時代を乗り切れない。トヨタが生き残りたかったらすぐに社長を解任するしかあるまい。こんな社長でグローバル時代を乗り切ろうとしたのだろうか？理解を絶する。部長、課長以下の従業員から叛乱は起こらないのか？</p><p>グローバル時代における企業トップの条件。そのひとつは、外国の議会（国民の代表だ）から公聴会出席を求められたら、すぐさま、単身乗り込んで、論理でもって相手を説得し倒す能力があること。この能力を身につけるにあたり、日本社会は最悪の条件を備えている。トップの条件、と書いたが別にトップだけじゃない、担当者であっても国際ビジネスシーンでは同じ能力（あるいはそれ以上）が要求されるのである。例外は競争のない（と思い込んでいる）現在のニッポンの独占マスゴミ。早晩来る崩壊に備えてクビを洗って待ってナサイね。こういう社長を選任した企業をチヤホヤし続けたニッポンのマスゴミ（や株主）に対しても世界から、ＮＯ！が突きつけられている、ということを悟り、恥じている業界人やマスゴミ関係者がいるとはおもいたくない。</p><p>トヨタ品質問題、トヨタ対マスゴミ問題はグローバル時代におけるニッポン問題の縮小再生産である。 </p><p>＃＃</p><p>『週刊東洋経済』２００６年７月２９日号がトヨタ品質問題に切り込んでいるのを最近知った。現在の事態を予知している。</p><p>ブログ記事を引用： <br /><br />［特集］トヨタが疲れている！！－最強の現場は疲れている！－トヨタの異変　崩れた品質神話 <br /><a href="http://toyota1.exblog.jp/9669419/" target="_blank">http://toyota1.exblog.jp/9669419/</a> <br /><br /><br />純益１兆円超えの好決算を連発し、日本中の企業が経営の手本と崇めるトヨタ自動車。その最強軍団で何かが狂い始めた。リコールの急増や現場の疲弊が伝えるのは、トヨタ最大の拠り所である品質の陰り。トヨタ自身、多くを語ろうとしないこの根幹の問題に、本誌は総力分析を試みた。あぶり出された姿とは……。 <br />本誌：長谷川高宏、野村明弘、梅咲恵司 <br />撮影：尾形文繁、吉野純治、今　祥雄 <br />異変１　リコールが過去最悪のペースで急増 <br />異変２　欠陥放置で品質保証部長など３人が書類送検 <br />異変３　米国ではクライスラーを上回るリコール発生 <br />異変４　下請け部品メーカーの従業員に「労災」で訴えられる <br />異変５　米国の品質ランキングで現代自動車に抜かれる <br />異変６　レクサスの国内販売は予想外の大苦戦 <br />異変７　既存の労働組合とは別の第２労組が発足へ <br />　トヨタがおかしい。世間がそう感じ始めた矢先の出来事だった。 <br />　７月１１日、衝撃的なニュースが飛び込んできた。欠陥車を放置し、人身事故を起こしたとして、トヨタの元品質保証部長など３人が書類送検されたのだ。事件を担当したのは、４年前に三菱自動車のリコール隠しを摘発した熊本県警。日本中がその経営手法を学ぼうとするトヨタの信じられない不祥事だ。 <br />　トヨタは弱り目にたたり目である。米セクハラ訴訟、国内レクサス不振……。ただでさえバッドニュースが重なる。そしてあろうことか、ここに来て大規模リコールが頻発。金看板だったはずの品質までもが世間に広く問題視され始めた。５月の決算発表では、社長の渡辺捷昭自ら「品質はわれわれの命脈。社長として解決すべき重要なテーマ。新年度の方針でも第一に取り上げる」と改善を力説したばかり。そんなさなかに起きた刑事事件は、トヨタの高品質イメージを根底から揺さぶりかねない。 <br />　長年、品質はトヨタの存立基盤として機能してきた。「トヨタ車は壊れにくい」。そんな共通認識がユーザーの間にあるからこそ、米ＧＭ（ゼネラル・モーターズ）を追い落とすほどの成長も成し遂げることができたはずだ。 <br />　特にドル箱市場の北米は経済合理性を重んじる地域。壊れにくいトヨタ車は中古車市場で値崩れせず、下取り価格を高く維持できる。だから、リセールバリューを第一に考える米国人にトヨタ車は人気がある。下取り価格が高ければ新車を売るときの値引きも少なく、利益も増える。まさに高品質による好循環が成立している。 <br />　しかも、これはトヨタ車に限ったことではない。高級車のレクサスも「壊れにくい」と考えられているからこそ、メルセデス・ベンツやＢＭＷを従え、米高級車市場の販売トップに君臨することができた。品質がトヨタのレゾンデートルであることは紛れもない事実である。 <br />　しかし、好循環が永遠に続くかといえば、そんな保証はどこにもない。品質イメージが少しでも落ちれば、正の循環は負のスパイラルへと一気に転げ落ちていく。近年、品質が向上した米ビッグスリーは過去の悪いイメージが払拭できず、今も販売不振から脱出できない。品質イメージの低下は業績の悪化に直結する。 <br />　株式市場もトヨタの品質問題を注視している。事件を受けてゴールドマン・サックス証券が発表したリポートには、リスク要因としてこんな文言が盛り込まれた。 <br />　「トヨタの勝ちパターンは高品質に裏付けされた消費者からの絶対的信頼にある。これが崩れると（販売）スケールは多大なコスト負担に変貌する」 </p><p>（以下略）</p><p>＃＃</p><p>日本の国債問題（格付け下落）もマスゴミが不思議なほどさわがない。日本の「夕張化」は経済学者の関心の外のようである。</p><p>&nbsp;</p><p>追記：5:30pm　2/19</p><p>米議会からの公聴会招請レター（参考人として）を受け、豊田社長が喜んで出席する旨の表明を記者会見でやった＠名古屋。あまりに鈍感な初期対応を反省したのか？これほど日本国内、米国、他の国々から注目を浴びる公聴会もめったになかろう。乾坤一擲、背水の陣。社内であらゆる想定問答を作成し、猛特訓した後、さすが、グローバル企業の社長は違う、と世界のユーザや企業人、株主、とくに米国のトヨタで働く１６万人の従業員を唸らせる誠実さと、模範となるような回答、意見を 表明してほしいものである。売った物には最後まで責任を持つ。これを表明し、ユーザを安心させれば、ユーザは逃げまい。日本の国交省は、音無しの構えか？責任はないのか？</p><p>&nbsp;</p><p>トヨタＨＰのＦＡＱ。今回のリコールについて。 </p><p><a href="http://www.toyota.co.jp/jp/faq/toyota/recall.html" target="_blank">http://www.toyota.co.jp/jp/faq/toyota/recall.html</a> </p><p>社内で試験をしたのか？なぜ、出荷前に発見できなかったのか？国交省には何を報告したのか、日本のユーザから苦情は受けていないのか、いつごろからどのような苦情が、どのくらいあったのか、それに対して貴社はどう対応したのか、のような質問は当然でてくるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>ＰＢＳニュースアワー</p><p><a href="http://www.pbs.org/">http://www.pbs.org/</a></p><p><a href="http://www.pbs.org/newshour/bb/transportation/jan-june10/toyota_02-09.html">http://www.pbs.org/newshour/bb/transportation/jan-june10/toyota_02-09.html</a> </p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><a name="more"></a>
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<title>立松和平と宮崎奕保禅師の対話</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-02-11</link>
<description>&amp;nbsp;  作家立松和平は、かい離性動脈瘤破裂で都内の病院に入院し、緊急手術を受けたがこの２月８日多臓器不全で旅立った。享年62歳。立松和平は、２００４年宮崎奕保禅師（みやざき・えきほ＝曹洞宗大本山永平寺貫首）にインタビューを行った。この対話番組を２月６日NHKが再放送したのを偶然、観た。録画していた番組から二人の対話を書き取った。禅師は２００８年に１０６歳で亡くなっている。禅師の言葉は、呼吸の吐く息にのって、一句一句、長い間をおきながら、ゆっくりと刻まれていく。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 道元禅師様はおっしゃっておるんや 「座禅をすれば善き人となる」その善き人となかなかなれん人間は名誉とか地位とか見栄とか我慢（わがまま）とかそんなもんでいっぱいだ欲は克服するすべを覚えんといかんそれが座禅だ&amp;nbsp;立松和平　「禅師様は坐られるとき頭の中、心の中でなにか考えたりなさいますか」なにも考えない妄想せんことやいわゆる前後裁断やその時その時一息一息しかないんだ何か考えたらそれはもう余分や座禅ということはまっすぐということやまっすぐというのは背筋をまっすぐ　首筋をまっすぐ右にも傾かない　左にも傾かないまっすぐということは正直ということや立松　「からだもまっすぐ、心もまっすぐですね？」身心（しんじん）は一如（いちにょ、一つ）やから体をまっすぐにしたら心もまっすぐになっとる&amp;nbsp;立松　「坐ることが座禅と言うことと理解しますけれども、すると、禅というものは生活の全てを禅ということですね？修業のひとつですね？」そういうことやスリッパを脱ぐのも座禅の姿や立松　「スリッパを脱ぐのも修業のひとつですね？」スリッパをそろえるのが当たり前のこっちゃ例えばスリッパがいがんでおったらほうっておけないんだスリッパがいがんでおるということは自分がいがんでおるんだ自分がいがんでおるからいがんだやつが直せないんだだから物を置いてもちぐはぐに置くのとまっすぐに置くのとすべて心が表れておるんだから心がまっすぐであったらすべての物をまっすぐにする必要がある立松　「それが座禅の姿ですね？」そうや 人間はわがままが自由やと思っておる ちゃんと型にはまったものが平生底（へいぜいてい、日常）でなければならない  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 立松　..</description>
<dc:subject>魂</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-02-11T12:25:01+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>&nbsp;</p><p><img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100211_1046%7E01.JPG" border="0" alt="100211_1046~01.JPG" width="144" height="176" /> </p><p> 作家立松和平は、かい離性動脈瘤破裂で都内の病院に入院し、緊急手術を受けたがこの２月８日多臓器不全で旅立った。享年62歳。</p><p>立松和平は、２００４年宮崎奕保禅師（みやざき・えきほ＝曹洞宗大本山永平寺貫首）にインタビューを行った。この対話番組を２月６日NHKが再放送したのを偶然、観た。録画していた番組から二人の対話を書き取った。禅師は２００８年に１０６歳で亡くなっている。</p><p>禅師の言葉は、呼吸の吐く息にのって、一句一句、長い間をおきながら、ゆっくりと刻まれていく。 </p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100209_1859%7E01.JPG" border="0" alt="100209_1859~01.JPG" width="160" height="195" /></p><p><strong> 道元禅師様はおっしゃっておるんや</strong> </p><p><strong>「座禅をすれば善き人となる」</strong></p><p><strong>その善き人となかなかなれん</strong></p><p><strong>人間は名誉とか地位とか見栄とか我慢（わがまま）とか</strong></p><p><strong>そんなもんでいっぱいだ</strong></p><p><strong>欲は克服するすべを覚えんといかん</strong></p><p><strong>それが座禅だ</strong></p><p>&nbsp;</p><p>立松和平　<font color="#0000ff">「禅師様は坐られるとき頭の中、心の中でなにか考えたりなさいますか」</font></p><p><strong>なにも考えない</strong></p><p><strong>妄想せんことや</strong></p><p><strong>いわゆる前後裁断や</strong></p><p><strong>その時その時一息一息しかないんだ</strong></p><p><strong>何か考えたらそれはもう余分や</strong></p><p><strong>座禅ということはまっすぐということや</strong></p><p><strong>まっすぐというのは背筋をまっすぐ　首筋をまっすぐ</strong></p><p><strong>右にも傾かない　左にも傾かない</strong></p><p><strong>まっすぐということは正直ということや</strong></p><p>立松　<font color="#0000ff">「からだもまっすぐ、心もまっすぐですね？」</font></p><p><strong>身心（しんじん）は一如（いちにょ、一つ）やから</strong></p><p><strong>体をまっすぐにしたら心もまっすぐになっとる</strong></p><p>&nbsp;</p><p>立松　<font color="#0000ff">「坐ることが座禅と言うことと理解しますけれども、すると、禅というものは生活の全てを禅ということですね？修業のひとつですね？」</font></p><p><strong>そういうことや</strong></p><p><strong>スリッパを脱ぐのも座禅の姿や</strong></p><p>立松　<font color="#0000ff">「スリッパを脱ぐのも修業のひとつですね？」</font></p><p><strong>スリッパをそろえるのが当たり前のこっちゃ</strong></p><p><strong>例えばスリッパがいがんでおったら</strong></p><p><strong>ほうっておけないんだ</strong></p><p><strong>スリッパがいがんでおるということは自分がいがんでおるんだ</strong></p><p><strong>自分がいがんでおるからいがんだやつが直せないんだ</strong></p><p><strong>だから物を置いてもちぐはぐに置くのとまっすぐに置くのと</strong></p><p><strong>すべて心が表れておるんだから</strong></p><p><strong>心がまっすぐであったらすべての物をまっすぐにする必要がある</strong></p><p>立松　<font color="#0000ff">「それが座禅の姿ですね？」</font></p><p><strong>そうや</strong> </p><p><strong>人間はわがままが自由やと思っておる</strong></p><p><strong> ちゃんと型にはまったものが</strong></p><p><strong>平生底（へいぜいてい、日常）でなければならない</strong> </p><p> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100205_1654%7E01.JPG" border="0" alt="100205_1654~01.JPG" width="144" height="176" /></p><p> 立松　<font color="#0000ff">「こうやって鳥が鳴いていて。。。永平寺はいつも自然に包まれていて一般的にもいいところだと思うんですが、禅師様は大自然のことをどのようにお考えでしょうか」</font></p><p><strong>自然は</strong></p><p><strong>立派やね</strong></p><p><strong>わたしは日記をつけておるけれども</strong></p><p><strong>何月何日に</strong></p><p><strong>花が咲いた</strong></p><p><strong>何月何日に</strong></p><p><strong>虫が鳴いた</strong></p><p><strong>ほとんど違わない</strong></p><p><strong>規則正しい</strong></p><p><strong>そういうのが法だ</strong></p><p><strong>法にかなったのが大自然だ</strong></p><p><strong>法にかなっておる</strong></p><p><strong>だから</strong></p><p><strong>自然の法則をまねて人間が暮らす</strong></p><p><strong>人間の欲望に従っては迷いの世界だ</strong></p><p><strong>真理を黙って実行するというのが大自然だ</strong></p><p><strong>誰に褒められるということも思わんし</strong></p><p><strong>これだけのことをしたらこれだけの報酬がもらえるということもない</strong></p><p><strong>時が来たならばちゃんと花が咲き</strong></p><p><strong>そして黙って</strong></p><p><strong>褒められても褒められんでも</strong></p><p><strong>すべきことをして黙って去っていく</strong></p><p><strong>そういうのが　</strong></p><p><strong>実行であり</strong></p><p><strong>教えであり</strong></p><p><strong>真理だ</strong> </p><p> <img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100205_1656%7E01.JPG" border="0" alt="100205_1656~01.JPG" width="144" height="176" /></p><p>&nbsp;</p><p> 故郷の家の築山に一本の梅の木が生えている。高さは二メートルと少し、くらいか。築山は４０年前に母屋を新築したとき、４年前に亡くなった親父が大改造したのだが、そのとき、この梅の木を移植してしまった。この梅の木はわたしの曾婆さんが本家から分家したとき記念に植えたものだ、と母が教えてくれた。現在、樹齢は１００年をゆうに越えている。４０年前に移植したとき（いや、私の生まれたときから）すでに、木の幹は苔むして真っ黒、老木然としていた。植え替えには耐えられまい、枯れるのではないか？と、母は心配していたがあにはからん、以後、春になると花を咲かせ続けている。今年もまもなく花を付けるだろう。わが家系の最長老である。あとは、わたしと、どちらが長く生き残るか。勝負である。</p><p>&nbsp;</p><p> 近所に自然公園がある。昔からこの地域にあった林の原木をできるだけ残しながら人工の池や川、歩道や芝生を配した公園である。冬には芝は枯れ、広葉樹は葉を落とし、花は葉、茎もろとも朽ち果て、すべてが肥やしとなって土に回帰する。先日、散歩したとき、梅の蕾は大きくなり、なかには花開いているのもあった。桜の蕾も目立ってきた。後二ヶ月経てば木々は緑に染まる。やがて葉は色付き、枯れ、落ちる。この繰り返しを何十回も見てきた。その間に年長の知人、親戚が何人も死んだ。おのれも知らぬ間に老いてくる。同年代、同輩の死を伝え聞くことが多くなる。そのたびに、意識の薄皮を一枚一枚積み重ねるように、あるいは霧の降るように、こころとからだは死の受け入れを準備する。いや、意識の表層では自覚できなくても深層では死をいかに受け入れるか、という準備が始まっているはずである。意識ではコントロールできない世界がある。 人類始まって以来、死の恐怖を回避、緩和し、死を最終的に受容する仕組みを体内に、社会に、人間は配備してきた。ひとは、死ぬことを前提に生まれてきた。太古の昔より、ゆっくりした季節の移り変わりとそのくり返し、交互に訪れる昼と夜のリズムは、そこから、経過する時間、すなわち死への接近を、眼、耳、肌で感じ、学習し、悟るためにあった。 </p><p>&nbsp;</p><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-02-05">
<title>トヨタの緊急記者会見について</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-02-05</link>
<description>きのうＮＨＫ夜９時のニュースでトヨタ（品質担当、横山常務）の記者会見を放映していた。社長ではない。なぜ社長が出てこないのか？にまず引っかかる。社長は何にも知らないから？今どき技術的な説明をできない社長がクルマ会社を統率できるとは驚きである。（本田宗一郎なら出てきたか？宗一郎は現場担当者並みにクルマを知っていた。みずから工場に出向いて担当者のプレゼンを求めた）。 番組で記者会見に臨んだトヨタ重役の説明によれば、これ（プリウスのブレーキ問題）はリコールに値する問題と考えていない、と。 内外の担当記者の前で堂々とこうしゃべるのだから、トヨタ社内では異論反論が渦巻いているのだろう。謀略だ！とか。とんでもないハナシである。株主やユーザはこういうトヨタに満足か？ 説明によれば、プリウスの場合、ブレーキを掛けて、低速になると、制動が電気系から機械系に切り替わる瞬間がある、その瞬間、ドライバは足裏から伝わるブレーキ感覚がなくなる、という。トヨタに寄ればそれでも押し続ければブレーキは掛かるのだから問題はない、という。しかもこれをトヨタが気付いたのは昨年末のこと。プログラムの手直しをして、以後の新車に搭載しているという。 この説明はどうなのか？足裏の感覚は敏感なものだ。コンマ何秒の無感覚時間は問題としないのか？（しかも手直しをした、というのだ）。ドライバにとっては人間工学がすべてではないのか？ 米国政府の担当部局からトヨタ本社に直接電話を掛けたときにはトヨタの社長が応対したという。きのうの記者会見は海外記者もたくさん押しかけた。記者会見は国内外の政府や競合メーカそれに、世界のユーザや販売店、株主が注目をしているということがわかっているのか？横山常務がリコールに値しない、と開き直るのではなく、社長が出てきて、技術的な説明をする、すなわち、ブレーキはきちんと掛かるが、ブレーキペタルへの伝達がユーザフレンドリでなかった、したがって、すでに販売したプリウスも新プログラムに置きかえる（リコールと言うことだ）、申し訳ない、と説明すればなんの問題もなく受け入れられるだろう（プログラム変更なら、基盤チェンジで修理店作業はあっという間に終わる）。 国交省と長年やってきたリコール隠し（トヨタだけじゃないが）の残滓は役員にものこっている。 米国で問題が発生した後でもこれである。海外メーカは大喜びだろう。 追記：横山常務の説明がネットで読めるので引用する（..</description>
<dc:subject>Ethics</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-02-05T11:12:55+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>きのうＮＨＫ夜９時のニュースでトヨタ（品質担当、横山常務）の記者会見を放映していた。</p>
<p>社長ではない。なぜ社長が出てこないのか？にまず引っかかる。社長は何にも知らないから？今どき技術的な説明をできない社長がクルマ会社を統率できるとは驚きである。（本田宗一郎なら出てきたか？宗一郎は現場担当者並みにクルマを知っていた。みずから工場に出向いて担当者のプレゼンを求めた）。 
<br /><br />番組で記者会見に臨んだトヨタ重役の説明によれば、これ（プリウスのブレーキ問題）はリコールに値する問題と考えていない、と。 
<br /><br />内外の担当記者の前で堂々とこうしゃべるのだから、トヨタ社内では異論反論が渦巻いているのだろう。謀略だ！とか。とんでもないハナシである。株主やユーザはこういうトヨタに満足か？ 
<br /><br />説明によれば、プリウスの場合、ブレーキを掛けて、低速になると、制動が電気系から機械系に切り替わる瞬間がある、その瞬間、ドライバは足裏から伝わるブレーキ感覚がなくなる、という。トヨタに寄ればそれでも押し続ければブレーキは掛かるのだから問題はない、という。しかもこれをトヨタが気付いたのは昨年末のこと。プログラムの手直しをして、以後の新車に搭載しているという。 
<br /><br />この説明はどうなのか？足裏の感覚は敏感なものだ。コンマ何秒の無感覚時間は問題としないのか？（しかも手直しをした、というのだ）。ドライバにとっては人間工学がすべてではないのか？ 
<br /><br />米国政府の担当部局からトヨタ本社に直接電話を掛けたときにはトヨタの社長が応対したという。きのうの記者会見は海外記者もたくさん押しかけた。記者会見は国内外の政府や競合メーカそれに、世界のユーザや販売店、株主が注目をしているということがわかっているのか？</p><p>横山常務がリコールに値しない、と開き直るのではなく、社長が出てきて、技術的な説明をする、すなわち、ブレーキはきちんと掛かるが、ブレーキペタルへの伝達がユーザフレンドリでなかった、したがって、すでに販売したプリウスも新プログラムに置きかえる（リコールと言うことだ）、申し訳ない、と説明すればなんの問題もなく受け入れられるだろう（プログラム変更なら、基盤チェンジで修理店作業はあっという間に終わる）。 
<br /><br />国交省と長年やってきたリコール隠し（トヨタだけじゃないが）の残滓は役員にものこっている。 
<br /><br />米国で問題が発生した後でもこれである。海外メーカは大喜びだろう。</p><p> 追記：</p><p>横山常務の説明がネットで読めるので引用する（上記の私の説明は放送の記憶から書いた。一部正確性を欠くが訂正しない。下記記事により補正願いたい）。</p><div id="articleTitle">
<div id="NWrelart:Head">
<h1>トヨタ プリウス、ブレーキに“空走感”を感じたら</h1></div></div><!-- articleTitle -->
<div id="articleDate">
<div id="NWrelart:ArticleDate">2010年2月5日(金) 17時43分</div><div id="NWrelart:ArticleDate"><a href="http://response.jp/article/2010/02/05/135949.html" target="_blank">http://response.jp/article/2010/02/05/135949.html</a>から。 </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate">＃＃引用 </div><div id="NWrelart:ArticleDate"><font color="#0000ff">トヨタ自動車は、新型『プリウス』が、ある条件のもとでブレーキを操作した場合、ユーザーに空走感を抱かせる現象があることを4日、明らかにした。この現象が、安全に関わる問題なのか、それとも佐々木副社長がいう“フィーリング”なのかは、同社と国土交通省で調査中だが、もし新型プリウスユーザーがこうした状況に遭遇した場合は調査中ではすまない。どうすればよいのか。</font><br /><br /><font color="#0000ff">品質保証を担当する横山裕行常務役員は、新型プリウスで起きているブレーキの空走感は「一定の踏力で軽いブレーキングを続けた場合、路面の状況によっては、ブレーキの反応がわずかに遅れるという現象」と説明する。</font><br /><br /><font color="#0000ff">この空走感が生じる恐れがあるのは、例えば、路面が濡れたり、凍結したりして片輪だけ回転数が変わるような場合に、ABS（アンチロックブレーキシステム）が作動した時だ。この瞬間、プリウスでは、回生ブレーキが油圧ブレーキに切り替わる。</font><br /><br /><font color="#0000ff">横山氏は、「雪道などでガガガッと車輪が動く経験などでご存知だと思いますが、ABSは車輪のロックを防止するために、ブレーキを一時的に緩めるという機能を持っている。この時（新型プリウスは）回生ブレーキを油圧ブレーキに切り換わった時に時間差が生じる。そこでいろいろなお客様からご指摘をいただいているのが”空走感”。短時間ブレーキが利かなくなることがある」と説明した。</font><br /><br /><font color="#0000ff">回生ブレーキとは、ハイブリッド車や電気自動車（HV/EV）特有の装置で、加速に用いる電気モーターを逆回転させることで減速させると同時に、発電をする仕組みだ。ガソリン車でいうエンジンブレーキとほぼ同じで、下り坂や、ごく緩いブレーキングのときに作動するものだ。ところが、そうした緩やかなブレーキングでわずかにスピードを制御している場合に、先のような条件でABSが作動すると、その車輪制御のためにメリハリのある大きな力を必要とするため油圧ブレーキに切り換えなければならない。このわずかな切替時間が空走感につながるというものだ。</font><br /><br /><font color="#0000ff">しかし、ユーザーにとっては、いくら瞬間のことであっても、予測がはずれてスピードが落ちなければ運転中のパニックにつながる。誰もがこのくらいのブレーキングであればこのぐらいスピードが落ちるという予測のもとに運転しているからだ。</font><br /><br /><font color="#0000ff">その対処法として横山氏が説明したのは「踏み増す」という行為だ。運転中に空走感を感じるということが起きても、ブレーキペダルをより多く踏み込めば、その踏力に比例してより大きな減速を見込むことができる。</font><font color="#0000ff"></font><br />＃＃引用終わり</div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate">当然のことだが、車を替えれば、ハンドルやブレーキの重さ、利き具合は異なる。 ドライバは別のクルマに乗っても（たとえばレンタカーや知人の車など様々な車種に乗り換えても）最初のとまどいはすぐに吸収して問題なく運転できるようになる。苦情が多い、と言うことは、通常の運転感覚を越えた感覚（反応）をドライバに与えているということである。人間が手と足で加える操作に対して、クルマがどういう反応を示すか（移動方向や速度）を、感覚器官、とくに眼と手足でフィードバックとして感じながら瞬間的に微調整（ハンドルやアクセル、ブレーキの切り具合、踏み具合）をくり返すのが＜運転＞というものである。上記の記事で言っているとおり、予測がなければ運転などできない。前を子供が横切っても急ブレーキを踏まないのは、この程度の距離なら、この程度の踏み込みでゆっくり停まることができる、と予測するからである。</div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"> </div><div id="NWrelart:ArticleDate"><font color="#0000ff">ユーザーにとっては、いくら瞬間のことであっても、予測がはずれてスピードが落ちなければ運転中のパニックにつながる。誰もがこのくらいのブレーキングであればこのぐらいスピードが落ちるという予測のもとに運転している</font> <br /></div></div><p>&nbsp;</p><p>こういうことである。 </p><p>ブレーキペタルとは何のためにあるのか？をトヨタは理解しているのか？ペダルは医者の聴診器と同じであり、しかも、運転行為と直結している。眼で確認したクルマの速度と位置情報をもとに、最適な強度（急ブレーキか、弱いブレーキか）が適切かを予測し、ブレーキペダルを踏み、速度位置の変化を観測してブレーキヲ再調整する、これを瞬時に時々刻々行う。このときブレーキペダルは制動を掛ける、以外に、押すときドライバの足に反作用を与えて、現在の押しの強さを自覚させる役割を負っているのだ。ブレーキペダルの機能を、手で回す目盛り付きのブレーキネジ、で代行できるか？ できはしないのである。空走感覚を与える、ということは、ブレーキの機能の欠落ということだ。つまり、押している感覚が無いのに制動自体はクルマに掛かっているのだからよい、という問題ではない。どの程度の制動を掛けているかを、足に伝えるというフィードバック＝伝達機能も同等に重要なのである。人間＝ドライバに現在の運転情報を（目視、体感）集中し、ドライバはすべてを制御できる、という感覚を無意識にもてないとドライバがパニックになるのは当然のことだ。</p><p>&nbsp;</p><p><font color="#0000ff">横山氏が説明したのは「踏み増す」という行為だ。運転中に空走感を感じるということが起きても、ブレーキペダルをより多く踏み込めば、その踏力に比例してより大きな減速を見込むこと。。。</font></p><p>&nbsp;</p><p>プリウスの構造は従来型普通車とは異なるにしても、運転技術上は特殊なクルマではない（として販売されている）。たとえば普通車免許保持者が大型車をいきなり運転できないのは大型には独特な運転技術が要求されるからである。いくら新機能を搭載しても、普通車免許の持ち主ならば違和感なく操作できる仕組みを作りあげるのが技術者の仕事であり、オートメーカーの努めではないのか？とくにブレーキは安全運転にもっとも重要な操作であり、一瞬の遅れが事故につながるのは言うまでもないことである。製造した側は仕組みの裏表まで知っているのだから、効き方が普通車とは異なる、ということを知っていても、使う側は従来の運転技術で十分として乗るのだ。ドライバに過大な要求をしてはならない。技術的な欠陥ではない、というのであれば、せめてプリウスのブレーキ特性を組み込んだシミュレータを販売店は用意して買う前、乗る前に体験させること、これを国交省と警察はメーカに義務づけなければならないのではないか（新車種について、要求される運転特性基準というものはないのか？国家は製品検査をせずにメーカを信頼、型式認定しているのか？クルマの仕組みが大きく変わろうとしている現在気になることである。シートベルト、エアバッグの装備、車両の破壊試験などより遥かに安全にとって重大事である）</p><p>&nbsp;</p><p>追記：２月７日</p><p>記事を読みなおして、記述の誤りや疑問点が生じてきたので追記する。</p><p>１　わたしは空走感、というのを誤解していた。ネットで調べると＜ドライバのブレーキ操作にかかわらずクルマが停まらないでそのまま前進する＞ことを言うらしい。わたしは、ペダルを踏んでも、足裏に反作用がない状態が生ずる、と解した（あたかも、遊び部分を踏んだときのように）。しかし、足裏に抵抗感はそのまま残るようである（つまり、ブレーキが回生式（電気式）から機械系に代わったところで、足裏に圧力が掛かる仕組みは機械式＝バネ仕掛けであることには代わりはない）。足裏に抵抗感がなくなるーー＞　操作しても速度が落ちない（ブレーキがロックされている）と読み替えれば私のいいたいことは同じである。</p><p>２　　引用記事への追加コメント。</p><p>（１）　<font color="#0000ff">ある条件のもとでブレーキを操作した場合、ユーザーに空走感を抱かせる現象があることを4日、明らかにした。この現象が、安全に関わる問題なのか、それとも佐々木副社長がいう“フィーリング”なのかは、同社と国土交通省で調査中だが。。</font></p><p>空走感、と言っているがこれは感覚の問題ではなく、常務が述べているように、＜物理的事実＞の問題である。ここを誤魔かしてはならない。空走感覚、ではなく、空走現象を、意図的に発生させているのであり、これを発生させるのがABSの機能＝目的なのだ。ブレーキが利かない状態を（ある状況における安全のため）意図的に作っているということ。事実として速度が落ちないのだからドライバが＜空走＞していると感じるのは当たり前のことである。そして、ブレーキを踏んでいるのに速度が落ちないのだからドライバが焦る（＝パニック）のも当然だ<font color="#0000ff"></font></p><p><font color="#0000ff">この現象が、安全に関わる</font><font color="#0000ff">問題なのか、それとも佐々木副社長がいう“フィーリング”なのかは。。</font></p><p>安全に関わる問題であり、かつ、感覚（フィーリング）の問題である。しかし、フィーリング、という言葉で誤魔化してはならない。事実として制動しないのだからそれをそのままドライバが＜感じる＞のは正常なことである。空走は事実であり、＜空想＞ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>（２）<font color="#0000ff">（常務説明）「一定の踏力で軽いブレーキングを続けた場合、路面の状況によっては、ブレーキの反応がわずかに遅れるという現象」。。</font></p><p>ＮＨＫの説明では、路面の状況にかかわらず、低速時では回生系ー＞機械系（油圧計）に切り替わる、との説明であったが。（つまり、通常の路面でも、低速時で制動を掛ける場合には発生する）</p><p>事実はどうなのだろうか？</p><p>&nbsp;</p><p>（３）（常務説明） <font color="#0000ff">ABSは車輪のロックを防止するために、ブレーキを一時的に緩めるという機能を持っている。この時（新型プ
