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短いニュース   三重・南伊勢町議死亡 [Journalism]

毎日新聞 2012年1月4日 東京朝刊

散弾銃暴発?:三重・南伊勢町議死亡 車内で血を流し

 3日午後2時45分ごろ、三重県南伊勢町古和浦の同町議、上村康広さん(64)が、自分が経営する牧場の駐車場の乗用車内で、胸から血を流しているのを妻が発見し、119番した。搬送先の病院で死亡が確認された。

 伊勢署によると、上村さんは胸に銃弾を受けて運転席で倒れており、散弾銃(全長約113センチ、上下2連式)が車外に落ちていた。上村さんは同日午前10時半ごろ、牧場のカラスを駆除するため、銃を持って1人で出かけたという。同署は暴発事故と自殺の両面から捜査している。

 上村さんは90年、旧南島町議に初当選し、南伊勢町合併後を含め計6期務めていた。中部電力が計画した芦浜原発に反対し、93年の住民投票条例の制定に尽力した。【谷口拓未

南伊勢町前議長、猟銃で死亡=「カラス駆除しに」車内で―三重県警2012年1月4日0時6分  [時事通信社]

 3日午後2時40分ごろ、三重県南伊勢町古和浦の牧場駐車場に止められた車内で、同町議で前議長の上村康広さん(64)が血を流して倒れていると、捜していたおいから119番があった。上村さんは病院に運ばれたが間もなく死亡。胸に猟銃で撃たれた痕があり、車の外に上村さんの猟銃が落ちていた。県警伊勢署が死亡の状況や原因を調べている。

 同署によると、上村さんは午前10時半ごろ、妻に「牧場のカラスを駆除してくる」と言って猟銃を持って自宅を出た。昼になっても戻らないため、上村さん宅を訪れていたおいが様子を見に行ったところ、車の運転席に座り助手席側に倒れていたという。 

散弾銃の暴発か、誤発射か 三重・南伊勢町議が死亡 朝日新聞

 3日午後2時45分ごろ、三重県南伊勢町古和浦の牧場で、経営者で同町議の上村康広さん(64)がワゴン車の中で胸から血を流しているのを親族の女性が見つけ、119番通報した。伊勢署員が約45分後に駆けつけた時にはすでに意識はなく、搬送先の病院で死亡が確認された。車の近くに上村さんの散弾銃が落ちており、伊勢署は、銃の暴発や誤発射などの事故と、事件の両面で調べている。

 同署によると、上村さんは運転席に座った状態で、座席の外の地面に上村さん所有の2連式散弾銃が落ちていた。上村さんはこの日午前10時半ごろ、家族に「牧場にカラスの駆除に行く」と伝え、1人で出かけたといい、駆除の跡とみられる空の薬莢(やっきょう)が大量に落ちていたという。

 上村さんは町議3期目。合併前の旧南島町議も務め、地元に中部電力が建設を計画し、後に断念した芦浜原発をめぐっては、同町議長として住民の反対運動を主導。昨年の福島第一原発事故後は「原発を止めた町から」と題し、講演するなどしていた。

三重・南伊勢町議が死亡 散弾銃で撃たれた痕

2012年1月3日 23時40分

 3日午後2時45分ごろ、三重県南伊勢町古和浦の牧場内の駐車場で、上村康広町議(64)が乗用車の運転席で意識不明の状態で倒れているのを家族が見つけ、119番した。胸に銃で撃たれた痕があり、搬送先の病院で死亡が確認された。

 上村さんが所有する散弾銃が車外で見つかり、伊勢署は事件と事故の両面で捜査している。

 同署によると、上村さんは3日午前10時半ごろ、自宅から経営する牧場へカラスの駆除に1人で出掛けた。ほかに目立った外傷や衣服の乱れはなかった。(共同)

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東京新聞(共同)が一番公平な報道姿勢を示している、と私は思う。朝日新聞、上村さんの活動を示す情報は事件(他殺)であった場合の動機のひとつ、を知らせてくれ貴重。しかし、記事中に、「伊勢署は、銃の暴発や誤発射などの事故と、事件の両面で調べている」といっておきながら、この見出しはないだろう。

第一発見者(妻)の情報が最も重要(動機、や、最近の夫の行動、町内外における交際、その内容を知っている可能性が高い。なにより、死亡直後の状況をよく知っている)。昔、田宮二郎が猟銃自殺したとき、足の指で引き金を引いていた、という。車の窓は開いていたのか?狭い車内で、誤射によって胸を撃つ?銃身の長い猟銃の銃口を心臓部に当て誤射、というのは不自然すぎる。自殺であっても(指紋を調べれば分かろう)どんな姿勢で撃ったのかが気になるし、その直後、銃を車外に捨てるものだろうか?(なぜ、窓が開いていたのかも不審)。自殺なら、その前にカラスを撃ちに行ってわざわざ自宅に戻った後で死ぬものだろうか。遺書は?

