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憲法(学者)メルトダウン [General]

集団的自衛権:憲法学者157人 閣議決定撤回求める声明

毎日新聞 2014年08月04日 19時47分(最終更新 08月04日 22時45分)

 国内の憲法学者157人が4日、憲法解釈変更により集団的自衛権行使を容認した閣議決定の撤回を求める声明を連名で発表した。声明文は7月の閣議決定を「60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会審議や国民的議論もなく一内閣の判断で覆す暴挙」と断じている。東京都内で同日あった記者会見で、呼びかけ人の一人の小澤隆一・東京慈恵会医科大教授は「個々の研究者に共通の了解ができた。関連法制の審議を注視し、私たちの見解を今後も表明したい」と訴えた。

 声明の呼び掛け人は奥平康弘・東大名誉教授ら28人で、樋口陽一・東大名誉教授ら129人が賛同人として名を連ねた。(以下略)

学者の無能を感じざるを得ない。
女生徒殺人事件(長崎)の父親(弁護士)と同じである。狂った子供にたいする対応が全くできず、うろたえるばかりの父親、精神科医、児童相談所。これと同質である。

「個々の研究者に共通の了解ができた。関連法制の審議を注視し、私たちの見解を今後も表明したい」..... のんきなことを言うている場合か。

閣議決定は法律と同等あるいはそれ以上の効果を持つ。この閣議決定により、すでに、教科書出版社は来年度の教科書の書き換え作業に入った、などの実害を国民は受けているのである。松阪市長のように政府を相手として訴訟を起こすべきである。

敵は頭脳のメルトダウンした政治屋・官僚である。原発の次は憲法か。。と言われぬように学生に対し、憲法学者の実行力を見せつけなはれ。

ゴロツキ公安・警察@ 関西電力前デモ [General]

20121010 天満警察署の犯罪行為(転び公妨 不当逮捕)に市民が抗議
http://www.dailymotion.com/video/xu9jh1_20121010-yyyyyyyyyy-yyyy-yyyy-yyyyyy_news


20121005 関西電力本店前 天満署による不当逮捕
http://www.youtube.com/watch?v=P9wCH6IFZMM

辞書解体 [General]

                                    

                           ジーニアス英和大辞典(大修館)と研究社新英和大辞典六版

 

 

New Oxford Dictionary of English (NODE)は日本で言えばランダム大英和に相当するボリュームの、よい辞書だ。大きさはランダム大英和(ジーニアス英和大辞典、研究社新英和大辞典と同じ大きさ)に比べて、高さが10%、幅が20%だけNODEのほうが大きい。重量もそれだけ嵩む。片手でヒョイともてるような書物ではない。

http://www.amazon.co.jp/New-Oxford-Dictionary-English/dp/0198604416/ref=sr_1_31/250-4394691-2059415?ie=UTF8&s=english-books&qid=1181465921&sr=1-31

特長は語義が新しいこと、語義の掲載順序が、現時点で頻繁に使用されるものから順に並んでいることである。Oxfordの辞書は歴史的に変化する意味をそのまま時間順に記述するのが習わしである(従来、日本の辞書会社はOxfordの記述をまる写しにしていたから、今では使われない語義あるいは使用頻度の低い語義が単語の先頭に並んでいたりした)。さらにNODEでは、Oxford辞書の伝統である語源を手抜きなく記載している。語源喜寿だけを拾い集めても小形の語源辞典ができるくらい記述は徹底している。語義に2-3行、語源の説名に5~10行という単語がザラにある。語のニュアンスを掴もうと思えば語源の理解は欠かせない。ニッポン英語学習辞典は語源の記述をサボりすぎている。 