リウスは）回生ブレーキを油圧ブレーキに切り換わった時に時間差が生じる。そこでいろいろなお客様からご指摘をいただいているのが”空走感”。短時間ブ
レーキが利かなくなることがある</font></p><p>「 。。切り替わったときに時間差が生じる。」　これは日本語になっていない。切替は瞬時には起こらず、制動がまったくかからない（回生系も、油圧計も動作しない）状態が発生する（その物理的時間はxxミリ秒である、位の説明は欲しい）と言えばいいのだ。上記のように、空走を発生させるのがＡＢＳの目的なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p><font color="#0000ff">そこでいろいろなお客様からご指摘をいただいているのが”空走感”。短時間ブ
レーキが利かなくなることがある。</font></p><p>ブレーキが利かない（という物理的事実）を「空走感」とはいわない。「空走」という。空走という事実を意図的にトヨタや発生させている（これは安全を考えてのことだ）、速度が落ちないのだから「空走感」がドライバに発生するのは当然である。想定内のこと。</p><p>。。とトヨタ常務は突っ張ればいいのである。そして、運転マニュアルに、</p><p>低速では制動方式が、回生系（電気系）から機械系に切り替わります。この切替には（コンマ）xx秒係り、この間、ブレーキは働きませんが、これは何の問題もありません（なぜ？）。制動を掛けたければ、ブレーキを踏みましてください。</p><p>。。と追記すればいい。なにをオタオタしているのだろうか？（１秒以内の空走ならば保安基準に違反していない、とも言っている）。</p><p>忖度するに、おそらく、この程度の空走時間なら、ドライバは検知せず、パニックにはならないだろう、と設計段階で考えた。が、あにはからん、空走を体感してパニックになるドライバがいた。だからつぎの問題がのこる。</p><p>１　一般ユーザ視点でＡＢＳ搭載によるブレーキ試験を徹底的にやったのかどうか。</p><p>２　ユーザが気付かない程度の時間長の空走により、ＡＢＳの目的とする凍路の安全に効果があるのか？（空走、という望ましくない現象を発生させてまで）。 </p><p>よかれ、と思って付加したＡＢＳ機能の仕様検討＆検査不十分ではないか、ということだ。常務の説明では、ＡＢＳ導入による空走の発生は仕様通り＝想定内、ということだ。つまりソフトのバグではない（一部の報道ではソフトウエアのミス、と伝えられている。このふたつは大違いである）。では、なぜ昨年末以降販売する車両のソフトを替えたのか？ＡＢＳ仕様を変更したのか？  </p><a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-30">
<title>野次ニモマケズ</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-30</link>
<description>野次ニモマケズ検察ニモマケズ野党ノ追求ニモマケヌ鈍感ナ精神ヲモチテ慾ハナク決シテイカラズイツモニタニタワラッテヰル母カラ一日ニコヅカイ五十萬圓万円ヲモライ美味イ料理ヲムシャムシャ喰ライアラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニ都合イイコトダケミキキシワカリソシテスベテヲ忘却シ都内ノ豪勢ナ御殿ニ住ミ東ニ病気ノコドモアレバ誰カニ行カセテ看病サセ西ニツカレタ母アレバ誰カニ行カセテ稲ヲ負ワセ北ニ死ニサウナ人アレバ人ニ言イツケテコハガラナクテモイイトイヒ南ノ島デ外国軍基地ニ苦シムヒトアレバゼロベースデ議論スルト言ッテ魂胆を見透カサレ宗主国大統領ニハトラストミィトゴキゲンヲ伺イ抑止力ガ大事トオロオロ言イ訳シ与党ニモデクノボートヨバレホメラレモセズクニモサレズサウイフ人物デアッタトワタクシハ自覚シタ今日　　　　　　　　　　　　　　　Yukio&amp;nbsp;&amp;nbsp;</description>
<dc:subject>Failure</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-01-30T01:43:12+09:00</dc:date>
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<p>野次ニモマケズ<br />検察ニモマケズ</p><p><br />野党ノ追求ニモマケヌ<br />鈍感ナ精神ヲモチテ<br />慾ハナク<br />決シテイカラズ<br />イツモニタニタワラッテヰル<br />母カラ一日ニコヅカイ五十萬圓万円ヲモライ</p><p>美味イ料理ヲムシャムシャ喰ライ<br />アラユルコトヲ<br />ジブンヲカンジョウニ入レズニ<br />都合イイコトダケミキキシワカリ<br />ソシテスベテヲ忘却シ</p><p>都内ノ豪勢ナ御殿ニ住ミ<br />東ニ病気ノコドモアレバ<br />誰カニ行カセテ看病サセ<br />西ニツカレタ母アレバ<br />誰カニ行カセテ稲ヲ負ワセ<br />北ニ死ニサウナ人アレバ<br />人ニ言イツケテコハガラナクテモイイトイヒ<br />南ノ島デ外国軍基地ニ苦シムヒトアレバ<br />ゼロベースデ議論スルト言ッテ魂胆を見透カサレ</p><p>宗主国大統領ニハトラストミィトゴキゲンヲ伺イ<br />抑止力ガ大事トオロオロ言イ訳シ<br />与党ニモデクノボートヨバレ<br />ホメラレモセズ<br />クニモサレズ<br />サウイフ人物デアッタ</p><p>トワタクシハ自覚シタ今日</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　Yukio</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-22">
<title>富永仲基　　湯川秀樹・加藤周一の対談から</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-22</link>
<description> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&amp;#160;ちくま文庫、１月新刊、加藤周一『三題噺』。本編は、詩仙堂志、狂雲森春雨、仲基後語の三章建て。出版社案内。http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480426710/ ６５年出版の単行本の文庫化。「二人一休」と、湯川秀樹との対談「言に人あり」が加えてある。この対談は江戸期（吉宗の時代）の大阪の思想家、富永仲基をめぐって語り合ったものである。対談は１９６６年１２月『図書』に初出。加藤周一・湯川秀樹の、この対談は別の出版社の対談集にも収録されている。これまでに何度も読んだが、素晴らしい出来である。文庫版にして５０頁。今回再読してまた新発見するところがあった。富永仲基は大阪の正体がよく分からない学者だが、加上、という学問進歩の仕方、にかんする学説を立てた。三十歳で死んだ。湯川の父や、兄弟も中国文学者であり（小川環樹もそのひとり）、父は富永仲基ゆかりの懐徳堂に教えに行ったことがあるそうだ。加上、とは、たとえば、ある概念についての学説Ａ，Ｂ，Ｃ、Ｄ．．が並立している場合、それぞれを吟味し、Ｂにサムシングを加えたものがＣ，それに別のサムシングを加えたものがＤ．．というふうに、旧学説になにかを加えて新学説が出来上がる、という思想の時間的発展を捉えるという方法＝仮説である。これで、儒教仏教神道が並立する日本の思想史をとりあつかうことができる。。加藤が岩波の思想大系の仕事（編集委員）をやりだしたときに、（ということは文学史序説の切っ掛けになったということ）仲基を見出した。湯川が最後に、「。。。仲基が考え出した加上、とか、「くせ」（＜－無くて七癖、のくせ。日本人の思考態度日常生活における、くせ、である）の概念にしても、おそらく、ひじょうに高度な言語学みたいなものを体得しておったから、出てきたのじゃないか、そういう感じもするのですね。。。」これに加藤が応じる：加藤「『出定後語』のなかに、「言に三物あり」。ひとつは「言に人あり」。人によってことばは違う。これはまさに（湯川）先生のおっしゃったことで、同じことばでも、別の人がいえば、違うかも知れない。だから、その人の考え方とか体系というもののなかにはめ込んで考えないと、同じことをいったから同じ意味だと取っては、間違いだという。それから、時代が違えば、同じことばでも変わってくるし、別のことばで..</description>
<dc:subject>Book_review</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-01-22T11:25:23+09:00</dc:date>
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<p> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100124_1142~01.JPG" border="0" alt="100124_1142~01.JPG" width="144" height="176" /><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100124_1139~01.JPG" border="0" alt="100124_1139~01.JPG" width="144" height="176" /></p><p>&#160;</p><p>ちくま文庫、１月新刊、加藤周一『三題噺』。本編は、詩仙堂志、狂雲森春雨、仲基後語の三章建て。</p><p>出版社案内。<a href="http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480426710/" target="_blank">http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480426710/</a> </p><p>６５年出版の単行本の文庫化。「二人一休」と、湯川秀樹との対談「言に人あり」が加えてある。この対談は江戸期（吉宗の時代）の大阪の思想家、富永仲基をめぐって語り合ったものである。対談は１９６６年１２月『図書』に初出。</p><p>加藤周一・湯川秀樹の、この対談は別の出版社の対談集にも収録されている。これまでに何度も読んだが、素晴らしい出来である。文庫版にして５０頁。今回再読してまた新発見するところがあった。</p><p>富永仲基は大阪の正体がよく分からない学者だが、加上、という学問進歩の仕方、にかんする学説を立てた。三十歳で死んだ。湯川の父や、兄弟も中国文学者であり（小川環樹もそのひとり）、父は富永仲基ゆかりの懐徳堂に教えに行ったことがあるそうだ。</p><p>加上、とは、たとえば、ある概念についての学説Ａ，Ｂ，Ｃ、Ｄ．．が並立している場合、それぞれを吟味し、Ｂにサムシングを加えたものがＣ，それに別のサムシングを加えたものがＤ．．というふうに、旧学説になにかを加えて新学説が出来上がる、という思想の時間的発展を捉えるという方法＝仮説である。</p><p><br />これで、儒教仏教神道が並立する日本の思想史をとりあつかうことができる。。加藤が岩波の思想大系の仕事（編集委員）をやりだしたときに、（ということは文学史序説の切っ掛けになったということ）仲基を見出した。</p><p>湯川が最後に、</p><p>「。。。仲基が考え出した加上、とか、「くせ」（＜－無くて七癖、のくせ。日本人の思考態度日常生活における、くせ、である）の概念にしても、おそらく、ひじょうに高度な言語学みたいなものを体得しておったから、出てきたのじゃないか、そういう感じもするのですね。。。」</p><p>これに加藤が応じる：</p><p>加藤「『出定後語』のなかに、「言に三物あり」。ひとつは「言に人あり」。人によってことばは違う。これはまさに（湯川）先生のおっしゃったことで、同じことばでも、別の人がいえば、違うかも知れない。だから、その人の考え方とか体系というもののなかにはめ込んで考えないと、同じことをいったから同じ意味だと取っては、間違いだという。それから、時代が違えば、同じことばでも変わってくるし、別のことばでも同じことを意味することがありうるから、時代を考える。それから、三物の最後は類。これは語義の変遷の型の分類みたいなものです。そういう三つを考えたのです。」</p><p>湯川「なかなかいいところをやはり押さえていますね」</p><p>これで対談が終わるのだが。。和漢洋に通じた両碩学がかなでる二重奏を聴いているようであった。</p><p>対談中ふたりのやりとりは、たとえば、つぎのよう：</p><p>湯川「。。儒教というものは、人間哲学というべきか、社会哲学というべきか、どちらにせよ、いちばんもとの姿は、自然哲学でないわけですよ。つまり（論語にある）「怪力乱神を語らず」ということは、合理的だけども、怪力乱神を語らなければ、当時としてはもはや自然哲学はできない、今の人は、怪力乱神を語ることは神秘主義であって、それは自然科学に反するじゃないかと思うかもしれないけれども、昔にさかのぼれば事態はまったく逆なんであって、自然現象の原因は何だろうと考えた場合、簡単に合理的に割り切れるようになったのは、ずっとのちの話であって、はじめはどの民族でもやはり怪力乱神的なものを考えていた。そこから出発して、長い間にだんだんとそれが合理的な思想に変わってきたわけです。」</p><p>加藤「そのとおりでしょうね」</p><p>湯川「自然現象の原因について語ることを拒否すれば、自然哲学抜きの人間哲学、社会哲学になってしまう。そこから朱子は出てこない」</p><p>加藤「それから、「論語」には「死」を語らずともということもございますね。「生」さえわかっていないのに、なぜ「死」の話をするのか。今先生のおっしゃっている怪力乱神と死を除外するという「論語」の考え方は、現世的（此岸的）で、社会的（人間的）な考え方だといえるでしょう。当然、政治と倫理の問題になるわけですね。」</p><p><br />ここを読みながら私は漢字の起源～白川静のことを考えていた。</p><p>孔子（の弟子達）は漢字を使って論語を書いている。孔子は、現世のことしか語らず、怪力乱神を語るのを拒否した、が、漢字自体の起源は、白川静のいうことを信ずれば呪術の時代、怪力乱神を語る時代に遡る。白川はさらに、孔子の生まれは不詳、おそらく巫女の私生児であると推論している。</p><p>富永仲基を高く評価したのは同じ大阪の学者（出身は東北だが）内藤湖南、それに比較思想史の中村元である。</p><p>２０年前に古書店で買い求めた中村元「世界思想史」、途中で挫折したが、再挑戦してみようと、いう気になった。</p><p>湯川「。。。インドでは仏陀という人は、それまでの、一口にバラモン教といってよいのかどうか知りませんが、いろいろな神秘的な思想があって、その上に、富永仲基流にいえば、仏陀自身が加上したのですね。」</p><p>加藤「もちろん」</p><p>湯川「しかし、そのときにも、彼もいうているように、やはり幻というものが大事である。仏陀というのはおそるべき神通力をもっておって、知恵もある。また広大な慈悲心もある。その中で神通力というのがわれわれ現代人には一番わかりにくい。初期の仏教について知ろうとすると、そこでハタといきづまるわけですね。すると加上ということは、あなたがおっしゃったように、儒教などの場合のほうが、考えやすいような感じもしますね。ところが道教となりますと、加上説は成立しないですね。。。（略）」</p><p>加藤「。。。けっきょく日本歴史というものは、仏教の衝撃（一般に外来イデオロギーの衝撃）と、本来日本的な世界観とがたえずたたかう戦いの歴史だと思うんです。仏教をこっちが変えるか、つまり日本化するか、あるいは仏教によって日本人の精神構造の全体が変わっていくかという対決。けっきょく荒っぽい言い方ですけれども、日本側が勝って、仏教のほうが変わった、ということでしょう。儒教との対決でも、儒教のはじめは朱子学ですから、形而上学的な、また自然学的な大きな体系ですね。そういうものが日本人の精神的な構造、世界観を変えるかどうか。根本的には日本的なるものが、儒教を非朱子化してしまう。そのとき、もちろん原始儒教の古典の権威にも頼りますけれども、けっきょく朱子学から日本儒教を解放したのは、根本的には日本側の伝統的精神でしょう。。。。外来の体系的世界観を変えていく過程は、仏教の場合には、ひと言で言えば世俗化だと思う。それから儒教の場合には、非形而上学化だと思うんです」</p><p>この主題は加藤がこの対談直後から朝日ジャーナルに連載した日本文学史序説で力説しているところだ。</p><p>しかし、湯川も言っているように（あるいは、昨年放映されたＮＨＫ　ＥＴＶの連続番組「朝鮮半島２０００年の歴史」でも明らかにしたように）、日本に漢字が伝来したのは仏教の経典、としてであった。それまでは、無文字なのだ。教典は（鉄も）半島から帰化人が持ち運んだ。その帰化人がわれわれの祖先なのである。帰化人（つまり日本人）やその子孫が取り込まれるような、どのような、思想ないし日常的思考方法が日本列島に存在していたのだろうか？謎である。加藤（あるいは宣長）がいうところの伝統的日本の思考の型。</p><p>&#160;</p><p>中村元の『古代思想』。「第五章　古代的思惟 -- 結語」の全文を少し長いが引用しておく（中村元選集第１７巻、５２２頁～）。</p><p>「ウパニシャドの哲人と、イオーニア学派の哲学者たちとは、ほぼ同時代（西暦前七世紀）に現れている。それは何故か？相互の思想的影響があったかということになるが、はっきりとはわからない。ただ、この時代の顕著な一つの事実は、この時代でもインドでも、鉄器使用が急激に盛んになったということである。この時代以前にも鉄器は使われていたが、しかしこの時代になって急激にひろがったと考古学者は報告している。鉄という材料をとって、それに熱を加えていろいろな道具を作るということが、当時の人々の生活において直接に経験されるようになった。すると、世界原因は一つだけれども、それが異なって現れてくるという思惟が成立しやすくなる。そのためにギリシアでもインドでも同時代に、ただ一つの世界原因を追求する哲学的思索が現れたのだと考えられる。</p><p>　究極の原理を求めようとした点では、インドの哲人もギリシアの哲人も共通であった。ただしタレース、アナクシマンドロス、アナクシメネースなどの思弁は先駆的な科学的仮説とみなすべきものであり、これに反して、ウパニシャドの哲人には科学的仮説への志向は顕著ではない。他方、ギリシアの哲人が、究極的な原理を道徳的観念から切り離して考えていたのに、ウパニシャドの哲人は、究極的な原理を人生の安住の境地と見なしている。</p><p>　これに対してシナでは、鉄は戦国時代の初めにひろく使われるようになった。殷代には白銅を多く使っていたという。しかし、いずれにしても金属が変容して種々のかたちを示すということは、日常生活において熟知されていたにもかかわらず、もとのものやブラフマンを求める思惟が起こらなかったということは、シナ人が形而上的思弁を好まなかったためではなかろうか。シナでは哲学的思惟の興起というこの段階ははっきりとしていない。シナ人は哲学的思惟に弱かったから、ギリシアやインドの哲学的思惟に対応する段階はどうも出てこなかったようである。</p><p>　ひるがえって日本人の問題として考えてみるに、日本にはこのような哲学的思惟の成立に相当する段階がなかった。日本では古神道の民俗宗教の段階からいきなり普遍的世界宗教の段階に跳んでしまったのである。つまり飛躍したのである。この事情は東アジア、南アジアの大部分の諸民族や、また西洋のゲルマンの諸民族に共通に見られる思想史的現象である。</p><p>　それぞれの文化圏における思想と生活環境ないし社会生活との連関については改めて深く追求検討されねばならないが、ただ古代の異なった文化圏において文明が一応の発展爛熟の段階に到達したときに、どこでも共通の問題がそれぞれ異なった仕方において論ぜられたという思想史的事実はここに明確になったと言えるであろう。」</p><p>#</p><p>さて、肝腎の本編であるが。</p><p>三章だての短篇集。それぞれ、石川丈山、一休和尚、富永仲基を主人公とする。石川丈山の出だしは、石川淳か、とおもわれる文体模擬？。一休は、谷崎潤一郎か？とおもわせる平仮名の多い長い長い文章。富永仲基の章は、仲基をめぐる弟、仲基の書籍を焚書処分にした奉行、三浦梅園、安藤昌益らと、加藤周一とおもわれる人物の対談。それほどおもしろくはなかったが、ガリレオやプラトンがその主張するところを架空対談によって著した、そのやり方でなければ伝えられないことがあるということは理解した。たとえば、加藤の一人語りによりこの章の内容を伝えようとすれば、遥かに入り組んだ日本語となる。読み手に与えるインパクトも薄まるであろう。</p><p>文庫化に伴って追加された湯川秀樹との対談、これは＜富永仲基＞の章にそっくり収まるのではないか、と。つまり、短篇中の加藤周一が、現代の物理学者＆自然哲学者＝湯川秀樹と対談した、という趣向で。１７世紀の人物との架空対談と、現実のリアル対談とで構成されたコラボ。</p><p>&#160;</p><p> 丸山真男の＜古層＞、加藤周一の土着的世界観<br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-02-22" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-02-22</a><br />『語りおくこといくつか』　　加藤周一<br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03</a><br />加藤周一　１９６８年を語る　　　“言葉と戦車”ふたたび<br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-15" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-15</a><br />追悼　加藤周一<br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-14" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-14</a><br />生と死　加藤周一<br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2006-08-24" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2006-08-24</a></p><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17">
<title>まかり通る別件逮捕　　検察に追随するマスゴミと共産党</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17</link>
<description>１月１７日の毎日新聞社説。あいもかわらぬ検察への追随ぶりである。いわく、　　　説明を欠く続投は許さぬhttp://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100117k0000m070100000c.html 社説によれば、「事件をめぐる小沢氏のこれまでの説明は説得力に乏しく不十分であり、このまま幹事長職にとどまろうとしても、国民の理解は得られまい。潔白を主張するのであれば、国会などの場で自ら進んで説明する責任をまずは最低限、果たすべきである」しかし、「東京地検特捜部が私設秘書だった石川知裕衆院議員らを政治資金規制法違反容疑で逮捕した」のであって、そもそも帳簿不記載容疑程度で逮捕などをやるべきでない、なぜ裁判所が逮捕を認めたのか、とまず、民主党もマスゴミも抗議すべきではないのか？特捜がやっているのは別件逮捕である。社説は、検察のココロを忖度して書いている：「石川議員らの逮捕容疑は土地取得資金の４億円を報告書に記載しなかったことなのだ。だが、重要なのはその原資が「胆沢ダム」下請け工事受注をめぐるゼネコンからの裏献金ではないか、との疑惑がもたれている点にある」疑惑をもっているのは＜検察＞であり、毎日新聞は何も説明しない検察の＜報道部門＞として、現時点で証拠もない裏献金に、疑惑あり、という印象を国民にふりまいているのである。小沢本人に裏献金（請求＝贈収賄）の証拠があればただちに小沢を逮捕すればいいだろう。しかし、昨年の家宅捜査でもなんの証拠が得られなかった、その後、疑わしい企業を追求しても確たる証拠がない、ええい、国会審議が始まる前にまず、二人逮捕して、別々に取り調べて、締め上げれば吐くだろう、。。おおかたそんなところじゃないのか？と、ふつうの国民なら考えるだろう。いつもの検察・警察のやりくちである。マスゴミのやることは、説明を欠く別件逮捕は許さぬ と、検察と裁判所に抗議することではないのか。自白に頼った、この程度の微罪で政治屋から＜続投＞を奪うことができるのなら特捜にとってこれほど易き商売もない。一般庶民の逮捕、拘禁はいとも簡単ということになる。マスゴミがこの程度だから、日本から冤罪が減らないのだ。 そもそも、ダム建設があれば、政治屋がまとわりついて汚い金を巡るウワサは絶えない（そうでない、公共工事があったら知りたいものである）。毎日新聞は第三面で昨日に続いて「小沢マネ..</description>
<dc:subject>Politics</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-01-17T08:34:03+09:00</dc:date>
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<p>１月１７日の毎日新聞社説。あいもかわらぬ検察への追随ぶりである。いわく、</p><p>　　　<font size="5">説明を欠く続投は許さぬ</font></p><p><a href="http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100117k0000m070100000c.html" target="_blank">http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100117k0000m070100000c.html</a> </p><p>社説によれば、</p><p><font color="#0000ff">「事件をめぐる小沢氏のこれまでの説明は説得力に乏しく不十分であり、このまま幹事長職にとどまろうとしても、国民の理解は得られまい。潔白を主張するのであれば、国会などの場で自ら進んで説明する責任をまずは最低限、果たすべきである」</font></p><p>しかし、</p><p><font color="#0000ff">「東京地検特捜部が私設秘書だった石川知裕衆院議員らを政治資金規制法違反容疑で逮捕した」</font>のであって、そもそも帳簿不記載容疑程度で逮捕などをやるべきでない、なぜ裁判所が逮捕を認めたのか、とまず、民主党もマスゴミも抗議すべきではないのか？</p><p>特捜がやっているのは別件逮捕である。社説は、検察のココロを忖度して書いている：</p><p><font color="#0000ff">「石川議員らの逮捕容疑は土地取得資金の４億円を報告書に記載しなかったことなのだ。<font color="#ff0000">だが、重要なのはその原資が</font>「胆沢ダム」下請け工事受注をめぐるゼネコンからの裏献金ではないか、との疑惑がもたれている点にある」</font></p><p>疑惑をもっているのは＜検察＞であり、毎日新聞は何も説明しない検察の＜報道部門＞として、現時点で証拠もない裏献金に、疑惑あり、という印象を国民にふりまいているのである。小沢本人に裏献金（請求＝贈収賄）の証拠があればただちに小沢を逮捕すればいいだろう。しかし、昨年の家宅捜査でもなんの証拠が得られなかった、その後、疑わしい企業を追求しても確たる証拠がない、ええい、国会審議が始まる前にまず、二人逮捕して、別々に取り調べて、締め上げれば吐くだろう、。。おおかたそんなところじゃないのか？と、ふつうの国民なら考えるだろう。いつもの検察・警察のやりくちである。</p><p>マスゴミのやることは、</p><p><font size="5" color="#ff0000">説明を欠く別件逮捕は許さぬ</font></p><p> と、検察と裁判所に抗議することではないのか。</p><p>自白に頼った、この程度の微罪で政治屋から＜続投＞を奪うことができるのなら特捜にとってこれほど易き商売もない。一般庶民の逮捕、拘禁はいとも簡単ということになる。マスゴミがこの程度だから、日本から冤罪が減らないのだ。</p><p> そもそも、ダム建設があれば、政治屋がまとわりついて汚い金を巡るウワサは絶えない（そうでない、公共工事があったら知りたいものである）。毎日新聞は第三面で昨日に続いて「小沢マネー」特集。</p><p><font size="5" color="#008080"><font color="#008000">「あいさつなしか」</font>　</font></p><p><font size="5" color="#008000">ゼネコンを威圧</font>　という大見出しのもとに書いている：</p><p><a href="http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100117ddm041010074000c.html" target="_blank">http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100117ddm041010074000c.html</a></p><p>「西松建設の元幹部は、東北地方の公共工事で現地の幹部が「談合の仕切り役」とされる鹿島東北支店の担当役員にささやかれて身震いした様子を証言した。「おたくは胆沢ダムいらないの？怒ってるよ」。ささやかれた幹部は、どこが怒っているのかすぐわかった。小沢一郎民主党幹事長の公設第一秘書大久保隆規容疑者＝公判中、１６日に政治資金規制法違反容疑で逮捕＝を訪問し平謝りしたという」</p><p> この特集記事は毎日新聞が随分前から用意していたものである。なぜ、昨年選挙前にこの記事を掲載しなかったのか？新聞が調査しているのなら検察の別件逮捕に追随せずに、独自に報道したらどうか？小沢が怖いのか？検察ににらまれたくないのか？</p><p>昨日紹介した筑紫哲也『メディアと権力 -- 多事争論』にこういう記事があった。</p><p>1993年9月8日（水）　　　<strong>白黒</strong> </p><p>　ふだんはアメリカに住んでいる人が、たまたま日本に来て、例の角川春樹事件の一部始終を見て、大変興味深いし、ショックだったと語っておりました。コカイン、麻薬を吸ったり、買ったりしたことは、これはもう明白に悪いんですけれども、しかしそれがもとでなぜ角川春樹制作のヒット中の映画までが公開中止になってしまうのか、それが分からない、と言うのでした。</p><p> 　つまり犯罪は犯罪でありますけれども、要するに裁判で有罪になるまでは無罪の筈です。にもかかわらず、そういうことが行われるのは、言論の自由、表現の自由という考え方からすれば、アメリカでは考えられない話だ、というショックを受けたそうです。</p><p>　きのう私は、ヨーロッパと比較してアメリカの文化が、ある意味で黒白をあまりにもはっきりとつけすぎる、そこに浅さがあるんじゃないか、と批判めいたことを言いましたが、黒白をつける以上は、例えば裁判で有罪が決まるまでは無罪とか、そういう形で決め、作った映画、あるいは出版物と、本人のやることの間にも一つの線を引くことが出来ます。ですから黒白をつけることも必ずしも悪いことばかりではありません。</p><p>　そういう、アメリカとヨーロッパとの比較の中で、私たちの状況を考えてみますと、文化の質の違いが浮かび上がってきます。</p><p>注：この年、角川映画＜ＲＥＸ・恐竜物語＞が大々的なヒットを続けているにもかかわらず、この映画のプロデューサー兼監督の角川春樹がコカイン疑惑で逮捕されたのを理由に９月１０日で上映が打ち切られた。</p><p>＃</p><p> ＴＶニュースでは、共産党志位委員長が、小沢氏は国会で説明責任を果たすべきである、参考人招致も辞さない！と溌剌と話していた。先日の夕刊で、志位は、「オバマ氏に会いに行く」とはしゃいでいた。共産党員が戦前あるいは戦争直後、警察からどういう眼にあったかスッカリ忘れているようだ。オメデタイはなしである。 </p><p>&nbsp;</p><p> 関連記事：</p><p>暗黒裁判の国、日本。　『公認会計士ｖｓ特捜検察』　細野祐二 <br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2007-12-09" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2007-12-09</a>  
</p><p>検察スポークスマンになりさがった男　立花隆 <br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-04-26" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-04-26</a> 
<br /> </p><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-16-2">
<title>多事争論　　追悼・筑紫哲也</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-16-2</link>
<description>　　　　　　　　　　                                &amp;nbsp;&amp;nbsp;昨年、ジャーナリスト筑紫哲也が癌で亡くなった。わたしは、朝日ジャーナル編集長としての筑紫は評価するがTBSニュースキャスターとしての筑紫は評価しない。言うことが生ぬるすぎる。しかしこれはキャスターに要求される職業倫理（日本における）がそうさせる、ということもある。筑紫本人の評価としては酷かも知れない。  本日近所の図書館で廃棄処分にする本を３０冊くらいもらいうけてきた、そのなかに筑紫哲也『メディアと権力 – 多事争論』(1994年5月30日、新潮社刊)があった。TBS系＜ニュース23＞で筑紫がオノレの意見を述べたテレビ・コラム欄『多事争論』を文字に起こしたものである。ざっと読んでいまでも通用する記事をピックアップして掲載し、遅ればせながら筑紫哲也を追悼する。   &amp;nbsp;                                                            ##&amp;nbsp;1992年10月5日(月)                   多事争論-- 福沢諭吉著『文明論之概略』より –新しいコラムといいますか、テレビ・コラム欄を設けました。この欄は何でもアリです。あらゆるテーマに挑戦するコーナーです。　　まず最初に「多事争論」という言葉の意味の説明からはじめます。この言葉は一万円札の顔である福沢諭吉の代表作『文明論之概略』という本の中で出てくる考え方です。　　ひと言で言うならば、たった一つの説は、それがいかに正しくても、それが一つであるがゆえに自由な気風を生まない、いろんな人間のたくさんの意見を論じあうほうがいい、という考え方です。　　この「多事争論」が、今ほど必要な時はないんじゃないかと、金丸信問題を考えながら改めて思いました。今、永田町の巷では三木武夫の不在という事が、しばしば雑談の中に出てきます。三木武夫という政治家は、田中金脈問題で金丸さんの親分にあたる田中角栄に対して、内閣を飛び出して完全と批判をした人物です。　　そもそも今回の政治的なスキャンダルは、田中金脈からロッキード、リクルート、共和問題、そして佐川急便問題へと、どんどん質（タチ）が悪くなっておりますけれども、昔は同じ自民党の中にあっても、そういう「多事争論」と言いますか意見の相違があったのに、今やそういう..</description>
<dc:subject>Journalism</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-01-16T12:56:33+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<font face="ＭＳ 明朝">　　　　　　　　　　                              <img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100116_1034~01.JPG" border="0" alt="100116_1034~01.JPG" width="216" height="264" /></font><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span> <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">昨年、ジャーナリスト筑紫哲也が癌で亡くなった。わたしは、朝日ジャーナル編集長としての筑紫は評価するが</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">TBS</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">ニュースキャスターとしての筑紫は評価しない。言うことが生ぬるすぎる。しかしこれはキャスターに要求される職業倫理（日本における）がそうさせる、ということもある。筑紫本人の評価としては酷かも知れない。</span></p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span> <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">本日近所の図書館で廃棄処分にする本を３０冊くらいもらいうけてきた、そのなかに筑紫哲也『メディアと権力</span><font face="Bookman Old Style"> <span lang="EN-US">– </span></font><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">多事争論』</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">(1994</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">年</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">5</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">月</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">30</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">日、新潮社刊</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">)</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">があった。</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">TBS</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">系＜ニュース</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">23</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">＞で筑紫がオノレの意見を述べたテレビ・コラム欄『多事争論』を文字に起こしたものである。ざっと読んでいまでも通用する記事をピックアップして掲載し、遅ればせながら筑紫哲也を追悼する。</span></p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span><span lang="EN-US"></span>  <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">                                                            ##</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">1992</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">年</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">10</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">月</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">5</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">日</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">(</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">月</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">)<span>                   </span></font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><strong>多事争論</strong></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt 6pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">-- </font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">福沢諭吉著『文明論之概略』より</span><font face="Bookman Old Style"> <span lang="EN-US">–</span></font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt 6pt" class="MsoNormal"><font face="Bookman Old Style"><span lang="EN-US"></span></font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt 6.05pt; text-indent: 11pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">新しいコラムといいますか、テレビ・コラム欄を設けました。この欄は何でもアリです。あらゆるテーマに挑戦するコーナーです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　　まず最初に「多事争論」という言葉の意味の説明からはじめます。この言葉は一万円札の顔である福沢諭吉の代表作『文明論之概略』という本の中で出てくる考え方です。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　　ひと言で言うならば、たった一つの説は、それがいかに正しくても、それが一つであるがゆえに自由な気風を生まない、いろんな人間のたくさんの意見を論じあうほうがいい、という考え方です。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　　この「多事争論」が、今ほど必要な時はないんじゃないかと、金丸信問題を考えながら改めて思いました。今、永田町の巷では三木武夫の不在という事が、しばしば雑談の中に出てきます。三木武夫という政治家は、田中金脈問題で金丸さんの親分にあたる田中角栄に対して、内閣を飛び出して完全と批判をした人物です。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　　そもそも今回の政治的なスキャンダルは、田中金脈からロッキード、リクルート、共和問題、そして佐川急便問題へと、どんどん質（タチ）が悪くなっておりますけれども、昔は同じ自民党の中にあっても、そういう「多事争論」と言いますか意見の相違があったのに、今やそういう違いが聞かれないという事が目立ちます。スキャンダルの中身と同時に、「多事争論」のないことが大きな問題ではないかと思います。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><strong>『文明論之概略』より抜粋</strong></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　<strong>単一の説を守れば、其の説の性質は仮令（たと）ひ純精善良なるも、之れに由て決して自由の気を生ず可からず。自由の気風は唯多事争論の間に在りて存するものと知る可し。</strong> </span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"></span></p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span> <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">1993</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">年</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">2</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">月</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">16</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">日(火)</span><span lang="EN-US"><span><font face="Bookman Old Style">                           </font></span></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><strong>挙証責任</strong></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　あしたいよいよ、恐らく最後の竹下証言になりますけれども、日本は正義が行われない国という評価が外国で高まっております。その大きな理由は、政治家の責任のとり方の物差しが違うからではないでしょうか。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　挙証責任という問題を考えてみましょう。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　ふつう例えば政治家が疑惑を受けた場合には、「疑わしきは罰せず」の原則から、刑事責任を問う立場の検察側が、この人はどういう疑いがあるかを立証しなければいけません。つまり挙証責任は検察の側にあります。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　ところがもう一つの政治責任というグランドでは、疑惑に一応の根拠があった場合、その違いを晴らす責任は、政治家の方にあった場合、その違いを晴らす責任は、政治家の方にあるのではないでしょうか。この違い、刑事責任と政治責任の違いのケジメを日本の国会もはっきりさせないといけません。　（以下略）</span></p><p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"></font></span>  </p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">1993</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">年</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">6</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">月</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">30</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">日</span><span lang="EN-US"><span><font face="Bookman Old Style">                  （水） 　　　　　</font></span></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><strong>上納金</strong></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　家を建てる、学校を建てる、ビルを建てる、橋を作る、道路を作る、そして堤防を作り、ダムを作り、港を作り、空港を作り、トンネルを作る、これすべて土木建築と言われている仕事の範囲です。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　私たちの身の回りを見回せば、そんな仕事がたくさんあります。そしてその仕事の中身は、大工さんや、左官さんの伝統的な技から、インテリジェント・ビルを造るところまで、日本の土木建築業の水準は、高いレベルをもっています。にもかかわらず、実際には、政治家に対するヤミ献金は上納金と業界で呼ばれ、これは暴力団の用語のレベルです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　そして日本の政治のダーティな部分を支える、使途不明金の大部分もまた、建設業から出てきています。せっかくの大事な仕事が、どうしてこんな風に、汚辱にまみれていかなければいけないのか。これは私たちの社会を支える重要な仕事だけに、原点に立ち返って考えると、暗澹たる気分になります。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　公共土木工事がその犯人だとするなら、思い切ってこの公共土木事業をやること自体を考え直していいのかも知れないとすら、これは極論ですけれども、思います。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　もしこういうことを続けていたら、日本の土木建築業に若い人たちが行かなくなるのではないか、そうなると、私たちの社会の土木建築業の将来はどうなるのか、ぜひリーダーの人たち、経営者の人たち、考え直してほしいものです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span> <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><font size="2"><em>古井戸コメント）　八ﾂ場ダム、沖縄キャンプシュワプ移設工事に公共性など無くこれらは官僚・政治屋・企業への税金バラマキであることを筑紫が知っておれば、＜これは極論ですけれども＞とは言わぬだろう。</em></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span><span lang="EN-US"></span>  <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">1993</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">年</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">12</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">月</span><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style">16</font></span><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">日（木）</span><span lang="EN-US"><span><font face="Bookman Old Style">                 　　　</font></span></span><strong><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">角栄史観</span></strong></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">（前半省略）</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　今日その田中角栄が亡くなり、一つの時代史が終わったという感想が強く出されているのですが、それも無理もないことであります。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　しかしながら政治家として、闇将軍としてはすでに竹下氏らの造反によって力を失っていました。一方で田中角栄氏が築いた日本型の政治は、立花隆さんや、故・児玉隆也さんが指摘しましたようにまだ終わっていないところがあります。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　そう考えてみますと、必ずしも一つの時代が終わったとは言い難い。権力の二重支配、土建国家日本という形で、例えば角栄氏が強い頃は、田中角栄氏がなんでも裏で糸を引いているという見方がありました。それを角栄史観と当時は呼んだものです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　現在の政治状況を見ますと、田中角栄氏を父親とも仰いだ小沢一郎氏が裏で何もかも操っているのではないかという、小沢史観みたいなものがあります。そういたしますと日本の政治構造、そんなに変わっていません。一つの時代が果たして終わったと言えるかどうか、考えさせられます。</span></p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span> <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　　　　　　</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＃＃</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><span lang="EN-US"><font face="Bookman Old Style"> </font></span> <p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><font size="2"><em>中国の政治も賄賂まみれらしいが、日本も中国に劣らず賄賂まみれ。これが分かっていながら何十年も同じことがくりかえされているのは、検察・警察を含む官庁に牛耳られており、筑紫哲也もそのメンバーである、マスゴミに大きな責任がある。筑紫の力量はマスゴミを変えられるほどではなかった。民主党が政権を取った後も筑紫が生きていれば、たとえば、記者クラブ廃止を最後の大仕事としてキャスターの職を擲って、奮闘したろうか？</em></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">最後のニュース　井上陽水 <br /><a href="http://www.youtube.com/watch?v=EMcHsKRndg0" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=EMcHsKRndg0</a> 
</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><em><font size="2"></font></em></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/100116_1032~01.JPG" border="0" alt="100116_1032~01.JPG" width="144" height="176" /></span></p><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-16">
<title>「おい石川、腹すえろ」　　やめられない、とまらない、検察パフォーマンス</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-01-16</link>
<description>１月１６日毎日新聞朝刊。逮捕を見越していたかのように、特集記事【小沢マネー】--側近逮捕の衝撃-- を三面記事として掲載している。http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100116ddm041010030000c.html それによると昨年３月３日、小沢の公設秘書大久保隆規が逮捕され、陸山会が家宅捜査された後、小沢の個人事務所で石川の不安を見て取ったように「こんなことで負けてられねえぞ」と語気を強めた。小沢氏側と検察側との死闘が始まった日だった。「おい石川、腹すえろ。検察と戦うんだ。お前のところにも（検察の捜査が）行くからな」小沢一郎（当時代表）の低い声が響いた。田中角栄が起こしたことになっている贈収賄事件は今では米国ＣＩＡの引き金であったことをキッシンジャー等が認めている。てっきり、小沢へのシツコイ捜査もそうか？と一瞬うたぐった。＜記載ミス＞程度で逮捕されては、自民党の議員は真っ青ではないか？とおもうのだが、やけにハシャイでいるのが面白い。議員に説明責任を追求する前に、議員以上に権力を持つ特捜は国民に説明する必要があるのではないか。アクションを起こしたのは特捜である。●政治資金規制法違反（不記載）　－－毎日新聞から引用政治資金規制法１２条では、寄付や借入金など、すべての収入と支出を政治資金収支報告書に記載し、総務省または各都道府県選管に提出しなければならないと定めている。収入や支出を記載しなかった場合は不記載として同法違反となり、５年以下の禁固または１００万円以下の罰金に処せられる。また、報告書を提出しなかった場合や虚偽の記載をした場合も、同じ罰則がある。&amp;nbsp;国会議員のすべては＜虚偽記載＞などやっていない、のであろうか？ 収賄事件の根本原因は企業献金を認めているからである。企業献金が犯罪でないから、いまや、公共工事は国会議員だけでなく、地方の知事、市長、議員等の草刈り場になっている。民主党は即刻、＜企業献金全面禁止法＞を立案すべきである。鈴木宗男氏のサイト「ムネオ日記」から、2010年1月14日付の日記。 http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html （引用） 　テレビ、新聞は小沢民主党幹事長、石川代議士、鹿島への強制捜査を扱っている。 　この強制捜査に関していつも不思議に思うのは、なぜか事前にマスコミが知り、現場にテレビカメラ..</description>
<dc:subject>Politics</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2010-01-16T08:37:58+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p>１月１６日毎日新聞朝刊。逮捕を見越していたかのように、特集記事【小沢マネー】--側近逮捕の衝撃-- を三面記事として掲載している。<br /><a href="http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100116ddm041010030000c.html" target="_blank">http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100116ddm041010030000c.html</a> 
</p><p>それによると昨年３月３日、小沢の公設秘書大久保隆規が逮捕され、陸山会が家宅捜査された後、</p><p><font color="#999999"><strong>小沢の個人事務所で石川の不安を見て取ったように「こんなことで負けてられねえぞ」と語気を強めた。小沢氏側と検察側との死闘が始まった日だった。「おい石川、腹すえろ。検察と戦うんだ。お前のところにも（検察の捜査が）行くからな」小沢一郎（当時代表）の低い声が響いた。</strong></font></p><p>田中角栄が起こしたことになっている贈収賄事件は今では米国ＣＩＡの引き金であったことをキッシンジャー等が認めている。てっきり、小沢へのシツコイ捜査もそうか？と一瞬うたぐった。＜記載ミス＞程度で逮捕されては、自民党の議員は真っ青ではないか？とおもうのだが、やけにハシャイでいるのが面白い。議員に説明責任を追求する前に、議員以上に権力を持つ特捜は国民に説明する必要があるのではないか。アクションを起こしたのは特捜である。</p><p>●政治資金規制法違反（不記載）　－－毎日新聞から引用</p><p><font color="#999999"><u>政治資金規制法１２条では、寄付や借入金など、すべての収入と支出を政治資金収支報告書に記載し、総務省または各都道府県選管に提出しなければならないと定めている。収入や支出を記載しなかった場合は不記載として同法違反となり、５年以下の禁固または１００万円以下の罰金に処せられる。また、報告書を提出しなかった場合や虚偽の記載をした場合も、同じ罰則がある。</u></font></p><p>&nbsp;</p><p>国会議員のすべては＜虚偽記載＞などやっていない、のであろうか？ </p><p>収賄事件の根本原因は企業献金を認めているからである。企業献金が犯罪でないから、いまや、公共工事は国会議員だけでなく、地方の知事、市長、議員等の草刈り場になっている。<font size="5" color="#ff0000">民主党は即刻、＜企業献金全面禁止法＞を立案すべきである。</font></p><p><br />鈴木宗男氏のサイト「ムネオ日記」から、2010年1月14日付の日記。 <br /><a href="http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html" target="_blank">http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html</a> <br />（引用） <br />　テレビ、新聞は小沢民主党幹事長、石川代議士、鹿島への強制捜査を扱っている。 <br />　この強制捜査に関していつも不思議に思うのは、なぜか事前にマスコミが知り、現場にテレビカメラが待ち受けていることだ。誰が事前に知らせるのだろうか。事前リークなくしてどうしてわかるのだろうか。検察側が誘導していることは明らかである。 <br />　そして「段ボール箱を何箱押収した」と言うが、書類等をあの段ボール箱にぎっしり入れると、とても一人では持てない。捜査官は仰々ぎょうぎょうしく段ボール箱を抱えていくが、その中身はせいぜいノート一冊、書類少々で、極めて軽いものなのである。 <br />　なぜわかるか。それは、平成１４年、私の事務所、自宅が捜索された時、段ボール箱にはもっと書類が入るところを少ししか入れずに、捜査官がただただ数多く運び出した様にしている姿を見ているからである。検察はこうした無駄なパフォーマンスをしているのだ。 <br />　読者の皆さんも、興味本意で今回の強制捜査を見るのではなく、検察、権力の暴走にかかったら大変なことになるということを考えながら、冷静に見て戴きたい。 <br />　石川代議士を調べている検事は、おそらく次のように脅かし、すかし、ささやきをしていることだろう。「『政治資金規正法違反を意図的にやりました』と言え」と。そして大きな声で「小沢が守ってくれるのか？小沢は守ってくれないぞ。お前が良く知っているだろう」、「人生やり直した方が良い」、「否認し、聴取に応じないのなら、ガサかけるぞ」、「今からやるぞ」、「明日、また聴取を約束するか」と。石川代議士は、おそらくこの様に検事から言われていることだろう。 <br />　単純な記載ミスを意図的にやったと言わせるやり方は、誤導、誘導である。それを経験した者として、私はそれなりに検察のやり方が想像できる。読者の皆さんも是非考えてほしい。 <br />　密室での検事とのやり取りは、一般の人にとって大変な精神的負担になる。だから取調の全面的な可視化が必要なのだ。被疑者は勿論、将来証人、参考人になりうる人に対する聴取も全面可視化すべきだ。そうすれば、冤罪はなくせる。改めて、取調の全面可視化を訴えて行きたい。 <br />　特捜検事出身の弁護士さんからは、「今回の石川さんの件は政治資金規正法上の単純な記載ミスです。小沢さんがきちんと説明すればわかってもらえることです」といった話も入ってくる。 <br />　いずれにせよ、ここは小沢幹事長、石川代議士にはしっかり事実を述べ、権力と相対してほしい。リークで世論誘導するやり方は公平、公正ではない。 <br />　私は小沢幹事長、石川代議士を信じてやまない。今後の推移を見守っていく。 <br />　９時半羽田発で大阪へ向かう。１１時半から共同通信きさらぎ会１月例会で講師を務める。 <br />　「激動の世界と日本政治の課題」というテーマだったが、冒頭に取調の全面可視化の必要性についてお話させて戴いた。大阪地検の方も来ておられたので、話を聞いてもらえて良かった。 <br />　夕方の便で帰京。 </p><p>同じく、ムネオ日記、１月１５日から、引用。</p><p>＃＃</p><p>昨日自民党本部で、金沢なる者が石川知裕代議士のことで話をしているが、陳腐なことである。<br />　私も金沢なる者を知っている。石川代議士の私設秘書と言うが、後援者の一人で、石川事務所の手が足りないものだから、会合等に代理出席していた程度の人物だ。何か仰々(ぎょうぎょう)しく側近と言うべき様な人物ではない。<br />　おまけにこの金沢氏と石川代議士とは直接のパイプがあった訳ではない。元々は当時の公設第二秘書の江藤氏との人間関係で、江藤氏が金沢氏に「東京に行ってくれ」と頼み、上京したのである。<br />　石川代議士に東京に呼ばれたと言っているが、石川代議士は呼んではいない。この点でも、石川代議士に呼ばれたと言った金沢氏の発言はウソであると江藤氏は話している。<br />　おまけに江藤氏は、金沢氏の発言は８割方事実でないと言っていた。ボストンバッグは石川氏の洗濯物を入れていたものだそうである。<br />　この様な人物が検察に上申書を出しているそうだが、漫画チックな話ではないか。金沢氏がいかなる人物か、時が解決することだろう。<br />　中傷、風聞で人を貶(おとし)めては、人間として失格である。金沢氏はテレビに出て少々舞い上がっている様な感じだったが、冷静に事態を見つめていきたい。</p><p>＃＃</p><p><br />[関連] <br />急展開に関係者驚き　石川議員、表情硬く　01/14 07:04　北海道新聞 <br /><a href="http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/210024.html" target="_blank">http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/210024.html</a> <br />＜動画＞鈴木宗男VS法務・検察１　国会ＴＶ <br /><a href="http://www.youtube.com/watch?v=Pc_vvhKyWCc" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=Pc_vvhKyWCc</a> <br />＜動画＞[1/4] 【国策捜査 冤罪】 検察の正義とは？　2007/12/8　朝まで生テレビ <br /><a href="http://video.google.co.jp/videoplay?docid=-7049270151959957833&amp;ei=FDhPS8fiLpG8wgPG0pmwCQ&amp;q=%E6%A4%9C%E5%AF%9F#docid=8576938016652867672" target="_blank">http://video.google.co.jp/videoplay?docid=-7049270151959957833&amp;ei=FDhPS8fiLpG8wgPG0pmwCQ&amp;q=%E6%A4%9C%E5%AF%9F#docid=8576938016652867672</a> <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><strong>「4億円不記載」とは一体何なのか <br />小沢氏は現金貸付の原資を早急に説明すべき</strong> <br />郷原 信郎　 <br /><a href="http://www.asyura2.com/10/senkyo77/msg/428.html" target="_blank">http://www.asyura2.com/10/senkyo77/msg/428.html</a> <br /><br />引用： <br />小沢民主党幹事長の政治団体「陸山会」による世田谷の不動産取得をめぐる政治資金の問題を取り上げた1月10日のテレビ朝日「サンデープロジェクト」、コメンテーターで出演した私が、「小沢一郎氏からの借入金4億円」は陸山会の2004年の収支報告書に記載されている」と発言した途端、司会の田原総一朗氏は、「ええっ」と驚愕の声を上げ、スタジオ中が静まりかえった。 <br /><br />　多くの新聞テレビで報じられているように、2004年に小沢氏が当時の秘書の石川知裕衆議院議員に渡した現金4億円についてその年の陸山会の収支報告書に記載しなかったことが違反に問われていると、誰しも思っていたからだ。 <br /><br />　ジャーナリストの財部誠一氏からは「4億円の借入金の記載があるというのは衝撃的だ。新聞ではないと報じているではないか」というような声が上がったが、日頃からこの問題について新聞、テレビで解説している新聞の解説委員は、「確認してみる」などと言っているだけで、まともに答えられない。毎日新聞の岸井成格特別編集委員に至っては「捜査の仕方がなんか変だな」と言い出す始末だ。 <br /><br />　まもなく始まる通常国会の焦点の一つとも言われているこの「民主党小沢幹事長の政治資金問題」の中身が、いかにあやふやなものかが露呈した瞬間であった。 <br /><br /><br /><strong>指摘したかったのは一連の報道の在り方の問題</strong> <br /><br />　私は、04年の収支報告書に小沢氏からの借入金の記載があるからというだけで、今回の事件の政治資金規正法違反が否定される、ということを言いたかったわけではない。 <br /><br />　まず言ったのは、「検察はまだ強制捜査も何もやっていないし、公式なアクションやコメントは何もないのに一方的にマスコミの側が報じている。その中には、検察の捜査情報がわからないと知り得ないのではないかと思えるようなことが多く含まれている。当時の陸山会の担当者の石川衆議院議員が立件・起訴されると報じられているが、一体何の犯罪事実で起訴されるのか、さっぱりわからない」ということだ。 <br /><br />　その上で、「05年に土地を買ったということになっていたが実際には04年に買っている、04年に土地を買った原資のことが収支報告書に出ていない、だからその点が不記載の違反に問われる、というのが私の理解だったが、実際には04年の陸山会の収支報告書には小沢氏からの4億円の借入金の記載はある。その借入金の記載が小沢氏名義で銀行から借りたお金のことか、個人から直接現金で出てきたものなのか、ということが問題にされているのかもしれないが、その辺の話は公開された情報ではわからない。捜査機関側から直接説明でもしてもらわないとわからないはずだ」。 <br /><br />　要するに、私としては、04年の収支報告書に小沢氏からの借入金の記載があるのに、それでも違反だというのは、マスコミの側が検察の側からよほど詳しい説明を受けているからではないか、と今回の一連の報道の在り方の問題を指摘したかったのだ。 <br /><br />　このサンプロでの「2004年収支報告書に小沢氏からの4億円借入金記載」をめぐる騒ぎを意識したのか、翌日の1月11日の各紙の朝刊では、さっそく、この点についての「検察側の見方、捜査方針」を詳しく報じる記事が掲載された。 <br /><br />　朝日、読売、いずれも、「04年分の同会の政治資金収支報告書では、小沢氏から現金で受け取って同会に入金した4億円（【1】）は記載されず、銀行から小沢氏名義で融資を受けた4億円（【2】）を記載した」という内容を含む記事だった。検察が既に任意聴取をしたという石川議員の供述を詳しく紹介している。 <br /><br />　04年の収支報告書に小沢氏からの借入金4億円の記載があっても、それは、銀行からの融資の分であって小沢氏から受け取った金については収支報告書には不記載だということ、つまり私がサンプロで指摘したように04年の収支報告書に小沢氏からの借入金4億円の記載があったとしても、陸山会側の政治資金規正法違反の成立には影響しないということが言いたいのであろう。 <br /><br /><br /><strong>皮肉にも容疑が雲散霧消しかねない説明</strong> <br /><br />　こうした11日の朝刊の記事、とりわけ、関連する金の流れをわかりやすく整理した朝日新聞の記事によって、それまで問題にされてきた「4億円不記載」とはどういう意味で、実際に収支報告書に記載されている小沢氏からの借入金4億円の記載とどういう関係になっているのかが、おぼろげながら見えてきた。しかし、皮肉なことに、これらの記事に基づいて事実関係を整理してみると、石川議員についての政治資金規正法違反の容疑は、ほとんど雲散霧消してしまいかねないように思える。 <br /><br />　両記事に共通するのは、本件に関連する陸山会の小沢氏からの4億円の借り入れには【1】と【2】の2つがあり、そのうちの小沢氏からの現金借り入れの【1】が不記載で【2】のみが記載されている、ということだ。 <br /><br />　では、正しくは収支報告書にどのように記載すべきであったのか。【1】、【2】の2つの借入金があったのだから両方を記載すべきであったとすると、小沢氏からの4億円の借入金が2口、合計8億円あったと記載すべきだったということになる。 <br /><br />　しかし、一方で、両記事は、【2】は【1】の原資を隠すための「偽装」だとの見方をしている（読売の記事は、「以前から陸山会で土地を買う時は定期預金を担保にして融資を受けていたため、思わず借りてしまった」との石川議員の供述を紹介した上、「特捜部は、…石川議員の説明は不自然で、4億円の定期預金と融資は土地取引に関する資金の流れを隠蔽（いんぺい）する目的だった疑いが強いとみて調べている」としている）。 <br /><br />　小沢氏の公設秘書の大久保氏の政治資金規正法違反事件で検察が持ち出したのは「西松建設関連の政治団体名義の寄附は偽装であって実際の寄附者は西松建設」という理屈だった。その理屈によれば、偽装の【2】は除外して、実質に基づいて【1】の4億円の借入金だけを収支報告書記載するのが正しい記載だということになる。 <br /><br />　それなら、偽装の銀行からの借入金4億円を含め合計8億円の借入金を記載することの方が実態に反していることになるのであり、「小沢氏からの4億円の借入金」一口を記載するのは実態どおりの正しい記載だということになる。 <br /><br />　では、同じ4億円の借入金でも【1】と【2】の違いで虚偽の記載になると言えるか。つまり、実際に陸山会の収支報告書に記載されている4億円の借入金の記載は【2】であって、本来記載すべきであった【1】ではないと言えるのか。 <br /><br />　新聞等で、収支報告書に記載されている「4億円の借入金」が【2】の銀行からの借入金であったとされているのは、陸山会側が当初、不動産の取得は銀行からの借入金によるものだったと説明していたからであろう。しかし、それは、今回の一連の捜査の過程で【1】の小沢氏個人からの現金の貸付金の存在が明らかになる前の説明であり、【1】の小沢氏個人からの借入金が存在していたことが明らかになった以上、収支報告書への貸付金の記載が【1】なのか【2】なのか、客観的な記載からは、いずれとも判断し難い。 <br /><br />　しかも、政治資金収支報告書に借入金の記載をするについては、その原資を記載する必要はない。04年10月29日までに小沢氏から現金で受け取って同日の土地代金に充てられたとされる【1】も、同日、銀行から小沢氏名義で融資を受けて陸山会に貸し付けられたとされる【2】も、政治資金収支報告書に記載するとすれば、「10月29日 小沢一郎 借入金 4億円」というまったく同じ内容の記載か、それに極めて近い内容の記載である。「Aと記載すべきであったのにBと記載した」という虚偽記入の犯罪事実の構成自体が困難だ。 <br /><br />　少なくとも、4億円の借入金については、不記載などの政治資金規正法違反に問うことは困難だと言わざるを得ない。 <br /><br /><br /><strong>「記載のズレ」はそれほど重大な違反と言えるか</strong> <br /><br />　結局のところ、政治資金規正法違反に問いうるとすれば、不動産の代金支払の記載が実際には04年であったのに、05年の収支報告書に記載されており、少なくとも代金の支払の事実が客観的に04年であった以上、その年の収支報告書に記載しなかったことの不記載が考えられる程度だ。しかし、報道によると、石川議員側は、この点の記載の誤りを「単純なミス」と説明しているようであり、要するにそれは「不動産の取得時期は登記の時点と考えていたので、代金の支払の時期もそれに合わせた」ということであろう。 <br /><br />　そうだとすれば、その「記載のズレ」が、それによって政治資金の透明性が害された、と言えるほどの重大な違反と言えるだろうか。少なくとも、昨年8月の総選挙で故中川昭一元財務・金融相を破って小選挙区で当選した石川議員に対する有権者の支持を、政治資金規正法違反で起訴して公民権停止で失職させることを正当化するほどの違反だとは到底考えられない。 <br /><br />　マスコミ報道では、あたかも政治資金規正法違反による在宅起訴は必至のように報じられているが、一体どのような犯罪事実で起訴されるということなのか、まったく不明だ。 <br /><br />　しかし、捜査機関側と結託しているかのような今回のマスコミ報道の在り方に問題があると言っても、マスコミ側が、そうまでして小沢氏の政治資金をめぐる疑惑を追及しようとする背景に、かねてから小沢氏の政治資金をめぐるダーティーなイメージがあり、国民の側もそこに疑念を抱く者が多いという事実があることも無視できない。 <br /><br />　今回の問題に関しても、そもそも当初の陸山会側の説明で【1】の小沢氏個人からの借入金の存在が明らかにされていなかったこと自体に不透明さが残る。だからこそ、それが、どこかやましい原資によるものではないか、との憶測を呼ぶことになる。 <br /><br />　石川議員が小沢氏から現金4億円を受け取ったと供述したことが報じられ、その原資がどこから来たものなのかが問題にされ、「小沢氏任意聴取要請」などという真偽不明の報道まで行われているのであるから、小沢氏はその点についての説明を早急に行うべきだ。 <br /><br />　小沢氏は、昨年3月に公設秘書の大久保氏が政治資金規正法違反事件で起訴された後、政治資金についての説明責任を問われ、5月に民主党代表辞任に追い込まれた。この時、マスコミ等から説明すべしとされたのは、「なぜ長年にわたってゼネコンから多額の献金を受け続けたのか」という抽象的な事柄であり、この点について説明せよと言われても簡単にはできないのは自民党の多くの政治家も同様であろう。しかも、当時は、総選挙を控えた時期である。「説明の泥沼」に引きずり込まれたら、選挙の帰趨にも重大な影響を与えていたであろう。 <br /><br />　しかし、今回、説明を求められているのは、特定の不動産の取得の原資となった4億円の出所という具体的な事項だ。「やましいことはまったくない」と言うのであれば、この点についての説明をしないというのは誰しも納得できない。 <br /><br />　小沢氏がこの点について説明を行おうとせず、4億円の原資が明らかにされるまでは小沢氏への追及の手を緩めない、とするマスコミ側の姿勢も、その情報源や報道の手法の問題を別にすれば、それなりに理解する余地もある。 <br /><br />　石川議員は、小沢氏にとって手塩にかけて育てた大切な若手政治家のはずだ。小沢氏が、その石川議員の首を差し出すことで曖昧なまま問題を決着させよう、というようなことを考える度量の狭い政治家だとは思いたくない。 <br /><br /><br /><strong>両軍とも凡打を繰り返す不毛な争いに国民は辟易</strong> <br /><br />　大量の応援検事を投入するなど膨大なコストをかけて行われている検察捜査は決め手を欠き、いまだに捜査の出口どころか入り口すら見えない。一方、その過程で出てきた当然の疑問にすら答えようとしない小沢氏の側からも攻め手は出て来ない。 <br /><br />　両軍とも凡打を繰り返しノーヒットノーランのまま延長戦、一塁側スタンドだけが異様に盛り上がる。そのような不毛な争いに国民は辟易しているはずだ。 <br /><br />　通常国会召集を目前に控え、2番底が懸念される景気は今後どうなるのか。日本航空（JAL）は、日本郵政はどうなるのか。今、政治が直面している緊急の問題は余りに多い。 <br /><br />　「検察VS小沢」、泥沼の超貧打戦に決着をつけるのは、小沢氏の一打しかない。 <br /><br />＃＃＃引用終わり <br /><br /><br /><br />【東京アウトローズ一行情報】「陸山会」収支報告書に小沢氏から「４億円借入」の記載、擁護派の郷原信郎弁護士らは何故、これを持ち出したのか<a href="http://outlaws.air-nifty.com/news/2010/01/post-6692.html" target="_blank">http://outlaws.air-nifty.com/news/2010/01/post-6692.html</a> <br /><br />（一部引用） <br />司法担当の全国紙社会部記者は、「捜査関係者なら誰でも承知している事実で、これを前提に捜査は続けられてきた」と一笑に付す。「いま問題になっているのは、小沢個人からの４億円の借入金を記載していたとか、していなかったとか、そういうことでは全然ありません。これまで小沢側は、この４億円の借入金について、小沢個人の定期預金を担保に銀行から融資を受けていた、と説明してきた。ところが、石川知裕（当時会計事務担当）の供述などから、実際は０４年１０月２８日の土地取引前日までに小沢のポケットから現金４億円が出ていたことが分った。つまり、４億円の銀行融資というのは、小沢の裏金であることを隠す偽装工作だったのではないか、と特捜部は見ているのです」。そのため、４億円の原資も当然問題となり、水谷建設元会長の「裏献金」に絡む供述などが注目されている、というのが疑惑の本筋だ。■ところが、郷原弁護士は、疑惑の本筋から外れ、その解消につながるとも思えない、捜査関係者なら誰でも知っている「自明の事実」をわざわざ意味ありげに取り上げている。これでは、同弁護士は単に「特捜部はおかしい」との印象操作を狙っているだけ、と言われても仕方がない。「法と捜査」の専門家としても、これは非常に危ういことで、行き過ぎた「小沢擁護」は、百害あって一利なし、と肝に銘じるべきであろう。 <br />＃＃ <br /><br /><br /><br /><br /><br />特捜部ついにキレた！　小沢聴取拒否に「バカヤロー！」 ZAKZAK（夕刊フジ） <br /><a href="http://www.asyura2.com/10/senkyo77/msg/515.html" target="_blank">http://www.asyura2.com/10/senkyo77/msg/515.html</a> <br /><br />『特捜部ついにキレた！　小沢聴取拒否に「バカヤロー！」.2010年01月14日17時00分 / 提供：ZAKZAK（夕刊フジ） <br /><br />　東京地検特捜部が激高している。民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」による土地購入疑惑で、小沢氏が事情聴取の要請を拒否し、元私設秘書の石川知裕衆院議員も不可解な供述を繰り返すことに、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ。一方、小沢氏側も一歩も引かない。通常国会の召集直前に、特捜部が強制捜査に乗り出したことに、不信感を爆発させている。「国内最強の捜査機関」と「政界の最高実力者」のバトルは、血の雨が降りそうな気配となってきた。 <br /><br />　「バカヤロー！」 <br /><br />　東京・霞が関の東京地検内で１０日夕、検事の怒号が鳴り響いた。５日に事情聴取を要請したものの、「日程が詰まっている」「聴取内容を限定してくれ」などと事実上拒否していた小沢氏が同日午後、２０歳の囲碁名人と対局した様子がテレビニュースで報じられていたからだ。小沢氏の態度は、「自分たちが正義を守る」という特捜部の怒りに火を付けた。 <br /><br />　陸山会は２００４年１０月、東京都世田谷区の土地を３億４０００万円で購入した。この土地取引をめぐり、（１）小沢氏の手持ち資金４億円の原資（２）複数口座への分散理由（３）購入時期の変更理由（４）４億円の銀行融資の必要性－といった「４つの謎」が指摘されている。 <br /><br />　これらを解明するため、特捜部は１３日、昨年末に続き、石川氏を事情聴取した。石川氏は土地取引の政治資金規正法違反（不記載）を認めながら、４億円について「小沢先生の手持ち資金」「原資は知らない」などと“灰色供述”を続けて、特捜部を挑発した。 <br /><br />　ある検察幹部は、石川氏の供述内容を「あれは、ウソっぱちだ」と切って捨てた。 <br /><br />　特捜部は、中堅ゼネコン「水谷建設」の元経営幹部が「０４年１０月と０５年４月ごろ、小沢氏側に計１億円を提供した」と供述したことを重視。同社は、大手ゼネコン「鹿島」が小沢氏の地元・岩手県で関連工事を受注した胆沢ダムの下請けに入っており、「４億円の原資にゼネコン側の資金流入があるのでは」（検察関係者）とみて、小沢氏の個人事務所だけでなく、鹿島の本社や東北支社などにも家宅捜索に入ったわけだ。 <br /><br />　検察関係者は「小沢氏は１２日の記者会見でも、疑惑について説明をしなかった。政治資金規正法違反の公訴時効は３月末。手をこまねいていては捜査機関の責務を果たせない」と断言。 <br /><br />　さらに、「石川氏の元秘書が『小沢先生の自宅には現金が１０億円が置いてあると聞いた』とマスコミに証言している。自民党の金丸信元副総裁のように、小沢氏周辺には相当の『たまり』（蓄財）があるのはではないか」と、小沢氏自身もターゲットにしていることをうかがわせた。 <br /><br />　また、別の関係者は「西松事件はやや筋が悪かった。このため、小沢氏に『国策捜査』とののしられ、ヤメ検の弁護士にまで『無理筋の事件』『特捜部の捜査能力が落ちた』などと批判された。特捜部の存在意義が問われている。今回は法に照らして徹底的にやる」と意気込んだ。 <br /><br />　これに対し、小沢氏は１３日夜、名古屋市での講演で「私の政治団体の件で、大変ご迷惑をおかけしている。しかし、私どもは決して、法に触れることを致したつもりはない。それは国民も分かってくれたはずだ」と潔白を主張した。 <br /><br />　小沢氏周辺も同日夜、「民主党は脱官僚主導を掲げ、事業仕分けなどで霞が関の権益に切り込んでいる。（法務・検察当局が）霞が関代表として、民主党潰しに出ているのでは。大体、検察のリークがひどすぎる。国家公務員法１００条違反（情報漏えい）だ」 <br /><br />　また、別の民主党関係者は「特捜部は占領下の１９４７年、ＧＨＱの指導で隠匿退蔵物資事件捜査部としてスタートした。特捜部エリートは在米日本大使館の一等書記官経験者が多く、米国の影響力を受けると聞く。小沢氏は『第七艦隊発言』など、米国を刺激する言動を続けている。何か関係があるのではないか」と語る。 <br /><br />　今後、特捜部は押収した資料を分析し、疑惑の全容解明に乗り出す。「国内最強の捜査機関」と「政界の最高実力者」のバトルは、１８日召集の通常国会や夏の参院選にどう影響を与えるのか。 <br /><br />　政治評論家の小林吉弥氏は「これは首相自身ではなく、幹事長の疑惑。自民党が通常国会で『政治とカネ』の問題で騒いでも、自分たちにも古傷があるうえ、党内もバラバラで、どこまで攻めきれるか疑問だ。ただ、参院選への影響は世論次第。内閣支持率が３０％台まで下落するようだと、『ポスト鳩山』の問題が浮上するかもしれない」と語っている。』 <br /><br /><a href="http://news.livedoor.com/article/detail/4548434/" target="_blank">http://news.livedoor.com/article/detail/4548434/</a> <br />より </p><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-12-16">
<title>羽毛田信吾と、尊皇のまこと心</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-12-16</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尊皇のまこと心、ありやなしやいつも時代錯誤なボキャと論理で笑わせてくれるズッコケ・マー君こと、コラムニスト佐藤優（元外務省職員）。今回はかなりマトモナ物言いで、ツマンナイかも。【佐藤優の眼光紙背】羽毛田信吾宮内庁長官は尊皇のまこと心をもっているのだろうか？http://news.livedoor.com/article/detail/4504076/2009年12月15日09時30分 / 提供：眼光紙背全文引用：●佐藤優の眼光紙背：第64回　日本の国家体制の根幹に影響を与えうる深刻な出来事が生じた。　１２月１２日、羽毛田信吾宮内庁長官が、天皇陛下と中国の習近平（シー・チンピン）国家副主席の会見が決まった経緯に関して、 &amp;lt;今回、外務省を通じて内々に宮内庁の窓口に打診をされてきたのは１カ月を切った段階でしたから、ルールに照らし、お断りをした。その後、官房長官から、ルールは理解するが日中関係の重要性にかんがみてぜひお願いするという要請があり、私としては、政治的に重要な国だとかにかかわらずやってきたのだからぜひルールを尊重していただきたいと申し上げました。／その後、再度、官房長官から、総理の指示を受けての要請という前提でお話がありました。そうなると、宮内庁も内閣の一翼をしめる政府機関である以上、総理の補佐役である官房長官の指示には従うべき立場。大変異例なことではありますが陛下にお願いした。が、こういったことは二度とあってほしくないというのが私の切なる願いです。&amp;gt; （１２月１２日asahi.com）と述べた。 　その後、天皇陛下を政治利用したという世論の激しい非難が、鳩山由紀夫総理と小沢一郎民主党幹事長に対して向けられている。筆者は、日本は中国に対して過剰サービスをするうべきではないと考える。従って、習近平氏に対しても、もう少し淡々とした対応をとった方がいいと思う。ただし、日本外務省の中国専門家は異なる判断をしたのであろう。今回、生じた問題は、この中国要人の処遇を巡る問題とは位相を異にするところにあると筆者は考える。　そもそも羽毛田長官がいう１カ月ルールなどというものが、どのような根拠によって定められたものなのだろうか？　宮内庁官僚が定めたものではないのか？　天皇陛下との会見は、外交儀礼上、きわめて..</description>
<dc:subject>Joke</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T00:55:30+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/E3838FE382B2E382BF091216_0115~01.JPG" border="0" alt="ハゲタ091216_0115~01.JPG" width="144" height="176" /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<em>尊皇のまこと心、ありやなしや</em><br /><br /><br />いつも時代錯誤なボキャと論理で笑わせてくれるズッコケ・マー君こと、コラムニスト佐藤優（元外務省職員）。今回はかなりマトモナ物言いで、ツマンナイかも。<br /><br />【佐藤優の眼光紙背】羽毛田信吾宮内庁長官は<span style="color: #ff0000">尊皇のまこと心</span>をもっているのだろうか？<br /><a href="http://news.livedoor.com/article/detail/4504076/" target="_blank">http://news.livedoor.com/article/detail/4504076/</a><br />2009年12月15日09時30分 / 提供：眼光紙背<br /><br /><br /><span style="font-size: large">全文引用：</span><br /><br />●佐藤優の眼光紙背：第64回<br />　<span style="color: #0000ff">日本の国家体制の根幹に影響を与えうる深刻な出来事が生じた。</span><br /><br />　<span style="color: #0000ff">１２月１２日、羽毛田信吾宮内庁長官が、天皇陛下と中国の習近平（シー・チンピン）国家副主席の会見が決まった経緯に関して、 <strong>&lt;今回、外務省を通じて内々に宮内庁の窓口に打診をされてきたのは１カ月を切った段階でしたから、ルールに照らし、お断りをした。その後、官房長官から、ルールは理解するが日中関係の重要性にかんがみてぜひお願いするという要請があり、私としては、政治的に重要な国だとかにかかわらずやってきたのだからぜひルールを尊重していただきたいと申し上げました。／その後、再度、官房長官から、総理の指示を受けての要請という前提でお話がありました。そうなると、宮内庁も内閣の一翼をしめる政府機関である以上、総理の補佐役である官房長官の指示には従うべき立場。大変異例なことではありますが陛下にお願いした。が、こういったことは二度とあってほしくないというのが私の切なる願いです。&gt;</strong> （１２月１２日asahi.com）と述べた。</span> <br /><br />　<span style="color: #0000ff">その後、天皇陛下を政治利用したという世論の激しい非難が、鳩山由紀夫総理と小沢一郎民主党幹事長に対して向けられている。筆者は、日本は中国に対して過剰サービスをするうべきではないと考える。従って、習近平氏に対しても、もう少し淡々とした対応をとった方がいいと思う。ただし、日本外務省の中国専門家は異なる判断をしたのであろう。今回、生じた問題は、この中国要人の処遇を巡る問題とは位相を異にするところにあると筆者は考える。</span><br /><br />　<span style="color: #0000ff">そもそも羽毛田長官がいう１カ月ルールなどというものが、どのような根拠によって定められたものなのだろうか？　宮内庁官僚が定めたものではないのか？　天皇陛下との会見は、外交儀礼上、きわめて重要だ。急に組み込まれる外交日程はいくらでもある。公式晩餐会ならば、事前の準備や案内もあるので、突然、日程を組み込むことができないのは当然だ。しかし、会見について１カ月ルールを定め、外交の手足を縛ること自体がきわめて政治的行為であることに羽毛田氏は気づいていないようだ。</span><br /><br />　<span style="color: #0000ff">羽毛田宮内庁長官が、尊皇のまこと心をもって天皇陛下をお守りしているのかどうかということが問われているのだ。習近平氏の会見を受けるべきでないと羽毛田長官が職業的良心に基づいて考えるならば、「私はそのようなお願いをすることはできません。どうしてもというならば、私を解任してください」と言って頑張るべきだ。そして、解任されても、言い訳をせずに静かに去っていくべきと思う。身を挺して、天皇陛下が政治の嵐に巻き込まれないようにすることが宮内庁職員の仕事ではないか。羽毛田長官が経緯説明という名目で記者会見を行ったことによって、天皇陛下が政治問題に巻き込まれてしまったというのが真相だ。</span><br /><br />　<span style="color: #0000ff">１４日、&lt;民主党の小沢一郎幹事長が、宮内庁の羽毛田信吾長官の発言を「辞表を出してから言うべき」と批判した&gt;（１２月１４日産経新聞電子版）が、当然のことと思う。羽毛田氏は、選挙で選ばれた政治家ではなく、内閣によって任命された官僚だ。鈴木宗男衆議院外務委員長が&lt;私は陛下のご了解を戴いたのにもかかわらず、その日程のやり取りを表沙汰にした羽毛田宮内庁長官は尊皇精神に欠けていると言いたい。陛下のご健康、ご体調を軽々に平場で口に出すのはいかがなものか&gt;（１２月１日付ブログ「ムネオの日記」）と述べているが、その通りと思う。</span><br /><br /><span style="color: #0000ff">小沢氏の対応に問題があると考えるならば、国民は次の選挙で、小沢氏並びに同氏と考え方を同じくする民主党の議員を落選させるという形で、影響を行使することができる。これに対して、羽毛田宮内庁長官をはじめとする官僚は、身分保障がなされているので、国民の力によって排除することはできない。南北朝時代、北畠親房、楠木正成など南朝の忠臣は身を挺して後醍醐天皇をお守りした。この精神で宮内庁職員は天皇陛下をお守りすべきと思う。（２００９年１２月１５日脱稿）</span><br />###<br /><br /><br /><span style="color: #ff0000"><span style="font-size: large">日本の国家体制の根幹に影響を与えうる深刻な出来事が生じた。</span>　</span><br /><span style="color: #ff0000"><span style="font-size: large">尊皇のまこと心。</span>　</span><br /><span style="color: #ff0000"><span style="font-size: large">日本は中国に対して過剰サービスをするべきではないと考える。</span>　</span><br />　。。。なんちゃって、ズッコケちまうぜ、ベイビ。尊皇攘夷かい？脱亜入欧かい？（アングロサクソン＝ベーコク要人に対してはスペシャルサービス、ＯＫかい、マー君？） この数日、お天気と同じで、気分鬱々としていた私も、久し振りに呵々大笑。<br /><br /><br />「。。そもそも羽毛田長官がいう１カ月ルールなどというものが、どのような根拠によって定められたものなのだろうか？　宮内庁官僚が定めたものではないのか？　天皇陛下との会見は、外交儀礼上、きわめて重要だ。急に組み込まれる外交日程はいくらでもある。公式晩餐会ならば、事前の準備や案内もあるので、突然、日程を組み込むことができないのは当然だ。しかし、会見について１カ月ルールを定め、外交の手足を縛ること自体がきわめて政治的行為であることに羽毛田氏は気づいていないようだ。」<br /><br />まったくその通りである。現在でも年間１００回以上の会見を天皇はこなしている。平均３～４日に一回である。会見設定に必要なのは、相手方のバックグラウンド情報(会見申請者が提供)を天皇が咀嚼する時間的余裕だけであるはずだ。年間１００回も会見する、という場数をこなしている天皇ならどうってことないのである。園遊会での天皇の余裕の対応ぶりをTVで見ただけでわかる。天皇はいろいろな人と会いたいのである。これを宮内庁都合で制限しているとしたら言語道断ではないか。天皇の健康状態が優れない、ということを１ヶ月ルール正当化の根拠にしている論者もいるが馬鹿馬鹿しい限り。今日の午前中、健康に何の問題もないから今日の午後会見可能です、とは言える。しかし、今日の健康状態に問題がないから、１ヶ月先も大丈夫、となぜ言えるのか？宮内庁役人の事大主義的押し付けしか過ぎない。しょっちゅうドクターストップが掛かる状態であれば１ヶ月ルールで受け付けても空約束にしかすぎなくなる。先のことはワカランよ、直前に申請してくれ、ということにならないか。そも、それほどの健康状態であれば公式行事からはすべて退き、今後は皇太子を名代に立てる、と宮内庁が宣言すべきである。あるいは、象徴天皇としての機能を期待する国民からの負託、あるいは憲法に定める行為に応えるため、法律を改正して天皇を退位すべきであろう。機能不全状態を長期に継続するのは誰のためにもならない。<br /><br />基本的な問題として、面会が行われる前々日に記者会見でこんな裏話=下半身問題、をバラして、面会相手やその国民がどうおもうか、ということなどツユほども考えない人間を宮内庁に採用している、ということ。宮内庁に限らず、官僚＝組織人として失格である。<span style="color: #ff0000">職員の躾を厳しくしないと世界の嗤い物になる、ということ</span>。<br /><br /><br />佐藤優：<br />「南北朝時代、北畠親房、楠木正成など南朝の忠臣は身を挺して後醍醐天皇をお守りした。この精神で宮内庁職員は天皇陛下をお守りすべきと思う。」<br /><br />南北朝時代、北畠親房、楠木正成。。。あはは。<br /><br />桜井の別れ (唱歌♪青葉茂れる桜井の)<br /><a href="http://www.youtube.com/watch?v=2Nc_IALcAJo" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=2Nc_IALcAJo</a><br /><br /><br />＜政治利用＞などとたわけたことを言って非難しているつもりの馬鹿マスゴミや皇室御用達学者。天皇は、内閣が政治利用するために存在するのである。政治利用されたくなかったら『公職はすべて辞退して、私人として振る舞います、サラバ！』、と宣言し、隠遁生活を送ればよいのである。公事、国事をサボったところで罪に問われることは無いのだから。憲法第一章『天皇』などあってもなくても大勢に影響はないシロモノ、戦前の尾てい骨、として放置しておけばよい。<br /><br />北澤防衛大臣、平野感冒長官、ハゲタ宮内庁長官。。。呆けた発言を繰り広げる大臣や長官を、即刻更迭できない民主党にも困ったものである。<br /><br /><br />＃＃<br /><br />羽毛田信吾宮内庁長官はノーパンしゃぶしゃぶ狂だった！<br /><a href="http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1942.html" target="_blank">http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1942.html</a><br /><br />【ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」 顧客名簿】羽毛田信吾の名もしっかり掲載されている【論談】<br /><a href="http://www.asyura2.com/10/senkyo76/msg/233.html" target="_blank">http://www.asyura2.com/10/senkyo76/msg/233.html</a><br /><br /><br />宮内庁長官がノーパンしゃぶしゃぶ。結構なことである。この点は断固、ハケタ下半身長官を支持したい。宮内庁内で大いに、しゃぶ、やっとくれ。<br /><br /><em><strong>１ヶ月ルールがいいねとハケタが言ったから１２月１２日はノーパン記念日</strong></em><br /><br /><br /><br />追記：<br />＜中国大嫌い＞で著名なジャーナリスト勝谷誠彦のメルマガが本件を取り上げていることを知人に教えてもらった。<a href="http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1364596263&amp;owner_id=6098817" target="_blank">http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1364596263&amp;owner_id=6098817</a> <br /><br />勝谷の記事は、読まずとも内容が推定できる、というのが美点。それでも、読むに足るべき箇所はないか、と、探してみた：<br /><br /><span style="color: #0000ff">「共産党の志位和夫委員長は15日、記者団に「外国賓客と天皇との会見は国事行為ではない。小沢さんこそ憲法をよく読むべきだ」と述べた。」 </span><br /><br /><span style="color: #0000ff">　さすが理論派の共産党（笑）。本当は以下のようなことは、記者会見で小沢一郎代表に恫喝された時に、即座に記者が切り返さなきゃいけないんだけどね。 </span><br /><br /><span style="color: #0000ff">　憲法は天皇が行う国事行為として、国会召集や衆院解散などを列挙している。外交文書の認証や外国大使・公使の接受も含まれるが、外国賓客との会見は国事行為ではなく、もっと天皇の意思を反映した「公的行為」に分類される。 </span><br /><br /><span style="color: #0000ff">公的行為は、国事行為ではなく純然たる私的行為でもない国の象徴としての公的な活動と解釈される。（１）国政に影響を及ぼさないこと（２）天皇の意思が大きな意味を持つ－の２点を要点としており、具体的には、国際親善活動のほか、全国植樹祭や戦没者追悼式へのご出席などがこの公的行為に該当する。　公的行為は、小沢氏がいう「内閣の助言と承認」を必要としない。また、国事行為の場合は天皇に拒否権はないが、公的行為には憲法上の規定がないため、必ずしもその限りではない。</span> <br /><br />ここである。<br /><br />１　私の講読している毎日朝刊では数人の憲法学者がコメントしていたが、国事行為と考えられる、としていた。（国事、の規定の差だろう）<br /><br />２　しかし問題は、憲法上の狭い意味の国事行為（これは大臣承認とか、国会開会の辞、のようなドーでもイイ行為ばかり）ではなく、外国要人との会見などである（上記の分類によれば、公事でもない、という）。こういう行為は分類上はなんであっても、政治行為と見なされ「うる」。儀礼的行為と、政治行為など視角の問題であり截然と区分などできはしない（たとえば、今回の中国からの要人訪問）。百歩下がって、政治行為ではない、として、天皇が自らの意志（好き嫌い）により、海外某国の要人とアッタリ、あわなかったり、できるか？この宮内庁長官のように中国嫌いであれば、天皇に知らせないで勝手に断ってしまったり、イヤイヤ了承した後、「俺は断ったのに強制されちゃった～！」と、記者会見でばらし、政治問題とし、野党や中国嫌いたちを喜ばせる。<br /><br />内閣からの海外要人との会見要請を宮内庁長官（天皇）のえり好みによって選択してよいのか？という問題である。長官は、１ヶ月ルールだ、３ヶ月ルールだ、などと下らんことを言っているが、この無意味なことはすでに述べた。 <br /><br /><br />それにしても、共産党の志位委員長。民主党の揚げ足取りに汲々としている。勝谷を喜ばせるようじゃ哀れ、というしかない。見下げた男である。 <br /><br /><br /><br /><br />佐藤優、山川均の護憲論、天皇制 <br /><a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2007-04-15-1" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2007-04-15-1</a><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-12-04">
<title>仕分け人・中村桂子の意見に共感</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-12-04</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　仕分け人・中村桂子(毎日新聞)中村桂子（事業仕分け人・JT生命誌研究館長）の意見＠毎日新聞12月4日のインタビュー記事&amp;lt;&amp;lt;急接近&amp;gt;&amp;gt;に共感した。 ネットに記事が見あたらないのでここに引用する（全文）。 －事業仕分けで、科学技術予算にも大なたが振るわれました。 ◆私は日本の予算作りのシステムを変えるきっかけにしたいと思って、悩んだ末に仕分け人を引き受けました。仕分け人の皆さんはよく勉強し、それぞれの専門や経験に基づいて発言していました。「素人が」とか「短時間で」という批判は、参加してみて当たっていないと感じました。 －科学者の仕分け人からの厳しい意見に驚きました。 ◆継続中の事業を切ると問題が起きることは分かるので、複雑な思いはありました。しかし、ここで考え直すことが必要だと考えたのです。科学技術基本法施行（９５年）以後、科学も技術も「科学技術」という言葉でひとくくりにした結果、短期的な成果を求めて限られた分野に莫大な予算が集中し、科学者は「役に立つ」という言い方で研究費を獲得するようになりました。真の継続性なしに、あたかも役に立つことができたかのように言い、必要なところにお金が回らず、無駄も増えました。この風潮を懸念している科学者は多いのです。大型プロジェクトに無駄がないとは決して言えません。 －ノーベル賞受賞者をはじめ批判もありますが。 ◆科学技術の重要性を否定した仕分け人はいません。大事なのだから、もっと有効に限られたお金を使おうという努力です。そうそうたる学者や学長が、頭ごなしに「科学技術の大事さがわかっていない」とおっしゃる姿には違和感を覚えました。お金でなく、研究の魅力を語り、それへの共感を基本に、この国の学問を育てようという提案をしてほしかったです。 －仕分けの最中に、閣僚が「科学技術については政治判断する」と発言しました。 ◆今回の判定がすべて正しいとは思いません。意見が分かれた場合、無理やり一つの結論をまとめたり、長期的に見て疑問に思う点もありました。全体を見て、再検討する機会が必要でしょう。しかし、透明性をもって専門家の意見を聞くことなく、政治判断だけで結論を変えたのでは、システムを変えたいと思って参加したのに、何のた..</description>