NODEで問題なのは辞書の製本である。わたしはこの辞書が出版されてすぐに丸善で購入したのだが、数ヶ月で壊れてしまった。本体を表紙に接合している部分の強度が弱すぎ、本体がカバーから取れてしまうのである(逆か。カバーが本体から離脱する)。すぐにOxford University Publication(OUP)の日本支社に苦情を言い、取り替えて貰った。ところが、取り替えてもツクリは同じ、しばらくするとまた同じカ所が壊れてしまった。1年後に出版社に再度苦情を言い、取り替えて貰った。ところが。。状態は全く同じなのだ。これは製本工場における偶発的な事故ではなく、設計ミスと考えざるを得ない。再度苦情を言う気にもならず廃棄を考えていたのだが。。。今日タマタマ引いたところ、さすが!とおもわせる記述と用例に当たり、保存を決意、NODEの解体を実施した。(以前から考えていたのだがズルズル、延ばしていたのだ) この解体、分冊化、とぃうのはわたしは、ランダム大英和辞典(小学館)で10年前くらいに実施して、快適に使っている。だいたい、ランダム大英和(研究社の大英和や、大修館のジニアス大英和辞典など)クラスの辞典は広辞苑や大辞林(普及版)に比べても一回り大きく、頻繁に手にとって引けるような大きさではない。頻繁に引くには常に机上に横置きにしておかなければならないのでスペースを取る(あるいはWebster社が大辞典を読むために販売しているような専用机がいる)。ランダム大英和の分冊化を思い立ったのはこの辞典を電車内で立ったまま(あたかも週刊誌を読む如く)読むためだった。当時私は都内に通勤していたのだ(分冊にしたあと、退社して自営業を始めたので電車内で読むという目的には供する機会が無くなったが)。

 

解体、9分冊化したランダム大英和。ちょうど週刊誌の厚さ。

 

分冊化すれば電車でも読めるしトイレやクルマに持ち込んで読むこともできる。机について仕事中に使うにも取り扱いは簡単である。あの大辞典をそのまま片手で引っ張り出すのは億劫であり疲れているときなど辞書を引く気もしなくなる。

 

 

 

辞書会社はなぜ分冊化をやらないのだろうか?大辞典を頻繁にひくものではない!とでもおもっているのか?大辞典は調度品だと考えているのだろうか?

 

三省堂の大辞林は三分冊版を販売しておりこれは極めて便利である。机上版しかないのが難点であるが。机上版は文字も一回り大きく目に易しいし、分冊化されていれば軽量であり億劫がることなく引ける(少年マガジンなど、漫画本の厚さと大きさである)。

 三省堂、大辞林三分冊版、上中下。

 

さて、NODEの解体である。表紙と本体は上述のように設計ミスだから、簡単に手で破って外せる(すでに、表紙と本体の接合部は半分破れており外れる寸前である)。

 

NODEの本体(中身=2150頁)を表紙(裏表、背)から外し.... 5分割した。

 

これを、5分冊に分けた。これは私の使用している、コクヨの製本器で製本できる最大厚さが 1.2mmであることによる制約である(厚くすれば冊数は減るがそれだけ一冊が重くなり取り扱いは不便になる。分冊する意味が無くなる)。

http://www.kokuyo.co.jp/find/catalog/1_detail.php?c1=1117&c2=10&c3=10&sid=7770

 

解体から5分冊に切り分け、製本まで要した時間は30分。コクヨの製本にする場合、<のり付け>強度が問題になるが辞書を解体する場合、背はチャンとのり付けされているので分冊にした後ページが取れるなどの心配はない。

 

 分割したNODEを、コクヨ製本器により簡易製本。5分冊化、一冊約400ページ。

 

辞書は軽量にして、字体も大きくし読みやすくして欲しい。本来、辞書ほど面白い読み物はないのである。現在のような大型重量級の大辞典は腕力のない中学生や女性など手に取る気にもならないだろう。分冊化を大量に販売すれば単価も下がるだろう。辞書は消耗品でありそのコンテンツはドンドン更新しなければならない。10年も改版を怠っているのは出版社の怠慢である。逆に言えば辞書の物理的強度は10年持てばよい、ということだ。大辞典のような重量級にすれば製本も高価になる。表紙を若干堅めにするだけで良く、週刊誌に毛の生えたようなツクリでいいのである。

 *

次の解体は。

白川静の『字通』あたりを。

『字統』『字訓』は普及版が出版されたが『字通』はボリュームもあるから是非、分冊化=普及版を出版して貰いたい。常時、鞄に入れておき、通勤電車で読みたい、という要望は大きいハズである。