<dc:subject>Politics</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-12-04T11:34:37+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091204_1138~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091204_1138~01.JPG" /><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<em><span style="font-size:x-small;">仕分け人・中村桂子(毎日新聞)</span></em><br />
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中村桂子（事業仕分け人・JT生命誌研究館長）の意見＠毎日新聞12月4日のインタビュー記事<<急接近>>に共感した。 <br />
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ネットに記事が見あたらないのでここに引用する（全文）。 <br />
<br />
－事業仕分けで、科学技術予算にも大なたが振るわれました。 <br />
<span style="color:#0000FF;">◆私は日本の予算作りのシステムを変えるきっかけにしたいと思って、悩んだ末に仕分け人を引き受けました。仕分け人の皆さんはよく勉強し、それぞれの専門や経験に基づいて発言していました。「素人が」とか「短時間で」という批判は、参加してみて当たっていないと感じました。</span> <br />
<br />
－科学者の仕分け人からの厳しい意見に驚きました。 <br />
<span style="color:#0000FF;">◆継続中の事業を切ると問題が起きることは分かるので、複雑な思いはありました。しかし、ここで考え直すことが必要だと考えたのです。科学技術基本法施行（９５年）以後、科学も技術も「科学技術」という言葉でひとくくりにした結果、短期的な成果を求めて限られた分野に莫大な予算が集中し、科学者は「役に立つ」という言い方で研究費を獲得するようになりました。真の継続性なしに、あたかも役に立つことができたかのように言い、必要なところにお金が回らず、無駄も増えました。この風潮を懸念している科学者は多いのです。大型プロジェクトに無駄がないとは決して言えません。</span> <br />
<br />
－ノーベル賞受賞者をはじめ批判もありますが。 <br />
<span style="color:#0000FF;">◆科学技術の重要性を否定した仕分け人はいません。大事なのだから、もっと有効に限られたお金を使おうという努力です。そうそうたる学者や学長が、頭ごなしに「科学技術の大事さがわかっていない」とおっしゃる姿には違和感を覚えました。お金でなく、研究の魅力を語り、それへの共感を基本に、この国の学問を育てようという提案をしてほしかったです。</span> <br />
<br />
－仕分けの最中に、閣僚が「科学技術については政治判断する」と発言しました。 <br />
<span style="color:#0000FF;">◆今回の判定がすべて正しいとは思いません。意見が分かれた場合、無理やり一つの結論をまとめたり、長期的に見て疑問に思う点もありました。全体を見て、再検討する機会が必要でしょう。しかし、透明性をもって専門家の意見を聞くことなく、政治判断だけで結論を変えたのでは、システムを変えたいと思って参加したのに、何のためだったのか分からなくなります。 </span><br />
<br />
－民主党は「コンクリートから人へ」と掲げていますが、今回、若手や女性の研究支援など人材育成の予算が削られました。 <br />
<span style="color:#0000FF;">◆若手や女性の育成は大事です。競争しながらも皆が伸びていく環境を作らねばなりません。ただ、今はお金を渡すという形に偏りすぎています。女性支援の議論では、大学に託児所を作るなど働きやすくする点で異論はありません。しかし、女性の雇用を増やすために学会参加費までつけるというような事業もあり、そこは皆さん納得しませんでした。将来のポストへの不安が、若手研究者の頭の中の大部分を占めているような今の状況はかえていかなければいけません。自分たちの研究環境をよくするために最も必要なのは何か。注目が集まったこの機会に、問題解決に向けた発言をしてほしいです。</span> <br />
<br />
－事業仕分けで、科学界は変わりますか。 <br />
<span style="color:#0000FF;">◆変わらなければ、参加したことを後悔します。あまり成果の出なかったある研究について、地方でNPO（非営利組織）を長くやっている仕分け人が「５００億円もかけて、ただ反省するだけで済むのですか」と話した言葉を重く受けとめました。世界の情勢をきちんととらえ、無私の気持ちで研究のあり方を考える専門家の議論を踏まえて、必要なところに必要な予算がいくシステムをつくることが不可欠です。</span> <br />
（以上。全文引用） <br />
<br />
<span style="color:#FF0000;"><strong>学長だのノーベル賞受賞者だのの、＜虚名＞の圧力にビビッて方針をふらつかせる政治屋に比べてよほど毅然としているではないか。国家戦略室の長（あるいは首相）には、このような人がなるべきではないのか？</strong> </span><br />
<br />
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＃ <br />
中村桂子＋仕分け人で検索すると重要な記事がヒットした。この記事には中村桂子さん自身が長文のコメントを寄せている。さらに驚いたことにこの記事は２年以上も前の投稿だった。<a href="http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50339835.html#comments" target="_blank">http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50339835.html#comments</a> <br />
朝日新聞＜私の視点＞をめぐってのやりとりである。中村さんのコメント部分だけを全文引用する（中村さん、ご容赦を）： <br />
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＃＃ <br />
　<span style="color:#0000FF;">「私の視点」への御意見ありがとうございました。細かなプロセスを書いていただきそこが問題と思いました。またいろいろお教え下さい。１２００字しかないので、細かいことが書けなかったのですが、要は、“プロジェクト”は目的が明確であり（必要性）、しかも科学としての必然性があるものでなければいけないと思うということが言いたかったのです。</span> <br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">そもそもヒトゲノム解析は、１９８６年のダルベコによる“がんを知り、その知識を治療につなげるにはどうしても必要”という提案から始まりました。ですから解析が終った後にやるべきは、その成果を“がん研究”（これは予防、診断、治療を含む）につなげるにはどうするかというテーマになるわけです。そこで“遺伝子とがん”について徹底的に調べ・・・以降は新聞に書いたようになっています。この間のプロセスが透明で、科学として納得ができ、使うお金も妥当であり、プロジェクトとはこのように進めるべきものであるということを教えられるものになっています。科学として連続性があり、そこに関わっている人々がその分野について最もふさわしいと思われる専門家であり、その判断が開いた形で行なわれているからです。なぜ日本ではこれができないのか。私の最大の問いはこれです。</span> <br />
<br />
　<span style="color:#0000FF;">もう一つ、米国と日本のプロジェクト推進の過程を見て感じるのは、米国ではこれだけ難しいテーマが解決可能だろうか、これだけの資金をかけてそれに見合う成果が出るだろうかという問いが常にあるということです。くじけそうになるけれど挑戦しなければならないという気持が見えるのです。一方日本の場合は“これで何でもできる”という言い方しかありません。たとえばオーダーメイド医療がそうです。途中のプロセスは何も見せずにSNIPsを解析すれば、すべての病気に個人対応ができるかのように言う。これは科学ではありません。米国が“がん研究”で示しているようなプロセスを考えなければ、研究ではないと思うのに、なぜ一流の研究者にそんなことができるのか。それが私のもう一つの問いです。</span> <br />
<br />
　<span style="color:#0000FF;">以上二つ、プロジェクトと言えども“科学”であることを忘れないで欲しいと思うのです。大量のデータを出せば答が出るという意見があります。和田昭允先生がデータドリブン生物学だとおっしゃいます。確かに今の科学は大量のデータが必要です。これについても米国のプロジェクトの中に答が書いてあります。“どうしても大量のデータを出さなければならない。しかし、山のようにデータがあるだけでは意味がない。発がんのメカニズムがわかってもそれが治療につながらなければ価値がないのだ。”　とにかく日本のプロジェクト関係者はこの米国のプロジェクトの立て方に学んで欲しいと思います。</span> <br />
中村桂子 <br />
Posted by 中村桂子 at 2007年05月24日 16:45 <br />
＃＃ 引用終わり<br />
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中村さんは現在７３歳である（毎日の記事に年齢が載っていたので本人了承と考え、年齢を書く）。ご自身の属する領域（生物科学）を越えて日本のために、臆することなく意見を述べていることに共感する。今回のノーベル賞受賞者＋学長のみっともない圧力団体的な言辞には若い科学技術者からも批判の声が（声なき声？）上がらないのが不思議である。長老支配が行き渡っているようである。中村さんは＜この風潮を懸念している科学者は多いのです＞とインタビュで述べているが、若手からも自由に意見を述べることができる体制になっていないとしたら大問題である。民主化がなされていない、という懸念である（つまり、「白い巨塔」システムがいまだに健在である、ということ。ノーベル賞受賞者＝抵抗勢力の状況を目の当たりにするとサモアリナン、と納得する）。 <br />
<br />
およそ予算システムを組んでいる組織であれば、予算決定過程でさまざまなチェックが入るのは当然であり、大企業では数百万～以上、中小企業であれば数十万円以上、家庭であれば数千円～という風に最小単位はさまざまだろうが、組織の大方針に沿うのか、無駄はないか、を厳しくチェックし、プロジェクトの終了後も報告書で成果を問われる。国家の場合、使った予算の成果報告はきちんと為されているのか？まともな企業ならばどんな出張であっても出張報告を書いて成果を報告しなければならない。昨今の状況を見ると何十億円以上の公的資産＝税金を使いながら何の報告もなく、プロジェクト管理者の責任はまったく問われないという杜撰な運用がはびこっているのではないか。業務仕分けで分かってきたのはこれまで国家予算編成過程で、まったくと言っていいほどチェックが入っていなかった、ということが明らかになったこと。１０００兆円という巨額の累積赤字が目前、という状況も理由あってのことだった、と納得である。 <br />
<br />
将来が不安で子供を産むことができない、子供を産んでも保育園に入れられない。。という状況で＜科学技術＞その他に莫大な国家予算をつぎこむことがユルされるのか？昨日はオリンピックメダリストがスポーツ予算の削減方針（仕分けの結果）に対して抗議していた。開催地呼び込みのために東京都は５０億円も使ったがこれを批判する声は小さい。いったい、１００メートルを走るのに９秒を切った！８秒を切った！幅跳びで１０メートル飛んだ！。。こんな記録争いはもう止めたらどうか？何の意味があるのか（貧困層をほったらかしにして）、という疑問を出そうものなら袋だたきにあいかねない。別の記事でも述べたが、日本の将来～人類の進歩とはなにか？を冷静に、５０年、１００年のレンジで考えるべきではないのか。 <br />
<br />
中村さんのインタビュ記事のすぐ下に＜論説ノート＞という記事があり『お寒い教室』というタイトルの短文で布施広（論説委員？）が、おとなしい学生に対する苛立ちをのべている： <br />
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<span style="color:#0000FF;">「（暖房も効かない寒い教室で震えながら聴講している学生の状況を述べた後）しかし腹が立つのはそこ（劣悪な環境）ではない。寒いなら寒いと、なぜはっきり言わないのか。遠慮も忍耐も美徳の一種とはいえ、モノ言わぬ学生の増加は暖房費不足より問題だ。ある教授によると教場で質問する学生は「ＫＹ（空気が読めない）」と他の学生から白眼視される傾向もあるそうだ。（略）　質問のない「お寒い教室」は確実に増えているらしい」</span> <br />
<br />
米国に対して「冷戦終了から久しぅおます、軍備縮小しまひょ、思いやり予算そろそろオシマイにしまひょ、基地撤去いかがでひょ？」という提案・疑義さえ挟めぬ外務省、政府。６０年の長きにわたる慢性の＜長いモノに巻かれろ病＞あるいは＜属国病＞は確実にマスゴミを経由して国民に浸透している。若者に感染せぬワケがない。既得権益を侵すな！とばかりに企業、企業とグルになった官僚・政治屋、学会のボス達が赤字国債を湯水のように乱発させる、その尻ぬぐいは若者がしなければならないのである。<br />
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仕分け人という思いもよらないものになって (中村桂子のブログ）<br />
2009年12月1日<br />
<a href="http://www.brh.co.jp/katari/hitokoto/" target="_blank">http://www.brh.co.jp/katari/hitokoto/</a><br />
引用する：<br />
＃＃<br />
。。。<span style="color:#0000FF;">もう一つ、ムダという言葉は難しく、文化、教育、研究などはムダなしでは成り立ちませんから、社会がこれらをどう位置づけるかが大事になります。本来なら基本の基本から考えるのがよいにきまっています。けれどもこの国は、本質を問うても少しも動きません。これまでも本質を考えましょうと言ってきましたが、そんな声は無視でした。ですから個別を問うことをきっかけに、皆で考えるようになるといいなというのが今の気持です。ところが、実際はなかなかそうは行きそうもないというのが実感です。皆んな自分のことを考え、自分のところにお金が来ることを思う気持の方が強いようで、せっかくのきっかけだと思うのに、研究者全体でこの国の将来を考えましょうとはならず、お金を削減するのはけしからんと言う声だけなのです。誰も科学技術が不要だなどとは言ってはいません。しかし、ただ科学技術は大事だと大きな声で言えばよいわけではないでしょう。この際、本当に大事なことは何かを考えて社会に発信しなければ、決して研究者への高い評価は得られません。なぜ皆本質を考えようとしないのでしょう。ここで諦めたら意味がありません。他の分野もそうでしょうが、私の場合、「日本の科学技術政策が専門家の中でオープンに議論されるようになること」が目的ですので、そこにつながるような努力はしようと思っています。 <span style="color:#FF0000;"> <strong>「決して、また声の大きい人が勝ち、政治決着がなされるなどということのないようにして下さい」 </strong></span>。 行政刷新会議にこれだけはお願いしています。</span><br />
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中村桂子さんの記事からツラツラと。 <br />
<a href="http://ts.way-nifty.com/makura/2009/12/post-db00.html" target="_blank">http://ts.way-nifty.com/makura/2009/12/post-db00.html</a> <br />
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【現場報告】大学の未来像 ― 行政刷新会議「事業仕分け」 <br />
<a href="http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2009/11/post-300/" target="_blank">http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2009/11/post-300/</a> <br />
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ニッポンの借金時計 <br />
<a href="http://www.geocities.jp/mkqdj167/japan.htm" target="_blank">http://www.geocities.jp/mkqdj167/japan.htm</a> <br />
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仕分けがあぶり出したもの <br />
<a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27-1" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27-1</a> <br />
<a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27-2">
<title>外国人看護士への支援　　コミュニケーション能力獲得の課題</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27-2</link>
<description>ＮＨＫ総合の番組（関東地方）： 特報首都圏「“ニッポン”で働きたい～インドネシア人看護師　２年目の試練～」 2009年11月27日（金） 午後7:30～午後7:58（28分） --------------------------------番組の概要--------------------------------- 日本で働くインドネシア人看護師。仕事内容や日本語の壁など、様々な問題が山積みのまま、今月第２陣が来日した。現場の実態から、受け入れ制度の課題解決の方策を探る。  2年目を迎えた、日本で働くインドネシア人看護師。日本での資格がないため、補助の仕事しか任されず、不満が募っている。また、国家試験にも日本語という高い壁が立ちはだかる。一方、受け入れた病院も、予想を上回る費用負担に困惑を隠せない。抜本的な制度改善が行われないなか、第２陣となるインドネシア人が来日した。現場の実態やアンケート結果を手がかりに、外国人看護師受け入れ制度について、課題解決の方策を探る。 ----------------------------------------------------------------- 番組を見ての感想：看護士不足解決のため東南アジアから人材を求め、日本で養成する仕組みがある。養成は個々の病院でやっているが問題がイロイロ発生している。最終目標は看護士の国家試験に合格することであるが（合格しないと看護士になれない）、そのまえに大きな問題として日本語の習得という障壁がある。あるＮＧＯは日本に来る前にアジアの某市で１年半、日本語の特訓を行うらしい。看護士一人を養成するのに７００万円を要するという。 日本語と、専門知識の双方を獲得するため病院で働いている修習生を番組では追っていた。ある修習生は現場の日本語をマスターするために看護婦のミーティングにも出席していた。しかし、彼女たちの話す言葉が皆目分からない。。。。当然である。放送で聞いたがこれは日本語とよべるシロモノではない。小学生の女の子のお喋り。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。言葉による正しい伝達能力を身につけることはいかなる職場であっても前提であるはずだ。病院でこれがおろそかになっているのではないか。専門語を覚えればいい、というだけのものではなかろう。 海外修習生のためにゆっくり、正しい日本語をしゃべれ、というのは厳しい注文なのだろうか？日本人同士であっても、文字化..</description>
<dc:subject>Welfare</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-11-27T22:53:32+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
ＮＨＫ総合の番組（関東地方）： <br />
特報首都圏「“ニッポン”で働きたい～インドネシア人看護師　２年目の試練～」 <br />
2009年11月27日（金） 午後7:30～午後7:58（28分） <br />
--------------------------------番組の概要--------------------------------- <br />
<span style="color:#0000FF;">日本で働くインドネシア人看護師。仕事内容や日本語の壁など、様々な問題が山積みのまま、今月第２陣が来日した。現場の実態から、受け入れ制度の課題解決の方策を探る。</span> <br />
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<span style="color:#0000FF;">2年目を迎えた、日本で働くインドネシア人看護師。日本での資格がないため、補助の仕事しか任されず、不満が募っている。また、国家試験にも日本語という高い壁が立ちはだかる。一方、受け入れた病院も、予想を上回る費用負担に困惑を隠せない。抜本的な制度改善が行われないなか、第２陣となるインドネシア人が来日した。現場の実態やアンケート結果を手がかりに、外国人看護師受け入れ制度について、課題解決の方策を探る。</span> <br />
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番組を見ての感想：<br />
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看護士不足解決のため東南アジアから人材を求め、日本で養成する仕組みがある。養成は個々の病院でやっているが問題がイロイロ発生している。最終目標は看護士の国家試験に合格することであるが（合格しないと看護士になれない）、そのまえに大きな問題として日本語の習得という障壁がある。あるＮＧＯは日本に来る前にアジアの某市で１年半、日本語の特訓を行うらしい。看護士一人を養成するのに７００万円を要するという。 <br />
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日本語と、専門知識の双方を獲得するため病院で働いている修習生を番組では追っていた。ある修習生は現場の日本語をマスターするために看護婦のミーティングにも出席していた。しかし、彼女たちの話す言葉が皆目分からない。。。。当然である。放送で聞いたがこれは日本語とよべるシロモノではない。小学生の女の子のお喋り。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。言葉による正しい伝達能力を身につけることはいかなる職場であっても前提であるはずだ。病院でこれがおろそかになっているのではないか。専門語を覚えればいい、というだけのものではなかろう。 <br />
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海外修習生のためにゆっくり、正しい日本語をしゃべれ、というのは厳しい注文なのだろうか？日本人同士であっても、文字化したらあるていど読める文章をすくなくとも勤務中はしゃべれないものか？外国人に手助けを求めなければニッポンのとくに高齢者医療は破綻する、というのは病院勤務者というよりニッポンジンとしての共通認識であるはずである。 職務上の会話は、つねに隣に外国人研修生が立っている、というつもりで「聞けば分かる」日本語をしゃべるよう自己を躾る必要がないか？<br />
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工場とかで働く海外労働者は多いと思うが健康と人命を与ることもある病院従事者はコミュニケーションが他より重要なはずである。これは院長の責任である。日本人同士だけでなく見習い修習生に対して恥ずかしくないコミュニケーション能力（日本語運用能力）を獲得したあとで、病院で働いてもらいたいものである。言葉についても、日本語だけでなくアジアの各国語や英語で伝えなければ伝わらない患者もそのうち出てこよう。この対策も取っておくべきではないか。日本語だけ！というような一国一言語主義は、アジア、欧米でも少なくなりつつあるのではないか。 さらに高齢者介護に海外からの介護士があたるのであれば、日本人患者とのコミュニケーション障壁問題は日本人患者に対しても一定の解決努力を要請をしなくてはなるまい。日本語以外の言語を解する患者であれば当然、世話を受けることができる介護士の範囲が広がる、という具合に。<br />
<br />
東南アジアから日本に来ても語学や、教授内容が役に立たぬと、半年～１年で帰国する例も多いという。病院の共同施設として医療従事者のための語学研修を格安で行う（せめて後払い、とか）研修センターを各地に設立すべきではないか。教員や施設負担などが先行投資になるがこれは眼に見えぬ形で、必ずペイする投資である。<br />
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</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27-1">
<title>仕分けがあぶり出したもの</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27-1</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　産経ニュース（写真も）：ノーベル賞受賞者が首相に直談判…事業仕分けhttp://www.sanspo.com/shakai/news/091127/sha0911270503006-n2.htm　行政刷新会議の事業仕分けで科学技術予算に厳しい判定が相次いでいることをめぐり、野依良治理化学研究所理事長（７１）ら６人のノーベル賞受賞者が２６日、官邸で鳩山由紀夫首相（６２）と会談し、配慮を求める要請文を手渡した。要請文は「資源の乏しいわが国にとって科学技術の脆弱化は国家の衰退を意味する」などと指摘。仕分け作業後の刷新会議や来年度予算編成を念頭に「未来への投資である科学技術への格別の配慮」を求めた。　会談で野依氏は「科学技術は厳しい国際競争に勝たなくてはいけない」と強調。小柴昌俊平成基礎科学財団理事長（８３）は「科学研究は世界一でなければ意味がない。１番と２番では１００倍以上、価値が違う」と訴えた。首相は「科学技術はしっかり支援する」と応じ、終了後「科学技術は資源のない国の重要な知的財産だ。受賞者の意見を参考に方向を考えたい」と述べた。　会談には江崎玲於奈横浜薬科大学長（８４）、利根川進理研脳科学総合研究センター長（７０）、白川英樹筑波大名誉教授（７３）、小林誠日本学術振興会理事（６５）が同席した。＃＃奇っ怪な情景を見た。仕分けの情景(これもかなり奇ッ怪であることは否定しないが)のことではない。仕分けで減額提示されたことに対して、ノーベル賞受賞者が圧力団体よろしく首相官邸に抗議にでかけた、その情景である。どれほどの額が減額された（仕分けグループによる提案）のかといえば、 「 日本政府は次世代スーパーコンピューター、幹細胞研究など科学技術開発関連の来年度予算を今年より０．８％少ない１兆３６６７億円に策定、２７年ぶりに関連分野の予算を減額した。しかしこれすらも再検討を通じて大幅に削減する動きを見せている。」たったの０．８％である。これだけの減額に、ノーベル賞受賞者が雁首揃えて圧力団体の如く官邸におしかけるべきものか。毎日新聞によれば、。。「政府の行政刷新会議の事業仕分けで科学技術・学術関係の予算削減が相次いでいることについて、名古屋大学の浜口道成学長は２５日の定例記者会見で、「明確な国家戦略もなく、効率というキーワードだけで一律にカットしている。赤字が解消しても..</description>
<dc:subject>Politics</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-11-27T21:54:26+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/E3838EE383BCE38399E383ABE8B39E091127_2113~01001.JPG" width="264" height="216" border="0" align="" alt="ノーベル賞091127_2113~01001.JPG" /><br />
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産経ニュース（写真も）：<br />
<span style="font-size:large;"><strong>ノーベル賞受賞者が首相に直談判</strong></span>…事業仕分け<br />
<a href="http://www.sanspo.com/shakai/news/091127/sha0911270503006-n2.htm" target="_blank">http://www.sanspo.com/shakai/news/091127/sha0911270503006-n2.htm</a><br />
　<span style="color:#0000FF;">行政刷新会議の事業仕分けで科学技術予算に厳しい判定が相次いでいることをめぐり、野依良治理化学研究所理事長（７１）ら６人のノーベル賞受賞者が２６日、官邸で鳩山由紀夫首相（６２）と会談し、配慮を求める要請文を手渡した。</span><br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">要請文は「資源の乏しいわが国にとって科学技術の脆弱化は国家の衰退を意味する」などと指摘。仕分け作業後の刷新会議や来年度予算編成を念頭に「未来への投資である科学技術への格別の配慮」を求めた。</span><br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">　会談で野依氏は「科学技術は厳しい国際競争に勝たなくてはいけない」と強調。小柴昌俊平成基礎科学財団理事長（８３）は「科学研究は世界一でなければ意味がない。１番と２番では１００倍以上、価値が違う」と訴えた。首相は「科学技術はしっかり支援する」と応じ、終了後「科学技術は資源のない国の重要な知的財産だ。受賞者の意見を参考に方向を考えたい」と述べた。</span><br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">　会談には江崎玲於奈横浜薬科大学長（８４）、利根川進理研脳科学総合研究センター長（７０）、白川英樹筑波大名誉教授（７３）、小林誠日本学術振興会理事（６５）が同席した。</span><br />
＃＃<br />
<br />
奇っ怪な情景を見た。仕分けの情景(これもかなり奇ッ怪であることは否定しないが)のことではない。仕分けで減額提示されたことに対して、ノーベル賞受賞者が圧力団体よろしく首相官邸に抗議にでかけた、その情景である。<br />
<br />
どれほどの額が減額された（仕分けグループによる提案）のかといえば、<br />
<br />
 「 日本政府は次世代スーパーコンピューター、幹細胞研究など科学技術開発関連の来年度予算を今年より０．８％少ない１兆３６６７億円に策定、２７年ぶりに関連分野の予算を減額した。しかしこれすらも再検討を通じて大幅に削減する動きを見せている。」<br />
<br />
たったの０．８％である。これだけの減額に、ノーベル賞受賞者が雁首揃えて圧力団体の如く官邸におしかけるべきものか。<br />
<br />
毎日新聞によれば、。。<br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">「政府の行政刷新会議の事業仕分けで科学技術・学術関係の予算削減が相次いでいることについて、名古屋大学の浜口道成学長は２５日の定例記者会見で、「明確な国家戦略もなく、効率というキーワードだけで一律にカットしている。赤字が解消しても日本は死んでしまう」と痛烈に批判した。 」</span><br />
<br />
<span style="color:#FF0000;">日本が死んでしまう</span>、だと。これが＜学長＞の口にする日本語だろうか。土建屋の恐喝に等しい。前年獲得した予算額は既得権益、毎年、増えることはあっても断じて削減は認められぬ、という<del>＜定理＞でもあるのか</del>主張が、国の財政状況を考慮することなく、通用するとおもうほうがどうかしている。<br />
<br />
そもそもこの連中は現在のニッポンの財政状況を知っているのだろうか。税収が来年度は３０兆円前後に落ち込むという予測にかかわらず予算規模は現状で９０兆になろうとしている。国債で予算不足分を補えば来年度の日本財政の赤字は９００兆円に達する。これまで、この連中がニッポンの財政の危機的状況を正常化するにはどうすればいいか、という提言でもしたことがあるのか？ニッポンの政治外交状況（対米従属、主体性のない外交）になにか提言でもしたことがあるか？「日本が死んでしまう」ではなくとうの昔に死んでしまっている。死ぬのが心配である（あった）のなら、こうなる前に行政当局に諫言のひとつでも行ったことがあるのか？ニッポンの借金が１０００兆円を越えようと、福祉予算がカットされようとこういう連中は無頓着であり、オノレ達の職業分野への配分が減ると途端に「国家が死ぬ」と騒ぎ出すのである。赤字国債を発行するな、とは死んでも言わない。いま、夕張市民がどういう状態にあるのかこの連中は知っているのだろうか？ニッポン国はとっくに夕張状態なのである。科学技術分野への予算減額はユルされぬ！と叫ぶ前に、ニッポンの財政状態を今後どうしたいのか、まず示すべきではないのか？<br />
<br />
科学技術を担うのは大学、研究機関やメーカだけではない。その基礎に、ちゃんとした衣食住が施され、安心して教育・医療が受けられ、大人には職業が与えられ、幸福な家族を多数の国民が営める、という前提があっての科学技術でなければ意味はないのではないか？小柴昌俊に至っては「科学研究は世界一でなければ意味がない。１番と２番では１００倍以上、価値が違う」と妄言を口にしている。ノーベル賞受賞者の口にするセリフではあっても、教養と節度を有する大人が口にするセリフではない。「ノーベル賞は１番にならないともらえない。おれらは受賞者である、ゆえにオレラはおまえらより１００倍以上エライ」と言いたいのだろう。聞くに堪えない、臍が茶を沸かすセリフである。なんのための学問か、何のための誰のための科学技術か、という古い問いをこの老人達（ほとんどが国立大学出身、国立施設勤務者。すべての作業環境、生涯の俸給を税金でまかなってもらう人たちである）は、再度、自分に問いかける必要があるのではないか。<span style="color:#FF0000;"> <世界一でなければ意味がない>ようなものに国税をつぎ込む必要はない。</span> 個人の名誉欲を満たしたい、趣味の世界に遊びたい、という欲望は理解するがそれは自分の小遣いをつぎ込んで心ゆくまでやればよい。<br />
<br />
湯川や朝永がノーベル賞を受賞するのにいくら国家から予算を配分されたか、わたしは知らない。金を掛けた巨大設備がなければノーベル賞は取れぬか。ならば、金の有り余っている別の国の研究者に研究させ、一番になってもらえばいいではないか。他の国の他の研究者に一番にならせるのがそれほど悔しいか？世界的に金不足ならば科学研究を１０年、５０年、１００年遅滞させればいいではないか。それが人類にとってどれほどの損失だというのか。何でも一番、他人より他国より早く（一番にならなければ不幸な生活を覚悟せねばならない）。。という脅迫観念と、一番が一番以外を収奪することを認める体制こそが妖しいのだ、ということにいつになったらこの老人達は気づくのか。あるいは弟子を引き連れて金持ち国に移住して研究を続行すればいいではないか。日本国憲法は海外移住の自由を認めている。それとも、科学技術で一番にならなければ不幸な生活を国民が強いられる。。というのか？であれば世界中の多数の人々は不幸を強いられる、ということがあらかじめ定められた運命ということになる。そこまで悟って、それでも一番になりたい、というのであればその意志は尊重しよう（その小児的思考を軽蔑するけれども）。<br />
<br />
大学はなんのためにあるのか？科学技術はなんのためにやるのか？人類の幸福を最終目標とするのではないか？国家レベルで言えば最終的に国民の幸福を目標としない科学技術など意味はない。現在の厳しい税収をどう分配すれば日本国民が最大幸福を得られるか、という頭はこれらの人々には欠落している。ニッポンには貧困家庭・高齢者・失職者が多数存在し、将来に希望がもてず自殺する人々の数は減る気配がない。こういう状況を打開するには、科学技術予算をびた一文とも減らしてはならない、その理由はかくかくしかじか、という抗議なら聞く価値もあろう。このひとたちの言っているのは己等の領域へ金をヨコセ、関連メーカーに金を落として、人材を確保せよ、と言っているだけである。科学技術分野に仕事がなくなれば、転職して科学技術以外に職を求めればいいではないか。世の中の誰もが一度は考えていることである。＜科学技術＞をなにか特権とでも誤解しているのではないか。世間知らずな旧世代の＜一番病＞に若い世代が罹らぬよう、切に願う。<br />
<br />
ノーベル賞は、創設者ノーベルの意図からすっかり離反し、ギョーカイ・ガッカイ団体の、ギョーカイ・ガッカイ人評価による、ギョウカイ・ガッカイのためのギョーカイ賞に成り下がってしまってから久しい。人類の幸福ではなく、特定の個人が受賞することを自己目的化した＜科学技術＞に、ビタ一文国民の税金を供出すべきではない、これが是であることをこの反面教師たちは問わず語りに国民に示したわけだ。そのダイナマイト級の蛮勇を讃えたい。<br />
<br />
仕分けなど、まともな企業なら予算編成過程でどこでもやっている、こういうことさえ国家はやっていなかったのか、貧困家庭では十円百円の使い道にも気を配っている、今日明日の生活も脅かされている家族、高校中退を余儀なくされている若者のことなど眼中にない人間が「日本が滅びる」とたわけたことを言う、ニッポンとはこういう国であったのか、ということをあぶり出したこと、これは民主党主導の＜仕分け＞の成果である。<br />
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関連記事<br />
<a href="http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/136999" target="_blank">スパコン開発で「ゴードン・ベル賞」　長崎大助教ら受賞　「国内最速」安価で実現</a><br />
　<span style="color:#0000FF;">長崎大工学部の浜田剛助教（３５）のグループは２６日、国内最速のスーパーコンピューターを開発し、米電気電子学会の「ゴードン・ベル賞」（価格性能部門）を受賞した、と発表した。同賞はスーパーコンピューター分野のノーベル賞といわれ、市販の画像処理装置（ＧＰＵ）を使って安価に高速計算を実現したのが受賞理由。同部門の受賞は８年ぶりという。</span><br />
<span style="color:#0000FF;">　政府の新年度予算概算要求の事業仕分けでは、次世代スーパーコンピューター開発予算（２６７億円）が大幅削減とされたばかり。浜田助教は「高性能の計算機は重要だ」としながらも、巨費を投じた従来の開発方針について「素直にいいとは言えない。方向性が逆」と述べ、低価格化が可能との見方を示した。</span><br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27">
<title>ハルバースタム『ザ・コールデスト・ウインター　朝鮮戦争』上下(文藝春秋)　The Coldest Winter by David Halberstam</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　図書館にリクエストし、借りてきたのだが。。 http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163718101 。。読み始めた途端、すぐに本屋に走って買いそろえた。これは。。大岡昇平『レイテ戦記』には及ばぬがある面で凌駕している本である。 北朝鮮が３８度線を越えて南の侵略を開始したのは１９５０年６月２５日。３年間におよぶ朝鮮戦争こそは現在のニッポンをいまだに束縛している大事件であった。 明治以来のニッポンの半島政策の帰結であり、太平洋戦争・日中戦争の帰結であり、戦後の出発点であり、ニッポンの外交防衛政治のすべてをいまだに規制している。 であるのに、その全体像を、最新データをもとに描いた著作に一般人はなかなか触れることができない。そのような渇を癒してくれる著作である。ハルバースタムはいうまでもなく一昨年死んだ米国のリベラルなジャーナリスト。２００７年４月２３日交通事故死。亡くなったのは惜しみてあまりあるがこの著作は不完全なものではなく、彼がゲラに手を入れたあとの作品とのこと。最後にして最大の、とくにニッポンジンにとって、プレゼントとなった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　訳者があとがきで書いているが、膨大なインタビューをもとに兵士はいかに戦ったか、にも力を入れている（しかしこれはレイテ戦記にはおよばない。著者大岡昇平は兵士であったのだから当然か。レイテ戦記の詳細さで書いていたらページは倍になるだろう。）。しかし朝鮮戦争で重要なのは、兵士個人の戦いではなく、金日成、トルーマン、マッカーサー、スターリン、毛沢東などの指導者、それに安保理（理事国）にどういう情報が与えられ、戦いの現状と各当事者の動静どう認識し、どう判断し、どう行動したか、それに、何を目標としているのか、に尽きるだろう。読者はこれを頭の中で再構成し、自分がその立場にいたらどう行動するか、得られた教訓を現在の、各自の領域で生かす、ということになる。政治と軍事は人間が、しかも少数の、決断に依存するところが極めて多い、ということを、『レイテ戦記』も、このColdest Winterも教えてくれる。 大岡昇平『レイテ戦記』はこう述べている。「山本五十六提督が真珠湾を..</description>
<dc:subject>Book_review</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-11-27T11:21:07+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/E58D8AE5B3B6091128_1911~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="半島091128_1911~01.JPG" /><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091126_0052~02.JPG" width="216" height="264" border="0" align="" alt="091126_0052~02.JPG" /><br />
<br />
<br />
図書館にリクエストし、借りてきたのだが。。 <br />
<a href="http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163718101" target="_blank">http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163718101</a> <br />
。。読み始めた途端、すぐに本屋に走って買いそろえた。これは。。大岡昇平『レイテ戦記』には及ばぬがある面で凌駕している本である。 <br />
<br />
北朝鮮が３８度線を越えて南の侵略を開始したのは１９５０年６月２５日。３年間におよぶ朝鮮戦争こそは現在のニッポンをいまだに束縛している大事件であった。 <br />
<br />
明治以来のニッポンの半島政策の帰結であり、太平洋戦争・日中戦争の帰結であり、戦後の出発点であり、ニッポンの外交防衛政治のすべてをいまだに規制している。 <br />
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<br />
であるのに、その全体像を、最新データをもとに描いた著作に一般人はなかなか触れることができない。そのような渇を癒してくれる著作である。ハルバースタムはいうまでもなく一昨年死んだ米国のリベラルなジャーナリスト。２００７年４月２３日交通事故死。亡くなったのは惜しみてあまりあるがこの著作は不完全なものではなく、彼がゲラに手を入れたあとの作品とのこと。最後にして最大の、とくにニッポンジンにとって、プレゼントとなった。 <br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091126_0052~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091126_0052~01.JPG" /><br />
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訳者があとがきで書いているが、膨大なインタビューをもとに兵士はいかに戦ったか、にも力を入れている（しかしこれはレイテ戦記にはおよばない。著者大岡昇平は兵士であったのだから当然か。レイテ戦記の詳細さで書いていたらページは倍になるだろう。）。しかし朝鮮戦争で重要なのは、兵士個人の戦いではなく、金日成、トルーマン、マッカーサー、スターリン、毛沢東などの指導者、それに安保理（理事国）にどういう情報が与えられ、戦いの現状と各当事者の動静どう認識し、どう判断し、どう行動したか、それに、何を目標としているのか、に尽きるだろう。読者はこれを頭の中で再構成し、自分がその立場にいたらどう行動するか、得られた教訓を現在の、各自の領域で生かす、ということになる。政治と軍事は人間が、しかも少数の、決断に依存するところが極めて多い、ということを、『レイテ戦記』も、このColdest Winterも教えてくれる。 <br />
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大岡昇平『レイテ戦記』はこう述べている。「山本五十六提督が真珠湾を攻撃したとか、山下将軍がレイテ島を防衛した、という文章はナンセンスである」。しかし、武器も食糧も満足に与えず、投入した日本兵８４,０００人のうち実に９５％、７９,２６１人の戦死者をだしたレイテ島の惨めな敗北の責任を断じて兵士に取らせるわけにはいかない。これはあらかじめ敗北と分かっていた戦いであり、その責任は参謀本部にある。朝鮮戦争では米兵３万名の命が失われたが、マッカーサーが３８度線を越えて北進しなければこれほどの死者は出なかった。３８度線を越えた段階で中国軍の参加、つまり中米戦争となりうることはあらかじめ分かっていた。マッカーサー個人の妄念と名誉欲による進撃を阻止できなかった米政府と、北進を追認した安保理の責任は大きい（まるで、最近、どこかで見たような光景である）。<br />
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本書で印象的なのはマッカーサー、トルーマンをはじめとする米国の軍人・政治家や、金日成、李承晩などを描写し、人間とくに意志決定者達が危機においていかに振る舞ったか、逡巡したか、を眼前にいるかのごとく記述している。現在のニッポンの政治屋も必読ではないか。通常の歴史本では１～２行で済ませられるイベントをなぜ、この人間がそう決断したかを公式発言だけでなく、プライベートな発話や行動から描き出す。これこそジャーナリストの仕事である。 とりわけマッカーサーには７～９章を当てて両親の影響や、戦歴の分析を、金日成は第４章で詳述している。マッカーサー批判、トルーマン批判も厳しいがそれだけなら他の凡百の歴史家や著作家もやっている（大岡『レイテ戦記』もマッカーサー批判は厳しい）が、ここまで詳しい記述に接したのは初めてである。<br />
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マッカーサーを一躍有名にした唯一の成功した大作戦＝仁川上陸、もハルバースタムに云わせれば単なる偶然。この偶然が導いた幸運が米国にとって地獄の一丁目、国連をも狂わせた。38度線を越え北進することを追認し、中国の参戦を招いた（イラク、アフガンとそっくり）。成功が必然か偶然かを評価し、指導者の力量を測るのが政治屋の任務だがいかんせん、ワシントンにはそのような力量の持ち主がいなかった（この程度の米国に敗れた日本、ともいえよう）。仁川の奇襲成功およびそれ以降のマッカーサー（国連軍）の作戦は、ニッポンの真珠湾以降の作戦とソックリである。ソ連の傀儡＝金日成と、マッカーサーは、地力もないのにウンだけで勝負した指導者として好一対である。 <br />
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マッカーサーを制御しきれなかったホワイトハウス。軍人が独走するとどうなるか、があきらかになる。全体主義国家＝ソ連に担がれた軍人将軍を戴いた北朝鮮の不幸。 いまだに先に攻撃を仕掛けたのは南鮮である、と言いつづけている。しかし、戦中戦後の資料情報をいまだに公開しないニッポンが北朝鮮を嗤うことはできまい。<br />
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<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091126_0051~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091126_0051~01.JPG" /><br />
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この本には主題として書いていないが（しかし朝鮮半島と日本の関係など予備知識は最小限度書き込んである。プロローグ～第三章、この部分だけでも有用）、半世紀以上朝鮮を植民地として独立意識を奪い続け、戦後の国連（米ソ）の介入を招いた日本の、現在の半島分断に至らしめている責任は大きい。 <br />
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< 『ザ・コールデスト・ウインター　朝鮮戦争』解説 > <br />
ハルバースタム、最後にして最高の作品 <br />
山田侑平（やまだゆうへい　『ザ・コールデスト・ウインター　朝鮮戦争』訳者）<a href="http://www.bunshun.co.jp/jicho/0911yamada/index.htm" target="_blank">http://www.bunshun.co.jp/jicho/0911yamada/index.htm</a> <br />
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引用 <br />
<span style="color:#0000FF;">本書はヴェトナム戦争報道でピュリッツァー賞を受賞し、アメリカのヴェトナムとの関わり合いを描いた名著『ベスト＆ブライテスト』で知られるデイヴィッド・ハルバースタムにとっては二十一冊目、そして最後の著作である。十年がかりでまとめた草稿を何か月もかけて手直しし、最後の手を入れて完成させた五日後、カリフォルニアでの自動車事故で不慮の死を遂げたからである。二〇〇七年四月、著者七十三歳のときだった。 </span><br />
（略） <br />
<span style="color:#0000FF;">本書にはさまざまな人物が出てくる。トルーマン、マッカーサー、アチソン、リッジウェイ、スターリン、毛沢東、彭徳懐、金日成、李承晩――歴史の舞台で動くかれらの姿が目の前に浮かんでくる。なかでもマッカーサーは、全体を通じて誤算の張本人、兵士に苦しい戦いを強いた乱心の将軍として描かれている。ハルバースタムによると、マッカーサーは「年老いて、頑固で、敵を人種的に軽蔑しており、ワシントンの『チャイナ・ロビー』および敗北したばかりの蒋介石の国民党政権と提携していた。その戦略諜報は夢想家のまとめたものだった。主人であるはずの政治家に対する軽蔑は、合衆国最高指揮官たるトルーマン大統領に敬礼を拒むところまで達していた」（英『エコノミスト』二〇〇七年十月六日号）。そのかれは朝鮮戦争を指揮しながら朝鮮の地で一夜たりとも過ごしたことがなかった。中国軍の動きに関するものだけでなく、自分に不都合な情報は一切受けつけようとしなかった。アジア人を軽蔑しながら、アジア人の心をいちばん理解していると自負していた。そのようなマッカーサーには、それにふさわしい部下がいた。情報担当のチャールズ・ウィロビーや第十軍団司令官のネド・アーモンドなど、かれの取り巻きも、その人を目の前にみるかのごとくに活写されている。</span> <br />
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<span style="color:#0000FF;">しかし、本書を本当に価値あるものにしているのは、こうした指導者の政策や命令によって厳寒の朝鮮で戦うことになった末端の兵士たちひとりひとりの物語を丁寧に描いている点だ。ハルバースタムは朝鮮戦争の元兵士たちとのインタビューを重ね、司令部のデスクからではなく、塹壕（ざんごう）で戦い、待ち伏せ攻撃に遭いながら死を免れた兵士たちの視線から、多くの重要な戦闘を進行形で再現した。戦争とは姿のみえない相手とミサイルを撃ち合うことだと錯覚されがちであるが、本書のこうした記述は、戦争が抽象的な概念ではなく、本質的に人間と人間との殺し合いであることを再認識させてくれる。ハルバースタムはこの本のあと書きで「平凡な一般人の崇高さに敬意を払うことを大事にしてきた」という。ハイペリオン社のウィル・シュウォルビ編集長のいうように、ハルバースタムの本領の一つは「自分たちにはどうにもできない力によって恐ろしい状況に置かれ、信じられないようなことをするよう要求された普通の人々の生き方を観察する」ことだった。</span> <br />
＃＃引用終わり <br />
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翻訳には原本にない小見出しが付いている。これは１００％有用というわけでもないが。。ノッペラボウの文章を読むよりは役立つ。ただ、残念ながら原本にはある索引がない。マッカーサー、トルーマン、金日成、毛沢東、あるいは、仁川、釜山。。など個別項目の記述を探すのに索引は必須である。ページ数が嵩むのなら、せめて、ネット上でいいから提供すべきではないか。 <br />
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萩原遼『朝鮮戦争』（文春秋社、９３年）や、チョット古いが戦争中の１９５２年に早くも刊行されたＩ・ストーン『秘史・朝鮮戦争 The Hidden History of the Korean War』（青木書店、６６年）によれば、北朝鮮侵攻前から北では米国スパイが何百人も活動中であり、北からの侵攻計画は事前に承知だった、ということ。マッカーサーや政府も知っていて見逃したのは、＜真珠湾攻撃は米国は知っていた＞のを見逃した＝陰謀なのか、北朝鮮の戦力を見くびっていたのか。本書にこれに関する記述はないようだ。陰謀であれば、真珠湾と同じく、大成功、といえよう。米国記者＝ハルバースタムも意図的に詳述しなかったのか。<br />
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マッカーサーは司令長官の要件である現地に赴いての統率、をまったくしなかった（仁川作戦を除いて）。すべて東京（第一生命ビル＝ＧＨＱ headquarters)からの命令である。驚いたのは、仁川奇襲作戦を東京記者クラブでは知らないもの無しだった、ということ。上巻ｐ４３３<br />
<span style="color:#0000FF;">「通常、水陸両用作戦には意表をつく要素が決定的に重要である。しかし、この場合、妙なことにその要素は消えていた。東京では、何が、どこで、いつ起きるか、知らない者なしだった。戦争をめぐる一大センターだった東京記者クラブでは、作戦はすでに、＜周知の作戦＞のレッテルを張られていた」</span><br />
<br />
米国民は「朝鮮半島で戦争勃発」、のニュースを聞いてあわてて、世界地図を広げ、朝鮮ってどこ？と、探し始めた。。という記述があった。ベトナムってどこ？アフガン、てどこ？フィリピンってどこ？イラクってどこ？ジャパンってどこ？<br />
<br />
朝鮮戦争により戦後占領軍により進められた日本の民主化と非軍事化は一挙につぶれた。すなわち、マッカーサー指令によりレッドパージと、報道出版の検閲が復活した。朝鮮戦争の継続中に、ニッポンは単独講和に踏み切り、これは米国との軍事同盟（安保）と抱き合わせとなり、以後、ニッポンは再軍備を強要され、米国の軍事基地となって、途中、今日に及んでいる。<br />
<br />
前世紀、いや、前々世紀末からの日本の執った朝鮮半島政策のありようによっては日本の歴史も大きく変わっていたはずである、と考えるのは繰り言であろうか？戦争を防止するのは結局のところ国民の民主化と、政府（および国連）による軍のコントロールの徹底に寄るところが大きい、とするならば、いまも同じ失敗による悲劇を世界のあちこちに見ている我々は、過去There & Then をなんども再点検し、彼は、彼らは、どう行動すべきであったかを我がこととして Here&Now 考えることは有意味である。<br />
<br />
すなわち、もし、３８度線で一旦事あれば、朝鮮（南と北）、ロシア、中国、米国、日本はどう行動するのか。各国＆国連の政治的軍事的布置は当時と現在とでは支配層も次々世代に代替わりし、国力も大きく変わった（まず、当時、中国（共産党）はまだ国連未加入であり、もちろん、安保理常任国ではなかったが現在では軍事経済政治において大国になった。北朝鮮が現在では核保有国になった。日本は軍事政治面で米国の衛星国となっている。北朝鮮は当時、ソ連の傀儡であったが現在、中国ロシアとは一定の距離を保っている、とはいえ事あればこの関係は変わるだろう、等々）が、不変の側面もある（国境線も、軍事境界線も、地理気候条件は当然同じである）。北朝鮮の国内政治体制、それに日本との関係も当時とほとんど変わっていない。各国の政府と軍の指揮関係、各国＆国連はどう動くか、の参照モデルに朝鮮戦争は現在でも十分なりうるとおもう。そう考えながら読むと興味尽きない本である。<br />
<br />
<br />
追記：<br />
書き残したことを箇条書きで。<br />
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１　冒頭で著者は滞在先のフロリダ州のある町の図書館を訪れた。ベトナム戦争関係の書籍は５０冊あったが朝鮮戦争に関してはたったの５冊。米国において朝鮮戦争は思い出したくない、忘れられた（忘れたい）戦争である、と。日本はどちらの戦争も深く係わったし、このふたつの戦争から景気を回復させた＜千載一遇＞のイクサであった。私の近所の図書館を調べたが２：１くらいで朝鮮戦争関係の書籍がベトナム戦争関連書を上回っている。<br />
<br />
２　また本書の第一章は、６月２５日の北による３８度線突破ではなく、１０月からの朝鮮国連軍による北朝鮮（雲山）への進軍を描く。映画のシナリオのようである。本書には年表がついていないが、年表を脇において読まないと全体の流れが把握しにくい。<br />
<br />
３　中心は米軍であるが、朝鮮国連軍は英国、豪州など多国籍軍が参加した。本書には書いていないが日本からも掃海艇が進駐軍の命令により出動し、日本人死者も出た。在日の韓国人も義勇兵として（数百人？）が参戦した。毛沢東は義勇軍として兵士を（３００万人）送り込み、この戦争は実質的に米中戦争となった。<br />
<br />
第三章「強国に挟まれた国」は朝鮮現代史を一筆書きで描いた章である。ここから引用してみる。ｐ１０３：<br />
<span style="color:#0000FF;">「１９４５年の朝鮮は事実上、政治制度も固有の指導者層も存在しない国だった。赤軍が席巻した北では、ロシア人が早々にトップダウンで政治制度を押しつけた。金日成を指導者にしたのも同じ手口だった。南では生涯の大半を亡命生活で送った李承晩がアメリカの持ち駒で、嫌も応もなかった。李は当時、７０歳。情熱的で自分本位、気分屋、強烈な民族主義者で愛国者、敵意に満ちた反共主義者で共産主義者に劣らぬ専制主義者だった。そう、熱心な民主主義者だったが、自分が自国の議会、官僚機構、その他すべての民主的機構を握っているかぎりにおいての話で、自分の意思に歯向かうことはだれにも許さなかった。日本とアメリカが李をつくったのだ。生涯にわたる裏切り、投獄、政治亡命、破約の数々が彼を変え、非情にした。李は祖国の厳しい近代史が野心的な若い政治家にきざんだ一つの典型だった。金日成も別の意味で同じ悲劇が残したもう一つの典型だった。」</span><br />
<br />
たった１０行で、当時の南北の指導者をさらりと活写するジャーナリストの＜要約力＞。多少の脚色はあったとしても読み物として飽きることがない。<br />
<br />
4  I.F.Stoneの『秘史・朝鮮戦争』The Hidden History of the Korean Warは、ハルバースタムの著作が徹底した関係者取材によりいわば足で書いた本と言えるのに対し、新聞記事と公式発表のみを読み込んで、著者のテキスト解読力で書いた本である。ハルバースタムのこの本は朝鮮戦争から６０年後に書かれたが、ストーンの著作はまだ戦争継続中に出版された（イラク戦争の内幕ものをいまから６０年後に出版して誰が読むだろうか？）。ストーンは同書はしがき、で次のように述べている：<br />
「。。。私はアメリカや国連の記録文書と、信頼すべき米英の新聞記事しか使わなかった。　（略）　私は本書が二つの目的に役立つと信ずる。それは冷戦の臨床研究である。また、戦争宣伝の研究であり、戦時に新聞と公式文書をいかに読むべきかの研究である。あからさまな嘘よりは、むしろ事実の一面を強調したり、省略したり、歪曲したりするのが戦争宣伝屋の手段である。本書は、読者が戦争宣伝屋の所産を検討する仕方、また自分で事実をふるいわける方法を学ぶのを助けるであろう。最後に、この本は、。。。朝鮮戦争の秘められた歴史である。もしテキストを綿密に調べ、さまざまの報告を照らし合わせれば、公式記録そのものの中に見出される事実なのである。　１９５２年３月１５日　NYＣ」<br />
<br />
<br />
余談：<br />
私が小学生の頃、ラジヲのニュースから＜李承晩ライン＞や＜拿捕＞という言葉が連日のように流れていた時期があった。いま、Wiki＜李承晩ライン＞を検索してこういうものであったか、と知った次第。本書で描かれた李承晩なら、こういう政策を実施してもおかしくない、と納得した。<br />
＜李承晩ライン＞＠Wiki<br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3" target="_blank">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3</a><br />
<br />
<br />
<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091128_0950~01002.JPG" width="176" height="144" border="0" align="" alt="091128_0950~01002.JPG" />　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091128_0951~01001.JPG" width="176" height="144" border="0" align="" alt="091128_0951~01001.JPG" /><br />
<span style="font-size:x-small;"><em>戦火のフンナム（興南）と住居を失った避難民</em></span>　　　<span style="font-size:x-small;"><em>戦争孤児が南にも北にもあふれた</em></span><br />
<br />
<br />
<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091128_0955~01001.JPG" width="176" height="144" border="0" align="" alt="091128_0955~01001.JPG" />　<span style="font-size:x-small;"><em>休戦協定調印　１９５３年６月８日</em></span><br />
写真：『秘史・朝鮮戦争』から<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-08">
<title>恫喝と従属　沖縄基地問題</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-11-08</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　雑誌『世界』１２月号に松元剛（琉球新報）がコラムを書いている。 恫喝と従属　＜鳩山政権は試合放棄か＞ 冒頭部分を引用する： ＃ 長く君臨した国内の前王者（自民党政権）に圧勝してコマを進めた国際シリーズにチーム（民主党）は臨んだ。前王者がこてんぱんにやられてきた流れを覆し、仕切り直すチャンスが訪れた。第一戦に相手国チームが繰り出した剛腕投手はうなりを上げる剛速球を投げ込んできた。鋭い眼光でにらみつけ、「まさか、打ち返すつもりじゃないだろうな」と威圧しながら。 「ファウルで粘って何とかする」と公言していた先頭打者は「かすりもしない」と怖じ気づき、打席を外してバットを置いてしまった。ベンチの監督は「気持ちはよく分かる」と理解を示しながら「（試合放棄するか、戦い続けるかどうか）最後は俺が判断する」と呟くしかなかった。相手ベンチは「胸元をちょっと厳しく突いただけなのに、奴らはまだまだ格下さ」とほくそ笑んでいる---。１０月２０日から２１日にかけて来日したゲーツ米国防衛長官と向き合った日本政府の対応を野球の試合に置き換えるとこうなるだろうか。 焦点の米軍普天間飛行場の移設問題でゲーツ長官は、日米合意の名護市辺野古のキャンプ・シュワプ沿岸部への移設計画の履行が唯一の案であり、沖縄県が主張する沖合移動案は許容範囲。普天間移設がなければ海兵隊のグアム移転もなく、中南部の六基地返還、材沖海兵隊員の削減もない。計画はできるだけ早く進展させよ -- と迫った。新たな日本の民意を受けて誕生した新政権さえも属国扱いする「恫喝外交」そのものだ。 長官の帰国後、岡田克也外相は「県外移設は選択肢として考えられない」と述べ、民主党が主張してきた県外・国外移設をあっさり撤回した。県外移設に軸足を移し、辺野古移設案に加え、嘉手納基地への統合案を検討するという。米側の強硬姿勢の前にまともな交渉さえせずに引き下がる「従属外交」と言うしかない。鳩山由紀夫首相は「最後は自分が判断する」と述べ、なお県外を模索する姿勢を示してはいるが、外相発言を問題視していない。 ＃ 松元剛の上記コラムは国民の大多数、とくに民主党に投票した国民の感じていることだろう。ところが、ニッポンのマスゴミや売国学者・評論家は米国の知性ゼロ・与太者国防長官のドーカツ発言に対し抗議するど..</description>