 

 

                   

          辞書引きたちの常備品。鞄、机上、トイレ、クルマ、。。あちこちに配備しておくのが望ましい。

           

 

電子辞書やCD版辞書も悪くはない。新幹線、電車、クルマで出かけるときには紙版より便利だ。

が、電池がいる、パソを立ち上げなければならない、線が引けない、書き込めない、ノートパッドが貼れない、何より、見にくい。

電子辞書(英英版)ならなんといってもFranklin社のLanguage Masterが名器である(実売価格=100ドル)。20年以上前にニュージャージ州に出張の折りに買って帰り重宝したのだが(とくに英作文に)、残念無念、5年くらい前にスクリーン上に固いものを落っことして画面が半分くらい写らなくなった。ネット通販もなぜだか同社製品は受け付けられないのだ。で、この夏、NYCに旅行する人に買ってきて貰うよう依頼している。この製品はWebster社と協同で製作しているので語数は20万前後か?圧倒的に使いよい。20年前から基本仕様はほとんど変わっていないのが人気の証拠だろう。キーボードのタッチがよいし、出てくる言葉のセンスもよし、ワイルドカード ?(1文字) と *(任意文字数)を使用した検索も圧倒的な威力を発揮する(たとえば * ing で検索すれば収録している全動詞を検索できる。*ly で検索すれば、lyで終わる形容詞、副詞をすべて検索できる)。スペル訂正もスマート。上記のCasio Ex-wordは研究社のリーダースが入っているが、スペル修正がギコチナイ。

Franklin社のLanguage Master:

http://www.franklin.com/estore/dictionary/LM-6000B/

 

                 辞書は紙さま

 


初夏。公園を歩く [General]

                

 遠くを見るたのしさ夏の来たりけり 

    

                         

    

 

      

                          

 夏きざしつつ青雲と野の樫と

     

   さざなみの絹吹くごとく夏来る

                               

花のが丘公園 

http://www.asahi-net.or.jp/~te4m-sd/GARDEN/GARDEN5.html

 

                            亀 x 2

 


春を待つ公園を歩く [General]

暖かさにつられて、近所の公園をぶらついた。公園の芝はやっと芽を吹いたころ。木々は冬の枯れ木のまま、まだ芽をつけていないようだ。写真はケータイの写メールで@2月24日。

                       

   
                      
                  

                        

 まいどおーきに!

http://www5a.biglobe.ne.jp/~kasuya/hanakouen_page.htm


ペットの問題  坂東眞砂子の投稿について [General]

記事は2つに分かれる:9/11と9/24

<その1>9/17
飼い主が飼えなくなった犬や猫の引き取りを有料化する自治体が急増している、という。

朝日新聞9/17一面トップ記事。

引き取りは実際の費用以上の額を追徴すべきである。ほとんどただ同然で引き取って殺処分しているらしい。とんでもないことだ。10万円以上の処分費を科すべきである。

あるいは引き取りは一切拒否し、自分たちで殺し、火葬して、灰をどこかに撒く(あるいは土葬)のを飼い主の義務とすべきであろう。人間の火葬と同様に扱うべきであるし、それ以上に、死んでも居ないのに殺処分を人任せにして逃げる、というのはいったいどういう神経なのか?人間のやることではない。懲罰的な罰金を科すのが当然だ。

殺処分を依頼したり、生きているのに殺した人間からはペットを飼うことを生涯法律で禁じる。これくらいの自覚を持って飼うべきである。

<その2>9/24

作家、坂東眞砂子が猫殺しについて、また新しい記事を書いたのか?キッコブログ9/23では、

タヒチのポリネシア政府が動き出して、坂東眞砂子を「動物虐待」の罪で裁判所に告発することになった

と言っている。http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/

わたしは坂東眞砂子が何をしてなにを書いたのかニュースでしか知らない。しかし実際になにを坂東がしたのか、しなかったのか、はこの際どうでも良かろう。

海外に住む作家がつぎのように行為し、考えた:

1その作家は人が苦手だ
2だから猫を飼っている
3だから私が猫を飼うのは、まったく自分勝手な傲慢さからだ
4猫には性行為、出産、のヨロコビを味わわせてやりたい
5だから飼い猫に避妊・去勢手術はしない
6子猫が生まれたら、作家が崖から突き落として殺した

この顛末を述べた記事が、新聞誌上にあらわれ、それが議論を巻き起こした(非難のほうがおおかったようだ。きっこの意見はその典型だろう)。

きっこのブログを読むとあまりにもペット飼い主の独善的な考えが目に付く。反論をしておく。かならずしも、作家に全面的に同調するものでもない。したがって、きっこにも全面反論というわけでもない。

1 事実
ペットへの避妊、去勢はこの20~30年一般的になった、と私は考えている。それまでは、生み放題だったはずだ。それをどうしていたか?
 a 欲しい人に分ける
b 捨てる
c 保健所で薬殺してもらう
 d その他

2 意見
去勢、避妊をペットにおこなって平気なのはペットを飼いたい特定の人間の安易な考えなのであり、人間には絶対許されないそのような手術を動物には簡単におこなってよい、というのは問題である。すくなくとも、そのように考える人間に理解を示してよい。どちらが正しいとは言えない(作家=坂東はそのような手術をするべきでない、と考えた。これは、出産を味わわせてやりたい、という理屈を付けなくても言えることだ)

3 ペット
ペットを飼うこと自体、正当かどうか?を議論して良いはずである。家の中に押し込めておくこと自体が動物虐待になりうる。

4 作家が産まれたばかりの子猫を崖から突き落として殺した(といっているが、落としてすぐに死ぬような崖がそうそうあるわけでもなかろう。わたしは誇張だと考えている。たんに捨て猫にすぎないのではないか)と言っている。日本で行われている捨て猫とどう違うのか?「飼い猫を殺してはならない」とう法律があればそれで裁けばよい。そういう法律がないのならたんに嫌悪感の問題、それに、死体投棄による衛生問題・環境汚染、くらいの罪の問題となる。 同じ理屈をてっていするなら、捨て猫を厳罰に処すべきだろう(すでに施行されている?)

5 作家に 猫殺し以外の道を、アドバイスするとすれば、
a 人嫌いを辛抱して、猫を飼わないこと
b 勝手もヨイが子供が生まれたら、保健所(現地の相当施設)にあずけて処分、あるいは飼い主捜し、をやってもらう。

 しかあるまい。 日本の多くの飼い主がやっているペット飼いの途中放棄、保健所への薬殺依頼とくらべて、作家のやっていることがそれほど<問題行為>であるとは私は考えない。作家が堂々と自己弁護を新聞に並べ立てた(もっと、自己の行為に後ろめたさを感じろ!)のが気に入らないのだろうか?わたしにとってはどうでもいいことだ(もっと問題にしなくてはならないことが多くある、ということ。親兄弟が同じことをすればおい、ちょっと考えたら?というくらいはいうかも)。

6 実際の出来事としては上記のように<タヒチのポリネシア政府が動き出して、坂東眞砂子を「動物虐待」の罪で裁判所に告発することになった>らしい。裁判所で自論を展開すれば良かろう。

子猫を捨てるといっても毎日毎日産まれるわけでもあるまい。年に一回(数度?)捨てているのだろうか?(かなり誇張があるとおもわれるが)。

崖から落としなさんな。保健所で薬殺してもらいなさいな。。

で済むのなら、ブログで大騒ぎするほどのことはない。そうだそうだ!と迎合するヤカラがおおいでな。ニッポンでは。

それより、
1 ペット飼いは認められ売る行為なのか?それ自体動物虐待ではないのか?避妊、去勢など論外、ではないか(かわいそうに~、と、哀悼の意を表せば済むのか?そんなことをおもって去勢、避妊手術をした飼い主の話など聴いたことがない)
2 保健所による薬殺反対、薬殺目的の引き取りに反対。飼い犬(猫)を捨てることを厳禁。捨てた場合、重罪を科すこと。

。。を論じたらどうか?


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