<dc:subject>Politics</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-11-08T13:32:02+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091108_1441~01.JPG" border="0" alt="091108_1441~01.JPG" width="144" height="176" /><img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091108_1444~01.JPG" border="0" alt="091108_1444~01.JPG" width="144" height="176" /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　<br /><br /><br /><br />雑誌『世界』１２月号に松元剛（琉球新報）がコラムを書いている。 <br /><br /><span style="font-size: large"><strong>恫喝と従属　＜鳩山政権は試合放棄か＞</strong></span> <br /><br />冒頭部分を引用する： <br /><br />＃ <br /><span style="color: #0000ff">長く君臨した国内の前王者（自民党政権）に圧勝してコマを進めた国際シリーズにチーム（民主党）は臨んだ。前王者がこてんぱんにやられてきた流れを覆し、仕切り直すチャンスが訪れた。第一戦に相手国チームが繰り出した剛腕投手はうなりを上げる剛速球を投げ込んできた。鋭い眼光でにらみつけ、「まさか、打ち返すつもりじゃないだろうな」と威圧しながら。</span> <br /><br /><span style="color: #0000ff">「ファウルで粘って何とかする」と公言していた先頭打者は「かすりもしない」と怖じ気づき、打席を外してバットを置いてしまった。ベンチの監督は「気持ちはよく分かる」と理解を示しながら「（試合放棄するか、戦い続けるかどうか）最後は俺が判断する」と呟くしかなかった。相手ベンチは「胸元をちょっと厳しく突いただけなのに、奴らはまだまだ格下さ」とほくそ笑んでいる---。１０月２０日から２１日にかけて来日したゲーツ米国防衛長官と向き合った日本政府の対応を野球の試合に置き換えるとこうなるだろうか。 </span><br /><br /><span style="color: #0000ff">焦点の米軍普天間飛行場の移設問題でゲーツ長官は、日米合意の名護市辺野古のキャンプ・シュワプ沿岸部への移設計画の履行が唯一の案であり、沖縄県が主張する沖合移動案は許容範囲。普天間移設がなければ海兵隊のグアム移転もなく、中南部の六基地返還、材沖海兵隊員の削減もない。計画はできるだけ早く進展させよ -- と迫った。新たな日本の民意を受けて誕生した新政権さえも属国扱いする「恫喝外交」そのものだ。</span> <br /><br /><span style="color: #0000ff">長官の帰国後、岡田克也外相は「県外移設は選択肢として考えられない」と述べ、民主党が主張してきた県外・国外移設をあっさり撤回した。県外移設に軸足を移し、辺野古移設案に加え、嘉手納基地への統合案を検討するという。米側の強硬姿勢の前にまともな交渉さえせずに引き下がる「従属外交」と言うしかない。鳩山由紀夫首相は「最後は自分が判断する」と述べ、なお県外を模索する姿勢を示してはいるが、外相発言を問題視していない。 </span><br />＃ <br /><br /><br />松元剛の上記コラムは国民の大多数、とくに民主党に投票した国民の感じていることだろう。ところが、ニッポンのマスゴミや売国学者・評論家は米国の知性ゼロ・与太者国防長官のドーカツ発言に対し抗議するどころか＜対米約束を守らぬ＞と自国の政権を非難しているのであるから呆れる。 権力者＝与太者に尻尾を振るのは日本のマスゴミの習性か。<br /><br />プロ野球にたとえてみよう。相手と対戦する前に、監督やコーチは相手の戦力や当日投げる投手をいかに打ち崩すかをシーズン開始前、あるいはシーズン中は、試合前に検討しておくはずである。V9を果たしたジャイアンツの川上哲治監督が話していたが、監督はシーズン中対戦前の晩に翌日のゲームの予測をしていたという。相手チームの先発投手と先発メンバーを予測し、一回の表裏、二回の表裏、と９回までの攻防を頭に描いたのだそうである（その位でないと優勝監督にはなれまい。日本の政治屋にならなれるが）。もちろん、予測通りにゲームが展開することはあるまいがこういう＜局前の検討、机上演習＞をやって対応を事前に練っておくことは指揮官の必須作業であろう。民主党は対米外交交渉、とくに防衛問題で米国を＜いかに攻略するか＞について、過去、なにをやっていたのか？なにもやってこなかった、いかにパアプウリンな連中共であるか、がこのところの発言で明らかになってきている。とくに基地移設問題について「民主党のマニフェストに現行案が合致している」と詭弁を弄した北澤防衛大臣、大臣というより公職に就く資格のないいい加減な人間であることが判明した。こういうバカを任命した人間（鳩山？小澤？）もバカ、ということである。 <br /><br />日米安保条約・地位協定によりニッポンは米国に対し年間６０００億円超の負担を強いられているが、このうち、２０００億円超は自民党の金丸が＜おもいやり予算＞としてドロボウに追銭同然に投げ与えているものである。即刻、支払い停止してよい金である。民主党は政権を取る前から、地位協定は見直す、対米のおもいやり予算は停止する、現在これに向けて諸準備が進行中である、と平然と表明すべきであった。事前対応、初動対応がなっていない。 他国のいいなりになって国民の基本的人権、所有権、財産権を侵害されるまま放置してきた前政権の政策をすべて見直す、と鳩山は政権奪取直後に宣言すべきであった（オバマが来日したときにはこのように明言すべきである。これはオバマの政策と合致するはずであると言えばよい）。<br /><br />戦勝国が敗戦国の領土を掠奪してよい、という規則は国際ルールのどこを探してもない。であるのに、１９４５年から７２年の長きにわたり米国は沖縄を領土としたし、７２年に返還後も沖縄と日本列島内の基地をそのまま使用し続けている。日本（国民）が日米安保・地位協定に文句を言わないのは（関心も示さない）、在日米軍基地の大半を沖縄（日本国土のわずか０．６％）に押し付け（在日米軍施設の７５％が集中）、その結果として基地とそれにともなう問題を国民の大多数が無視していられるからである。つまり、倫理感覚、正義観念をスポイルされた＜非国民・非人間たち＞に支えられた米軍基地、という構造である。 <br /><br />わたしは７２年、沖縄の日本への返還はあるべきだったのか？と疑う。沖縄は米国の領土として再出発した方がよかったのではあるまいか？すくなくとも偽りの政府・国民と一体となって空約束に苦しめられるよりは。あるいは、明治維新前、鹿児島藩に併合される前の、琉球王国にもどったほうがよいのではないか（独立宣言、である）？ <br /><br />米国のアジア問題専門家チャルマーズ・ジョンソンは沖縄をアジア最後の植民地と言っている（というよりは、ニッポンが米国の植民地なのである）。 <br /><br />ニッポンの戦後６５年間は米国に従属の時代であった。積極的に従属することにより利権を得てきたのが自民党＋官僚共であった。自民党政治の終焉を言いたいのなら米国支配をいかに脱却するかの道筋と戦略を用意することこそが最大野党の存在理由であったはずだ。宿題をナニもやっていなかった民主党。これは投票した国民に対するおおきな裏切りである。<br /><br />＃ <br /><br />１１月４日の毎日新聞。我部政明（琉球大学）は基地移設先をグアムしかない、と述べている： <br /><br /><span style="font-size: large">＜普天間飛行場の移転先　グアムが海兵隊にも有益だ＞ </span><br />引用 <br />。。。<span style="color: #0000ff">鳩山首相は最終的には自ら判断するとして、沖縄の人々に納得できる案を探ると言う。もしそうだとすれば、移設を検討する際の前提を変えることが不可欠だ。現状維持としてきた沖縄にある米海兵隊基地と一緒にして普天間飛行場を国外へ移設することである。先に述べた米海兵隊の特徴を生かすための効率的な運用が可能となる案だ。現状でも太平洋での米海兵隊は、沖縄、ハワイ、佐世保に分散配置され、その一体運用は不十分である。グアムには、これらを収容できる米海兵隊及び海軍基地の建設・整備計画が、ブッシュ前政権以来、進められている。</span><br /><br /><span style="color: #0000ff">従来の前提を変えると、普天間の国外移転に加えて、基地負担の大幅緩和が実現し、米海兵隊の得意な一体的運用が効率よくできる新たな案が見えてくるのである。 </span>＃ <br /><br /><br />また、１０月１７日毎日新聞＜闘論＞で佐藤学（沖縄国際大学）は、 <br /><span style="font-size: large"><strong>＜建設中止　米政府にも利益＞</strong></span>として、次のように述べている。 <br /><span style="color: #0000ff">「米軍再編で普天間移設は在沖海兵隊のグアム移転とパッケージになり、グアム移転協定が結ばれた。「政府間協定は動かせない」と日米官僚は言うが、オバマ政権はブッシュ政権時に結んだポーランド、チェコとのミサイル防衛（ＭＤ）に関する協定を見直した。米国自身が協定見直しをしたのだから、日本の新政権が協定の再交渉をするのは当然だ」 </span><br /><br />米国が日本基地を継続するのはニッポンが米軍に支給している施設とカネが大きな理由である。日本政府は米軍ひとりあたり年間２０００万円近い税金をばらまいているのである。各国にある米軍基地と比べても一桁～フタ桁も多い額である。米兵の住宅、光熱費、遊興費、教育費までなぜ、政府が面倒を見る必要があるのか。お人好しのウスラバカ、というしかない。 すでに地位協定の住民に対する非人道的扱い（裁判権、捜査権なし）が問題となっているところ。自国民の基本的権利、生活権を奪っている在日米軍や日本政府が、他国に兵隊を派遣して支援する、支援せよ！など、ちゃんちゃらおかしいではないか。<br /><br /><br />村田晃嗣（同志社大）はおなじ毎日新聞＜闘論＞で次のように言う： <br /><span style="font-size: large"><strong>＜信頼を失わぬため　実現急げ＞</strong></span><br /><br /><span style="color: #0000ff">「米軍普天間飛行場の移設問題は、すべての当事者が満足することは望めない問題だ。９６年以降、長い時間をかけて政府間合意に達し、在沖縄海兵隊のグアム移転と連動する。普天間の危険な状況を改善することは大変大事で、早急に実現すべきだ。海兵隊移転とセットというパッケージ理論では沖縄は納得できないといっても、交渉見直しで移設が遅れることは、沖縄にとっても受け入れられることなのか。</span> <br /><br /><span style="color: #0000ff">。。米国では2政権前、日本では７代前の政権の合意が実現していないのは、日本の信頼性にかかわる。２国間の問題での信頼関係の積み重ねが、核軍縮や気候変動問題など地球規模の問題での日本の影響力拡大につながる、というパッケージで考えるべきだ。１３年も約束を実行できない日本が、温室効果ガス２５％削減という大きな約束をしても、だれが信用するのか」 </span><br /><br />筆者名がなければ米国官僚の作文と勘違いされそうな内容である。こういう詭弁を弄するのがニッポンジンの大学教授というのだからオドロキである。売国教授と言ってよい。＜信頼＞はさまざまである。ドロボウから信頼されるのが重要か？村田の言う意味の&lt;信頼＞に倫理的な価値はまったく無い。ゼロである。法学部教授でなくても、信頼など＜正義＞にくらべればゴミ＝無価値であるし、＜正義＞実現のために一時的に信頼を失ったとしてどれほどのものか、と問うべきである。一国の住民の基本的諸権利を侵すような政府間協定などは、政府が任意時点で破棄しても構わない、という国際間規則を創設あるいは慣例化すべきである。地位協定で規定されている＜日米合同委員会＞は安保条約にもとづく施設・区域を決定する協議機関であるがその決定内容は機密にされている。このような国民（詰まり国会）に対しても非公開を認める条約は無効とすべきである（米国議会は反憲法的と判断するはずである。そうなっていないのは決定内容が常に米国に有利だからであろう）。 ブッシュとその取り巻きからの＜信頼＞を得るため米国の腰巾着として動いたコイズミとニッポンが世界の嗤い物になっているのを忘れたか(腰巾着は、戦後一貫してそうだ。オバマには、おれたち、そろそろ腰巾着生活をやめたいよぅ、と言いなされ)。<br /><br /><br /><span style="color: #0000ff">「アメリカ軍はなぜいまも沖縄に駐留しているのだろうか？軍関係者にとって、その答は明白だ。旧ソ連の軍隊がなぜ東ドイツ駐留を楽しんだのと同じ理由から、アメリカ軍も沖縄駐留を楽しんでいるのである。自国の軍事植民地における生活は、ソ連の軍人にとってもアメリカの軍人にとっても、母国ではほとんど望めないほど素晴らしいものなのだ。　（略）　沖縄に駐留する現役勤務の軍人の全部が、賃貸料も光熱費も無料の基地内住宅を利用するか、地位と家族の人数に応じて月額９００ドルから２０００ドルという気前のいい住宅手当を受けている。このほかに生活費手当も支給され、その額は扶養家族一人の大尉または少佐の場合で月に７００ドルほどである。それは決して厳しい訓練に明け暮れるだけの手当ではないのだ。</span><br /><br /><span style="color: #0000ff">沖縄はいまでも本質的にペンタゴンの軍事的植民地であり、空軍と海兵隊はもちろんグリーンベレーや国防情報局にとっても、アメリカでは決してできないことを体験できる巨大な隠れ家なのだ。沖縄は、アメリカのパワーをアジア全体に浸透させ、この重要な地域でアメリカの覇権を維持し強化していくという。アメリカの掲げる壮大な戦略に利用されている。この戦略をひねりだしたことによって最大の恩恵を受けているのはアメリカ軍であり、戦略を実行しているのは軍の権力者たちだ。このことを彼らが世界（特にアジア）で秘かに行っている活動に目を向ければ明白になってくる。アメリカ軍の権力者はその活動を熟知しているが、その他のアメリカ政府関係者や国民はそれに気づいていないのである。」</span><br />チャルマーズジョンソン『アメリカ帝国への報復』　原題:Blowback(CIA用語。植民地や占領地の圧政に対して現地人から受ける報復という意味。２０００年の著作であるが、９・１１を予測したことでこの本は脚光を浴びた。９・１１こそBlowbackなのである）。本書は２００４年に改訂されたが９・１１に関する序文を付しただけで内容は変わっていない。<br /><br />前沖縄県知事・大田昌秀　<span style="color: #0000ff">「現実には安保についてもほとんど国民的議論もないまま、次々と仮想敵国がつくりだされて、声高に言い立てられるしまつです。そのあげく、みずからの生活領域には軍事基地を置こうとしないにもかかわらず、軍の駐留の必要性を説いたり有事立法の議論ばかりが先走りします」</span>　（同書）<br /><br />先日10/25のＮＨＫ日曜討論には岡本行夫と森本敏（この二人には共著がある）が登場して米軍基地の必要性を説いていた。大田昌秀が述べたように絶えず仮想敵国をつくるのに忙しい男達である。中国、北朝鮮を挙げている。中国には日米が多額の資金、資本を投入している。中国にいたっては米国債の第一の購入国である。日本は食糧の半分を中国に頼っている。軍事予算をドンドン増やしていますよ、と中国を危険、と番組で言い立てた岡本はイラクに大量の核兵器があると言いつのって多数のイラク人殺害をおこなった侵略を煽ったことをスッカリ忘れたようである。こういう恥知らずを討論番組に登場させたＮＨＫにも笑ってしまった。人材不足なのか（他の登場者は田中均、寺島実郎）。<br /><br />チャルマーズジョンソンChalmers Johnsonの最近作は、Nemesis: The Last Days of the American Republic, 2006。第6章で地位協定（SOFA： Status of Forces Agreement)を詳述している。<br />&quot;How American Imperialism Actually Works: The SOFA in Japan&quot;<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-09">
<title>検察の岡っ引き根性が国を滅ぼす　　　　Winny問題</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-09</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　10/9 05:30amNIKKEi 10/8ウィニー逆転無罪、開発者の責任限定的　違法コピーの課題残る　ファイル交換ソフト「ウィニー」の開発者を逆転無罪とした８日の大阪高裁判決は、ソフトを使った著作権侵害行為について、開発者がほう助罪に問われる範囲は限定的とする基準を明確に示し、罪の成立を否定した。開発者の創造性に一定の配慮を示したが、ウィニーを使った違法コピーが横行する実態は深刻化しており、著作権者の被害を食い止める有効な対策が急務だ。　一審・京都地裁の判決は、ほう助罪の成立要件に関して、「ウィニーの現実の利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様がどうかということによる」との基準を提示していた。しかし高裁は「現実の利用状況の把握は困難で、主観的意図がネット上に明らかにされる必要があるかどうかもはっきりしない」として、一審の基準は相当ではないと判断した。(19:15)これが犯罪なら、パソコンやコピー機(偽札製造マシーン)の開発者も犯罪幇助罪、インターネットやケータイは大犯罪、ウインドウズやファイルシステムなど大罪の原因。ビルゲーツは十回くらい死刑だろう。 銀行の、ATMも罪じゃないのか。オレオレ詐欺の温床である。 これを起訴した検察、一審で有罪にした裁判所の判決は論外。ニッポンの司法屋の岡っ引き根性は呆れるばかりである。ソフト開発をビビらせてしまった。 これが米国なら、検察が告訴などせず（たかだか司法取引により）、業界が率先して、ウイニー開発者と彼の仲間に依頼して、セキュリティ機能を備えたコピー違反防止用の仕組みを考案させ、業界標準への道も開けたかも知れない。新たなグローバル商品が生まれ、ネット利用の喚起材料にもなった可能性もある（ユーザには多少面倒な方式となろうが）。抜け道を造るヤツラも当然でてきて、終わるとも知れぬ闘いが始まるが、これはしょーがない。有罪にしたところでコピー＋高速伝送機能は時代の要請であり、セキュリティ機能の劣るアングラ商品が出回り、重要な個人情報が市場に垂れ流される事故は頻発する。検察の能力の差が、開発力の差になる。技術立国を目指すには検察も岡っ引き根性を捨てなければならない。司法の能力＝検察官、裁判官の見識～先見の明の有無が、つまり、国力の差になる。 著作権団体も検察の味方をしているようじゃ救えない。自ら墓穴を掘っている。 W..</description>
<dc:subject>ＩＴ</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-10-09T03:18:24+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:x-small;">10/9 05:30am</span><img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/E69C9DE784BCE38191091009_0525~01.JPG" width="187" height="228" border="0" align="" alt="朝焼け091009_0525~01.JPG" /><br />
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NIKKEi 10/8<br />
<span style="font-size:large;">ウィニー逆転無罪、開発者の責任限定的　違法コピーの課題残る</span><br />
　<span style="color:#0000FF;">ファイル交換ソフト「ウィニー」の開発者を逆転無罪とした８日の大阪高裁判決は、ソフトを使った著作権侵害行為について、開発者がほう助罪に問われる範囲は限定的とする基準を明確に示し、罪の成立を否定した。開発者の創造性に一定の配慮を示したが、ウィニーを使った違法コピーが横行する実態は深刻化しており、著作権者の被害を食い止める有効な対策が急務だ。</span><br />
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　<span style="color:#0000FF;">一審・京都地裁の判決は、ほう助罪の成立要件に関して、「ウィニーの現実の利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様がどうかということによる」との基準を提示していた。しかし高裁は「現実の利用状況の把握は困難で、主観的意図がネット上に明らかにされる必要があるかどうかもはっきりしない」として、一審の基準は相当ではないと判断した</span>。(19:15)<br />
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これが犯罪なら、パソコンやコピー機(偽札製造マシーン)の開発者も犯罪幇助罪、インターネットやケータイは大犯罪、ウインドウズやファイルシステムなど大罪の原因。ビルゲーツは十回くらい死刑だろう。 銀行の、ATMも罪じゃないのか。オレオレ詐欺の温床である。 <br />
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これを起訴した検察、一審で有罪にした裁判所の判決は論外。ニッポンの司法屋の岡っ引き根性は呆れるばかりである。ソフト開発をビビらせてしまった。 <br />
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これが米国なら、検察が告訴などせず（たかだか司法取引により）、業界が率先して、ウイニー開発者と彼の仲間に依頼して、セキュリティ機能を備えたコピー違反防止用の仕組みを考案させ、業界標準への道も開けたかも知れない。新たなグローバル商品が生まれ、ネット利用の喚起材料にもなった可能性もある（ユーザには多少面倒な方式となろうが）。抜け道を造るヤツラも当然でてきて、終わるとも知れぬ闘いが始まるが、これはしょーがない。有罪にしたところでコピー＋高速伝送機能は時代の要請であり、セキュリティ機能の劣るアングラ商品が出回り、重要な個人情報が市場に垂れ流される事故は頻発する。<br />
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検察の能力の差が、開発力の差になる。技術立国を目指すには検察も岡っ引き根性を捨てなければならない。司法の能力＝検察官、裁判官の見識～先見の明の有無が、つまり、国力の差になる。 著作権団体も検察の味方をしているようじゃ救えない。自ら墓穴を掘っている。 <br />
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Winny開発者は一審の有罪判決後、上告し検察と争ったが、一審判決を受け入れて罰金１５０マン円を払って、仲間や弟子と共に中国や米国に脱出して開発ベンチャーを起こすこともありえたろう。一審判決を見て、開発を自主規制した個人や会社がたくさんいたはずだ。 <br />
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開発者はどんな人間なんだろう？と思っていたが昨日、判決後のコメントを述べているのをTVのニュースで見た。記憶によれば「これが（違反）幇助ではプログラムの開発など不可能になる、。。有罪より無罪の方がいいので喜んでいる。。」と言った。開発者は己の無罪を喜んでいるのではない。技術開発を阻害する過剰取り締まりを排除しユーザ利便性向上する道を残した判決を喜んでいることはアキラかである。<br />
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検察は上告するつもりだろう。 内部にはだれか、これを諫める醒めた人はいないのか。 <br />
これは司法だけの問題ではない。<br />
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関連記事<br />
iTmedia ニュース<br />
<span style="font-size:large;">Winny開発者無罪は「意外であり疑問」とACCS</span><br />
<a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0910/08/news080.html" target="_blank">http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0910/08/news080.html</a><br />
ACCSは、Winny開発者の無罪判決について、「意外であり疑問」とするコメントを発表した。<br />
2009年10月08日 16時35分 <br />
　<span style="color:#0000FF;">P2Pファイル共有ソフト「Winny」の開発者が、大阪高裁の控訴審で逆転無罪判決を受けたことについて、コンピュータソフトウェア著作権協会（ACCS）は10月8日、「意外であり疑問」とするコメントを発表した。</span><br />
<br />
　<span style="color:#0000FF;">ACCSは、「判決は意外であり疑問を生じますが、詳細な判決内容の確認・検討をしたいと考えます」とコメント。さらに、「今回の判決にかかわらず、被告には社会的・道義的な責任が生じているものと考えます」としている。</span><br />
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　<span style="color:#0000FF;">ACCSは一審・京都地裁の有罪判決について、「非常に説得的であり、妥当な結果」とコメントしていた。</span><br />
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　<span style="color:#0000FF;">ACCSは従来から、「P2Pはネットの重要な技術の1つ」という立場だが、P2Pファイル共有ソフトについては、「著作権への配慮がないままだと、著作権侵害行為がまん延する」と主張。今後もWinnyなどを通じた著作権侵害行為の対策を続けていくとしている。</span><br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-07">
<title>自爆ノススメ　　　　五輪招致合戦始末</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-07</link>
<description>リオが“石原発言”に抗議　「ブラジルを侮辱」 　【コペンハーゲン共同】　２０１６年夏季五輪開催都市に選ばれたリオデジャネイロは、東京都の石原慎太郎知事に不適切な発言があったとして、国際オリンピック委員会（ＩＯＣ）に正式抗議すると発表した。リオ招致委員会のマイク・リー顧問は「ＩＯＣの手に委ねることになるが、彼は謝罪するべきだと思う」と６日に語った。 　石原知事は帰国した４日の記者会見で、ＩＯＣ総会での開催都市決定には「目に見えない政治的な動きがある。これは歴然としている」などと発言した。海外メディアがこれを「石原知事が、舞台裏の取引があったため、招致に失敗したと非難した」などと伝えた。 　リー顧問は「リオは公正でクリーンなレースをして勝った。（マドリードとの決選投票は）６６票―３２票で勝ち、最高の招致だったことは明白だ。ブラジルは誇り高く、大きな自尊心を持った強い国だ。ブラジルを侮辱したことになる」と批判した。 　ＩＯＣの猪谷千春副会長は「僕も言いたいことはいろいろあるが、ぐっとこらえている。そうしないと次に（招致に）立つ時に影響する。ここはグッド・ルーザー（潔い敗者）にならないといけない」と話した。 ＃＃ 猪谷千春＞僕も言いたいことはいろいろあるが、ぐっとこらえている 猪谷君、言いたいことがあればハッキリ言わなきゃ。 ＞次に（招致に）立つ時に影響する 万々歳じゃないか。 これで五輪から撤退する言い訳が立つ。 JOCはIOCに対してニッポンは選手派遣も止める。TV中継もしない！ 　　　　　と、宣言しろ。 負けた腹いせ、といわれてもよいじゃないか。反＝オリンピックを世界に向けて宣言しろ。 人間サイボーグをジャカスカ製造し、税金をジャカスカつぎ込んで利権屋や金もうけ目当ての選手どもを儲けさせる競技など見たくもない。慎太郎。今回の五輪・誘致合戦で使った１５０億円の行き先をすべて公開せい。　IOCの誰それに何十万、何百万円贈った、とかよ。そのうえで、 ブラ汁君よ、君たちも誘致に使った物と金、口約束を一切合切、公開してみぃや。 その公開資料をジックシ閲覧した上で、謝罪するかどうか決断しようじゃないか。と、開き直ればよいのである。オリンピックという、愚劣きわまりない利権屋たちの馬鹿さわぎ。いつまで続ける気か。＃そのあとで、新銀行・東京破産の際には内部資料をすべて公開、不正融資の顛末を都民、国民にあきらかにするように。で、さっさ..</description>
<dc:subject>Sports</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-10-07T09:28:16+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/E6858EE5A4AAE9838EE887AAE7888621173935_2953776425.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="慎太郎自爆21173935_2953776425.jpg" /><br />
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<span style="color:#FF0000;"><span style="font-size:large;">リオが“石原発言”に抗議</span></span><span style="font-size:large;"><strong></strong></span>　<span style="font-size:large;">「ブラジルを侮辱」</span> <br />
　【コペンハーゲン共同】　<span style="color:#0000FF;">２０１６年夏季五輪開催都市に選ばれたリオデジャネイロは、東京都の石原慎太郎知事に不適切な発言があったとして、国際オリンピック委員会（ＩＯＣ）に正式抗議すると発表した。リオ招致委員会のマイク・リー顧問は「ＩＯＣの手に委ねることになるが、彼は謝罪するべきだと思う」と６日に語った。</span> <br />
<br />
　<span style="color:#0000FF;">石原知事は帰国した４日の記者会見で、ＩＯＣ総会での開催都市決定には「目に見えない政治的な動きがある。これは歴然としている」などと発言した。海外メディアがこれを「石原知事が、舞台裏の取引があったため、招致に失敗したと非難した」などと伝えた。</span> <br />
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　<span style="color:#0000FF;">リー顧問は「リオは公正でクリーンなレースをして勝った。（マドリードとの決選投票は）６６票―３２票で勝ち、最高の招致だったことは明白だ。ブラジルは誇り高く、大きな自尊心を持った強い国だ。ブラジルを侮辱したことになる」と批判した。</span> <br />
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<span style="color:#0000FF;">　ＩＯＣの猪谷千春副会長は「僕も言いたいことはいろいろあるが、ぐっとこらえている。そうしないと次に（招致に）立つ時に影響する。ここはグッド・ルーザー（潔い敗者）にならないといけない」と話した。</span> <br />
＃＃ <br />
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猪谷千春＞僕も言いたいことはいろいろあるが、ぐっとこらえている <br />
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猪谷君、言いたいことがあればハッキリ言わなきゃ。 <br />
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＞次に（招致に）立つ時に影響する <br />
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万々歳じゃないか。 これで五輪から撤退する言い訳が立つ。 JOCはIOCに対して<br />
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<span style="font-size:large;">ニッポンは選手派遣も止める。TV中継もしない！</span> <br />
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　　　　　と、宣言しろ。 <br />
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負けた腹いせ、といわれてもよいじゃないか。反＝オリンピックを世界に向けて宣言しろ。 <br />
人間サイボーグをジャカスカ製造し、税金をジャカスカつぎ込んで利権屋や金もうけ目当ての選手どもを儲けさせる競技など見たくもない。<br />
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慎太郎。<br />
今回の五輪・誘致合戦で使った１５０億円の行き先をすべて公開せい。　IOCの誰それに何十万、何百万円贈った、とかよ。<br />
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そのうえで、 <br />
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<span style="font-size:large;">ブラ汁君よ、君たちも誘致に使った物と金、口約束を一切合切、公開してみぃや。</span><br />
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 その公開資料をジックシ閲覧した上で、謝罪するかどうか決断しようじゃないか。<br />
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と、開き直ればよいのである。<br />
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<span style="font-size:large;">オリンピックという、愚劣きわまりない利権屋たちの馬鹿さわぎ。いつまで続ける気か。</span><br />
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＃<br />
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そのあとで、<br />
新銀行・東京破産の際には内部資料をすべて公開、不正融資の顛末を都民、国民にあきらかにするように。<br />
で、さっさと世界から消えてくれ。世の中の役に立つこと、な～んもしなかったキミの、これが最後で唯一のご奉公。<br />
<br />
五輪につぎ込む膨大な金と無駄な労力にくらべれば、新銀行東京で飛んだ金などゴミだろう。<br />
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東京の財政と、オリンピックを壊滅させた野郎、として末永く歴史に名をノコしたくないかえ？<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-04-1">
<title>オサマビンラデンの仁義なき闘い　</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-04-1</link>
<description>　　　　　　　山内昌之先生が毎日新聞で書評した評判の『倒壊する巨塔』＝The Looming Tower。原本古書を買ったばかり。 図書館にも和訳上下本を予約したが、長い待ち行列。 ブログ書評をあれこれあさっているうちに段々読む気がしなくなったのも事実。 著者の執念はすごい。ビンラデン自身へのインタビュはもちろん実現していないが、周囲の人物へのインタビュを通じてオサマの身長まで割り出し、１８５㌢と確定させた（１９５㌢の大男、といわれていた）。   　著者 Lawrence Wright今週の本棚：山内昌之・評　『倒壊する巨塔　上・下』＝ローレンス・ライト著 http://mainichi.jp/enta/book/news/20091004ddm015070008000c.html 　（白水社・各２５２０円） 　◇９・１１－－渦巻いたそれぞれの思惑 　９・１１同時多発テロは謎の多い事件であった。そのなかで、ウサマ・ビンラディンやザワヒリといったテロ犯罪者だけでなく、その好敵手たちの思惑や心理のひだまでくっきり描き出した本書は、歴史学とルポルタージュの長所を生かした力作である。『ニューヨーカー』誌のスタッフライターの著者は、事件の発端と因果関係に触れるだけでない。ビンラディンを育てたサウジアラビアの情報部長官トゥルキー王子や、ビンラディンらを追い詰める一歩手前までいった米連邦捜査局（ＦＢＩ）の対テロ部長オニールは、その複雑な屈折感だけでなく、野心的で想像力に富み、情け容赦なく敵対者の一切合切をすべてだいなしにする点で犯人らとも性格的に共通する面が少なくない。 （以下略） 以下、力作のブログ書評。読んで損はない。 http://e-days.cc/cinema/column/oba/200909/28539.php http://d.hatena.ne.jp/gnostikoi/20090814/1250243582 http://d.hatena.ne.jp/kingfish/20090914 ほかにもたくさんある。 倒壊する巨塔　ローレンス・ライト　で検索すればドンドンでてくる。 ＮＹＴ書評： Plot Against America http://www.nytimes.com/2006/08/06/books/review/06filkins.html CIAはビンラデンやザワヒリの動向は掴んでいたが、対立し..</description>
<dc:subject>Book_review</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-10-04T14:27:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/TS2A0019.JPG" width="384" height="512" border="0" align="" alt="TS2A0019.JPG" /><br />
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山内昌之先生が毎日新聞で書評した評判の『倒壊する巨塔』＝The Looming Tower。<br />
原本古書を買ったばかり。 図書館にも和訳上下本を予約したが、長い待ち行列。 <br />
<br />
ブログ書評をあれこれあさっているうちに段々読む気がしなくなったのも事実。 <br />
<br />
著者の執念はすごい。ビンラデン自身へのインタビュはもちろん実現していないが、周囲の人物へのインタビュを通じてオサマの身長まで割り出し、１８５㌢と確定させた（１９５㌢の大男、といわれていた）。 <br />
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<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091004_1232~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091004_1232~01.JPG" />  <img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091004_1229~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091004_1229~01.JPG" />　著者 Lawrence Wright<br />
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今週の本棚：山内昌之・評　『倒壊する巨塔　上・下』＝ローレンス・ライト著 <br />
<a href="http://mainichi.jp/enta/book/news/20091004ddm015070008000c.html" target="_blank">http://mainichi.jp/enta/book/news/20091004ddm015070008000c.html</a> <br />
　（白水社・各２５２０円） <br />
　◇９・１１－－渦巻いたそれぞれの思惑 <br />
　<span style="color:#0000FF;">９・１１同時多発テロは謎の多い事件であった。そのなかで、ウサマ・ビンラディンやザワヒリといったテロ犯罪者だけでなく、その好敵手たちの思惑や心理のひだまでくっきり描き出した本書は、歴史学とルポルタージュの長所を生かした力作である。『ニューヨーカー』誌のスタッフライターの著者は、事件の発端と因果関係に触れるだけでない。ビンラディンを育てたサウジアラビアの情報部長官トゥルキー王子や、ビンラディンらを追い詰める一歩手前までいった米連邦捜査局（ＦＢＩ）の対テロ部長オニールは、その複雑な屈折感だけでなく、野心的で想像力に富み、情け容赦なく敵対者の一切合切をすべてだいなしにする点で犯人らとも性格的に共通する面が少なくない。</span> <br />
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（以下略） <br />
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以下、力作のブログ書評。読んで損はない。 <br />
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<a href="http://e-days.cc/cinema/column/oba/200909/28539.php" target="_blank">http://e-days.cc/cinema/column/oba/200909/28539.php</a> <br />
<br />
<a href="http://d.hatena.ne.jp/gnostikoi/20090814/1250243582" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/gnostikoi/20090814/1250243582</a> <br />
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<a href="http://d.hatena.ne.jp/kingfish/20090914" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/kingfish/20090914</a> <br />
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ほかにもたくさんある。 <br />
倒壊する巨塔　ローレンス・ライト　で検索すればドンドンでてくる。 <br />
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ＮＹＴ書評： <br />
Plot Against America <br />
<a href="http://www.nytimes.com/2006/08/06/books/review/06filkins.html" target="_blank">http://www.nytimes.com/2006/08/06/books/review/06filkins.html</a> <br />
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CIAはビンラデンやザワヒリの動向は掴んでいたが、対立していたＦＢＩにその情報を渡さなかった。ＦＢＩの責任者オニールは女遊び大好き。ＦＢＩを退職してＷＴＣに勤務しだした直後９１１を迎えて殉死。 <br />
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<br />
米国アマゾンでは３００名以上の読者が書評している。 <br />
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<a href="http://www.amazon.com/Looming-Tower-Qaeda-Road-Vintage/dp/1400030846/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1254625373&sr=1-1" target="_blank">http://www.amazon.com/Looming-Tower-Qaeda-Road-Vintage/dp/1400030846/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1254625373&sr=1-1</a> <br />
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米アマゾンで一番最初に書評したのはＪｏｈｎさん。 <br />
著者の講演を聴きに行ったそうだ。↓ <br />
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September 29, 2006 <br />
By John - See all my reviews <br />
I saw the author last night at a book signing/lecture, and wrote down some of his main points. I hope it is o.k. with him that I share them here, and what he said, because I found if very fascinating. Mr. Wright is a very intelligent, "gentle" man who obviously cares about things and people, and I found him very likeable, becuase he has a good sense of humor and he did so much research for this book, and travelled extensively. He said he interviewed over 1,000 people in the Arab world for this book. <br />
<br />
Some of the main points of what he said: <br />
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箇条書きに著者の意見をまとめている。箇条書きの最後。著者のビンラデン処分案（捕まえた場合）は次のようである。 <br />
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- The way to deal with Bin Ladin, if he were caught: try him before "Sharia courts". Take him to Kenya and Tanzania and make him confront the 150 Muslims who he blinded by the 1998 bomb blasts. Take him around and try him by sharia law. Take him to Saudi Arabia and ask for his execution. Make him look like he violated his own standards. Don't kill him, because then you make him a martyr. <br />
<br />
「ビンラデンを捕まえたとする。彼をSharia法廷の前で裁け。ケニヤとタンザニアに連れて行って。１９９８年の爆破で盲目になった１５０人のムスリムと対決させよ。Sharia法に照らしてオバマを裁け。サウジアラビアに連れて行って、死刑に処すべきか打診しろ。オバマをして、彼自身の法を犯したことに直面させろ。彼を殺してはならない、それでは彼を殉教者に仕立てることになる。」 <br />
<br />
（フセイン＠イラクの死刑判決の前、即執行後にも同じことを著者は言ったのだろうか？）<br />
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この著者にはつぎの作品として、 <br />
ブッシュについて、 <br />
ブッシュの対テロ戦争を熱狂的に支持して何十万人のアジア市民を虐殺させた米国の国会議員、と、米国民、 <br />
あるいは米国、という国家について、 <br />
世界経済を滅ぼしたウォールストリートの金亡者について、 <br />
。。書いてもらいたい。ビンラデンとそっくりの小人物たちの群れ。 <br />
<br />
その前に、Wrightさんには、ブッシュや米議員たちに、おのれのテロ戦争で何が現地で起こったか、グランドゼロを目に焼き付けてくるように要請して欲しいね。「<strong><span style="font-size:large;">ブッシュ、チェイニー、ラムズフェルト等を、死刑にしてはならない、殉教者になるだけだ</span></strong>」<br />
<br />
<br />
オサマもザワヒリも捕まってはいない。結局、なにがどうなったのか？世界経済と市民の生活を＜倒壊＞させたウォールストリートのギャング共が復活しているのと同じく、オサマやザワヒリも復活するだろう。 <br />
<br />
<br />
<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091004_1235~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091004_1235~01.JPG" /> <img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091004_1234~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091004_1234~01.JPG" /> <br />
Osama bin Laden と Ayman al-Zawahiri<br />
<br />
<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091004_1233~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091004_1233~01.JPG" /> John O'Neill@FBI<br />
<br />
<br />
<br />
この作品の最後はアフガンの光景。 <br />
ザワヒリと仲間が山に向かうところで終わる。 <br />
Zawahiri and the masked Arabs dissppeared into the mountains. <br />
（なんだか、映画『シェーン』、のラストを思いだした） <br />
<br />
本作品を映画にするなら深作欣二監督に。 <br />
あ。。もう死んだか。仁義なき闘い。<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-04">
<title>Ｇ７から、G4へ、G3へ　　　　小国主義への構造チェンジ</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-04</link>
<description>毎日新聞 Ｇ７：米が将来像、Ｇ４構想提唱　日・ＥＵに中国加え http://mainichi.jp/life/today/news/20091004ddm001020053000c.html 　【イスタンブール平地修】３日夜（日本時間４日未明）閉幕した先進７カ国財務相・中央銀行総裁会議（Ｇ７）で、米国がＧ７を再編し、新たに中国を加え欧州連合（ＥＵ）、日本、米国からなるＧ４への衣替えを非公式に打診したことが分かった。Ｇ７から外れることになる欧州各国の反対で今回は具体化しなかったが、将来的にはＧ４化へ進む可能性が高まった。新興国を加えた主要２０カ国・地域（Ｇ２０）首脳会議（サミット）定例化に続き、中国を加えたＧ７の再編で、日本の地盤沈下が一段と加速しそうだ。 提案は、米国が「Ｇ７の将来像を議論したい」として、Ｇ７開幕前に各国に非公式に伝えた。現在のＧ７は日、米、カナダと英、独、仏、伊の欧州４カ国からなるが、欧州４カ国をＥＵに一本化。カナダを外して中国を加え、Ｇ４とする内容。 　米国の提案の背景には、来年にも日本を抜いて世界第２位の経済大国になることが確実な中国を、国際社会に巻き込みたいオバマ政権の強い意向が反映されている。中国は日本を抜いて世界最大の米国債の保有国になっており、米国経済の生命線も握っている。 　金融危機後の世界経済の回復も、中国の内需拡大頼みの様相が強まっている。米国は中国にＧ４の一角という「アメ」を与えることで、人民元の変動相場制移行や、内需の一段の拡大など、世界経済への貢献を求めたい考えがあると見られる。 　一方、米国の提案は日本には打撃だ。財務省は「サミットがＧ２０になっても、市場経済という共通項を持ったＧ７の意義は変わらない」としてきた。しかし、中国が参加するＧ４になれば、米中２国で世界経済の方向を決定し、日本は追随を迫られるだけになりかねない。 ＃＃＃ 以上、記事引用日本はこれまで運がよすぎ（悪すぎ）、分不相応に経済発展してしまった。身の丈、頭脳のレベルにふさわしい地位にもどるべきである。 敗戦国から出発し、アジアの戦争を利用して経済大国に舞い上がり、政治的・軍事的には米国の属国になり果てて現在に至っている、という事実に目を据えるべきである。 この戦後体制を自主的にチェンジできるのは、今しかない（これを逃せば不名誉ななし崩し的＝他律的な変化になる）。 １　防衛は国連主義。自衛隊は大幅削減。残..</description>
<dc:subject>history</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-10-04T07:05:23+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
毎日新聞 <br />
<span style="font-size:large;"><strong>Ｇ７：米が将来像、Ｇ４構想提唱　日・ＥＵに中国加え </strong></span><a href="http://mainichi.jp/life/today/news/20091004ddm001020053000c.html" target="_blank">http://mainichi.jp/life/today/news/20091004ddm001020053000c.html</a> <br />
<span style="color:#0000FF;">　【イスタンブール平地修】３日夜（日本時間４日未明）閉幕した先進７カ国財務相・中央銀行総裁会議（Ｇ７）で、米国がＧ７を再編し、新たに中国を加え欧州連合（ＥＵ）、日本、米国からなるＧ４への衣替えを非公式に打診したことが分かった。Ｇ７から外れることになる欧州各国の反対で今回は具体化しなかったが、将来的にはＧ４化へ進む可能性が高まった。新興国を加えた主要２０カ国・地域（Ｇ２０）首脳会議（サミット）定例化に続き、中国を加えたＧ７の再編で、日本の地盤沈下が一段と加速しそうだ。</span> <br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">提案は、米国が「Ｇ７の将来像を議論したい」として、Ｇ７開幕前に各国に非公式に伝えた。現在のＧ７は日、米、カナダと英、独、仏、伊の欧州４カ国からなるが、欧州４カ国をＥＵに一本化。カナダを外して中国を加え、Ｇ４とする内容。</span> <br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">　米国の提案の背景には、来年にも日本を抜いて世界第２位の経済大国になることが確実な中国を、国際社会に巻き込みたいオバマ政権の強い意向が反映されている。中国は日本を抜いて世界最大の米国債の保有国になっており、米国経済の生命線も握っている。 </span><br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">　金融危機後の世界経済の回復も、中国の内需拡大頼みの様相が強まっている。米国は中国にＧ４の一角という「アメ」を与えることで、人民元の変動相場制移行や、内需の一段の拡大など、世界経済への貢献を求めたい考えがあると見られる。</span> <br />
<br />
<span style="color:#0000FF;">　一方、米国の提案は日本には打撃だ。財務省は「サミットがＧ２０になっても、市場経済という共通項を持ったＧ７の意義は変わらない」としてきた。しかし、中国が参加するＧ４になれば、米中２国で世界経済の方向を決定し、日本は追随を迫られるだけになりかねない。 </span><br />
＃＃＃ 以上、記事引用<br />
<br />
<br />
日本はこれまで運がよすぎ（悪すぎ）、分不相応に経済発展してしまった。身の丈、頭脳のレベルにふさわしい地位にもどるべきである。 <br />
<br />
敗戦国から出発し、アジアの戦争を利用して経済大国に舞い上がり、政治的・軍事的には米国の属国になり果てて現在に至っている、という事実に目を据えるべきである。 <br />
<br />
この戦後体制を自主的にチェンジできるのは、今しかない（これを逃せば不名誉ななし崩し的＝他律的な変化になる）。 <br />
<br />
１　防衛は国連主義。自衛隊は大幅削減。残した軍隊も大部分、国連軍として生き残る。経済的にグローバルになった現在、軍事力など不要であるし、大借金国、小国ニッポンにとって軍事力に金をつぎこむ余裕はない。<br />
<br />
２　日米安保見直し、とくに、地位協定は即時廃棄＝大改訂。 <br />
　　日本の基地は５年で完全廃棄。当然、持ち込んでいる核兵器は即時撤去。 <br />
<br />
３　国連負担金も大幅削減 <br />
<br />
４　日本はＧ７からは離脱する。Ｇ４ではなくＥＵ、米国、ＡＵという三局体制とする。ＡＵ= Asian Union <br />
<br />
<br />
以上、１１月に来日するオバマとの会談で鳩山は意思表明すべきである。ニッポンは戦後、米国が主導した政策からギアをチェンジし、いまだに維持している冷戦思考制度を捨てて、＜持続可能な福祉国家＞、＜人権と生活を重視する国家＞を目指す、と世界に向けて宣言すべきなのである。まだ＜経済大国ニッポン＞の虚名と幻想がソコハカとなく地球上を漂っている今が、戦後６５年継続した日米軍事同盟（ニッポンが軍事的利便を供与するだけの片務協定）を＜自主的＞に見直し、宣言できるほとんど最後のチャンスだ。<br />
<br />
米国が中国に大きくギヤチェンジしているのにニッポンが宗主国との軍事・政治同盟だけにドップりと浸かっていることの滑稽さにいつになったら気づくのか（すでに世界の嗤い者）。米国にとってニッポンは戦後６５年一貫してアジア軍事支配の前線基地であった（朝鮮、ベトナム、アフガン、イラク。。）。米国がタダより安いこの軍事基地を維持したいのは当然である。ニッポン政府はニッポン国民の基本的権利を蹂躙して、いつまで、この大股開きを継続するのか、これが問われているのである。<br />
<br />
ＡＵ=アジア連合。アジア連合。あるいは中国のG3への単独参加でよい。 <br />
経済力、政治力なにをとっても中国には劣る。 <br />
<br />
<br />
注：　二部リーグを結成するのもよいね。ロシア、カナダ、インドなどと。 <br />
<br />
<br />
Small Is Beautiful. <br />
ニッポンは小国主義でいくべきである。<br />
<br />
<br />
ＰＳ：<br />
昨日、ＮＨＫ　ＴＶで昔の番組、１９９２年に放映した番組「キューバ危機・十月の悪夢」を再放送した。<br />
 <a href="http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/index.html" target="_blank">http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/index.html</a> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 <br />
<span style="color:#0000FF;">２万発以上の核弾頭が存在するといわれる世界。核の脅威を語る上で、多くの教訓を残したのが４７年前のキューバ危機。その全貌に迫った番組から、未来への手がかりを探る。</span>　　　　　　　　　　 <br />
<br />
いま、このキューバ危機の全貌はあきらかになっている。姜尚中が解説していたように、危機が回避できたのは両大国政府の努力によってではなく、むしろ誤解の連続であったのにかかわらず偶然にも回避に至った、というのが真相だ。ニッポン政府はこの危機をわが国に当て嵌めて理解してきたのかどうか。<br />
<br />
ソ連からキューバに大量に輸送、建設されつつあったソ連の核弾頭発射施設が米国の重要拠点を狙いを定めていることを探知したときケネディはオシッコ漏らしそうになるほど驚愕した。軍事物資をキューバに運ぶ輸送船をカリブ海で臨検しろ、とケネディは命じ、これに対しフルシチョフは米艦船に停戦を命じられたら、ソ連はこれを宣戦布告とみなす、と宣言した。<br />
<br />
当時の米国を中国に、米国をソ連になぞらえると、キューバはニッポンである。<br />
<br />
ロバートケネディによるキューバ危機回顧録の解説に次の文章があった：<br />
＜ケネディ大統領は、この翌年に行った演説で「わが死活的権利を守る一方で、核保有国は、相手側に屈辱的な敗北か核戦争のどちらか一方を選ばせるような対決を、避けなければならない」と語ったという。そして問題解決後、ケネディ大統領は自らとそのスタッフに対し、ソ連に屈辱を忍ばせるような言動をいっさい許さず、彼自身あるいは政権の手柄であることを示すような声明はいっさい行わなかった。もしこれが一つの勝利であったとするならば、それは次の世代にとっての勝利であり、特定の政府や、特定の国民にとっての勝利ではない、としたのである。＞<br />
<br />
キューバ以後、米国、ソ連は戦争（ベトナム、アフガン、イラク）をするたびに国力と、道義性を失墜していった。<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03">
<title>『語りおくこと いくつか』　　加藤周一</title>
<link>http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03</link>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　昨日明け方、夢に加藤周一老師が出てきた。老師の夢を見たのは初めてである。前の晩に加藤の新刊講演集を読みながら、昨年末NHK TVで見た入院直前の老師の姿、鬼気迫る末期の相が頭に浮かんだ、それで夢にも出てきたんだろうか。にこりともせぬ暗い顔だった。実際にはこの眼で老師の姿を拝んだことは一度もない。夢では、車座になって（と言っても聴衆は一切いないんだが。。）加藤がしゃべっていた。わたくしはなんだか事務局みたいな役割で。。加藤センセ、どーぞイッパイ、と、ヘリクだってお酌したり。昨日図書館で借りたのは次の新刊講演集二冊：加藤周一『語りおくこといくつか』加藤周一講演集第４巻　２００９／７加藤周一『戦後を語る』　同、別巻　２００９／６（両方ともかもがわ出版）８０年後半から死ぬまでの講演を集めている。『戦後を語る』憲法と平和について。重い内容。疲れる。「憲法は押しつけられたか」を特にシッカリと読んだ。若干の異議がある(別に論じたい。加藤は米国が押し付けたのは、政府に対してであって国民に対してではない、と言っている。同じことだ。国民が総意で民主的に＜明治憲法存続＞を選択することが占領下でありえたか、を考えればわかる。米国の自己都合にしかすぎない。現在の北朝鮮のような体制もゆるさず、さりとて完全に民意で国を動かしてもらっても困る。。という底意があった。すなわち、現在の天皇制民主主義＝植民地状況は必然であった。米軍のアジア人＝Ｐｅｏｐｌｅ観念がいかなるものかは、日本各地への無差別攻撃、マニラ、戦後の朝鮮、ベトナム、アフガン、イラク。。への一般市民に対する無差別攻撃で露骨に示されたではないか)。加藤は「東京裁判」についてどこかで発言しているんだろうか？『語りおくこといくつか』これはとくに戦争平和以外の芸術、文学の話題。丸山真男についての講演がおもしろかった。とくに丸山の『闇斎学と闇斎学派』について、など。この有名な丸山の論文は、丸山が東大をヤメテ７０年代に書いたのだが、６８年の全共闘闘争の影響が色こく残っている、と加藤は言う。左翼運動の正統性＝連合赤軍などにも加藤は言及していないが絡んでくるだろう(内ゲバの論理。闇斎派内の闘争と処罰、破門はまさに内ゲバ、である)。思想の＜正統性＞と、血の正統性（中国の皇帝、日本の万世一系など）を丸山は分けて論じている。前者はオーソドクシ、Ｏ-正統性..</description>
<dc:subject>Book_review</dc:subject>
<dc:creator>古井戸</dc:creator>
<dc:date>2009-10-03T02:46:51+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091003_0033~01001.JPG" width="264" height="216" border="0" align="" alt="091003_0033~01001.JPG" /><br />
<br />
<br />
昨日明け方、夢に加藤周一老師が出てきた。<br />
老師の夢を見たのは初めてである。<br />
前の晩に加藤の新刊講演集を読みながら、昨年末NHK TVで見た入院直前の老師の姿、鬼気迫る末期の相が頭に浮かんだ、それで夢にも出てきたんだろうか。にこりともせぬ暗い顔だった。実際にはこの眼で老師の姿を拝んだことは一度もない。夢では、車座になって（と言っても聴衆は一切いないんだが。。）加藤がしゃべっていた。わたくしはなんだか事務局みたいな役割で。。加藤センセ、どーぞイッパイ、と、ヘリクだってお酌したり。<br />
<br />
<br />
昨日図書館で借りたのは次の新刊講演集二冊：<br />
<br />
加藤周一『語りおくこといくつか』加藤周一講演集第４巻　２００９／７<br />
加藤周一『戦後を語る』　同、別巻　２００９／６<br />
<br />
（両方ともかもがわ出版）<br />
<br />
８０年後半から死ぬまでの講演を集めている。<br />
<br />
『戦後を語る』<br />
憲法と平和について。重い内容。疲れる。「憲法は押しつけられたか」を特にシッカリと読んだ。若干の異議がある(別に論じたい。加藤は米国が押し付けたのは、政府に対してであって国民に対してではない、と言っている。同じことだ。国民が総意で民主的に＜明治憲法存続＞を選択することが占領下でありえたか、を考えればわかる。米国の自己都合にしかすぎない。現在の北朝鮮のような体制もゆるさず、さりとて完全に民意で国を動かしてもらっても困る。。という底意があった。すなわち、現在の天皇制民主主義＝植民地状況は必然であった。米軍のアジア人＝Ｐｅｏｐｌｅ観念がいかなるものかは、日本各地への無差別攻撃、マニラ、戦後の朝鮮、ベトナム、アフガン、イラク。。への一般市民に対する無差別攻撃で露骨に示されたではないか)。<br />
<br />
加藤は「東京裁判」についてどこかで発言しているんだろうか？<br />
<br />
『語りおくこといくつか』<br />
これはとくに戦争平和以外の芸術、文学の話題。丸山真男についての講演がおもしろかった。とくに丸山の『闇斎学と闇斎学派』について、など。この有名な丸山の論文は、丸山が東大をヤメテ７０年代に書いたのだが、６８年の全共闘闘争の影響が色こく残っている、と加藤は言う。左翼運動の正統性＝連合赤軍などにも加藤は言及していないが絡んでくるだろう(内ゲバの論理。闇斎派内の闘争と処罰、破門はまさに内ゲバ、である)。思想の＜正統性＞と、血の正統性（中国の皇帝、日本の万世一系など）を丸山は分けて論じている。前者はオーソドクシ、Ｏ-正統性、後者は、レジティマシ、Ｌ-正統性。マクス・ウェーバー学派、丸山真男である。<br />
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この丸山論文は岩波の日本思想大系『山崎闇斎学派』の巻末解説、全７０頁の力作である。わからないところも多々あるが今日昼、再読した。（岩波の思想大系本、いまアマゾンマーケットプレースから数百円～１０００円前後で入手可能。タダ同然である）。<br />
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丸山が、＜歴史の古層＞＝通時的、を改めて、音楽の＜通奏低音＞＝共時的、と言い直した理由が明確にわかった。<br />
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<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091003_0034~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091003_0034~01.JPG" /><br />
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丸山論文の＜むすび＞を引用する。日本思想大系３１、６６３～６６４頁。<br />
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<span style="color:#0000FF;">「わが国における儒学移入の淵源の古さにもかかわらず、また日本近世の程朱学の複数的な源流にもかかわらず、程朱学を理論と実践にわたる世界観として一個一身に体認しようとした最初の学派は闇斎学派であった。それは崎門派が自認したことだけではなくて、同じ儒学内の正面からの敵手であった古文辞派からも　「（中略）　・・」　というフェアな評価も出されていた。稲葉黙斎は「吾党ノ学ハ、ハヅミガヌケルト役ニ立タヌ。ハヅミ斗リデ持テヲル。林家ナドハ、学者の事（ワザ）ガナル故、ハヅミガナクソテモ儒者モ通ラレルガ、吾党ノハ事ニモカマワズ故、惟ハヅミ斗リデ持テオル」といって、「吾党ノ学」をいみじくも「ハヅミ」という形容で特徴づけている。かしこにおいて崎門の「絶交」が林家の「阿世」と対比されたように、ここでも「ハヅミ」は林家の事（ワザ）、つまりタレント性と対比されているわけである。「ハヅミ」はたしかに崎門の俊傑たちを、それぞれの仕方で「行き過ぎ」させる動力でもあった。けれども、この行き過ぎによって闇斎学派は、日本において「異国の道」 --- 厳密にいえば海外に発生した全体的な世界観 -- に身を賭けるところに胎まれる思想的な諸問題を、はからずも先駆的に提示したのではなかったか。そこに闇斎学派の光栄と、そうして悲惨があった。」</span><br />
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加藤周一は、この論文は丸山における６８年がなければ生まれなかったろう、という。６８～６９年の学派ならぬ＜敗者たち＞に一瞬でも＜光栄＞は訪れたか。<br />
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<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/091003_0035~01.JPG" width="144" height="176" border="0" align="" alt="091003_0035~01.JPG" /><br />
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２００４年、萩市でおこなわれた対話でつぎのようなやりとりをしている。「宗教をめぐる対話」の冒頭近く。『語りおくこといくつか』ｐ１０３から。 <br />
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- ではキリスト教の＜神＞について <br />
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Ｋ：　<span style="color:#0000FF;">カトリックの場合、一つ教会ですから非常にはっきりしていますが、その＜神＞を信仰しているかと問われれば、私は信仰していません。</span> <br />
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- では＜神＞という存在を概念として認められませんか。 <br />
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Ｋ：　<span style="color:#0000FF;">・・・つまり、存在は概念ではないのです。同じではない。＜神＞の存在を信ずるかといわれれば、カトリックの＜神＞の概念にしたがって、存在するとは思わない。 </span><br />
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- ＜神＞に対する＜怖れ＞も持っておられませんか。 <br />
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Ｋ：　<span style="color:#0000FF;">存在を信じていないのですから＜怖れ＞もない。もちろん。</span> <br />
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（以下略。この対話は加藤の宗教観が明確に述べられていて面白い。全２０頁） <br />
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<img src="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9d1/furuido/28244781_3745638788.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="28244781_3745638788.jpg" /><br />
<span style="font-size:x-small;"><em>加藤周一著作集月報に、誰かが書いていた。</em></span><br />
<span style="font-size:x-small;"><em>日頃からジーパンを愛用する加藤を外国の空港ロビーで見掛けた、と。</em></span><br />
<span style="font-size:x-small;"><em>手に大きな紙袋をもって飄然と歩く壮年時代の加藤。</em></span><br />
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小熊英二　『１９６８　若者たちの叛乱とその背景』 <br />
<a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-09-10" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-09-10</a> <br />
加藤周一の洗礼と『日本人の死生観』<br />
<a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-06-26" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2009-06-26</a><br />
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加藤周一　１９６８年を語る　　　“言葉と戦車”ふたたび <br />
<a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-15" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-15</a> <br />
追悼　加藤周一 <br />
<a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-14" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2008-12-14</a> <br />
生と死　加藤周一 <br />
<a href="http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2006-08-24" target="_blank">http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2006-08-24</a> <br />
<a name="more"></a>
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