追記:

伊勢新聞

2012/1/4(水)
 猟銃で南伊勢町議死亡 胸に数発の散弾受ける
【伊勢】三日午後二時四十五分ごろ、度会郡南伊勢町古和浦の牧場の駐車場で、同町議会議員の上村康廣さん(64)が、車内で胸から血を流して倒れているのを、おいが見つけ、一一九番通報した。上村さんは大台町内の病院に救急搬送されたが、約一時間二十分後に死亡が確認された。

 伊勢署によると、上村さんは当時、胸に散弾銃の弾を数発受けていた上、運転席に座り、助手席側に向かって倒れていた。運転席のドアが開いており、車外には上村さん所有の猟銃が落ちていたという。

 上村さんはこの日午前十時半ごろ、「牧場のカラスを駆除しに行く」と家族に告げた後、外出。自身が経営する近くの牧場に車で向かったとみられる。同署は近く、司法解剖して死因を調べる。

 上村さんは平成三年六月、旧南島町議会議員に初当選し、現在六期目。
2012/1/4(水)

多事争論  追悼・筑紫哲也 [Journalism]

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昨年、ジャーナリスト筑紫哲也が癌で亡くなった。わたしは、朝日ジャーナル編集長としての筑紫は評価するがTBSニュースキャスターとしての筑紫は評価しない。言うことが生ぬるすぎる。しかしこれはキャスターに要求される職業倫理(日本における)がそうさせる、ということもある。筑紫本人の評価としては酷かも知れない。

本日近所の図書館で廃棄処分にする本を30冊くらいもらいうけてきた、そのなかに筑紫哲也『メディアと権力 多事争論』(1994530日、新潮社刊)があった。TBS系<ニュース23>で筑紫がオノレの意見を述べたテレビ・コラム欄『多事争論』を文字に起こしたものである。ざっと読んでいまでも通用する記事をピックアップして掲載し、遅ればせながら筑紫哲也を追悼する。

 

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1992105()       多事争論

-- 福沢諭吉著『文明論之概略』より

新しいコラムといいますか、テレビ・コラム欄を設けました。この欄は何でもアリです。あらゆるテーマに挑戦するコーナーです。

  まず最初に「多事争論」という言葉の意味の説明からはじめます。この言葉は一万円札の顔である福沢諭吉の代表作『文明論之概略』という本の中で出てくる考え方です。

  ひと言で言うならば、たった一つの説は、それがいかに正しくても、それが一つであるがゆえに自由な気風を生まない、いろんな人間のたくさんの意見を論じあうほうがいい、という考え方です。

  この「多事争論」が、今ほど必要な時はないんじゃないかと、金丸信問題を考えながら改めて思いました。今、永田町の巷では三木武夫の不在という事が、しばしば雑談の中に出てきます。三木武夫という政治家は、田中金脈問題で金丸さんの親分にあたる田中角栄に対して、内閣を飛び出して完全と批判をした人物です。

  そもそも今回の政治的なスキャンダルは、田中金脈からロッキード、リクルート、共和問題、そして佐川急便問題へと、どんどん質(タチ)が悪くなっておりますけれども、昔は同じ自民党の中にあっても、そういう「多事争論」と言いますか意見の相違があったのに、今やそういう違いが聞かれないという事が目立ちます。スキャンダルの中身と同時に、「多事争論」のないことが大きな問題ではないかと思います。

『文明論之概略』より抜粋

 単一の説を守れば、其の説の性質は仮令(たと)ひ純精善良なるも、之れに由て決して自由の気を生ず可からず。自由の気風は唯多事争論の間に在りて存するものと知る可し。

 

 

1993216日(火)         挙証責任

 あしたいよいよ、恐らく最後の竹下証言になりますけれども、日本は正義が行われない国という評価が外国で高まっております。その大きな理由は、政治家の責任のとり方の物差しが違うからではないでしょうか。

 挙証責任という問題を考えてみましょう。

 ふつう例えば政治家が疑惑を受けた場合には、「疑わしきは罰せず」の原則から、刑事責任を問う立場の検察側が、この人はどういう疑いがあるかを立証しなければいけません。つまり挙証責任は検察の側にあります。

 ところがもう一つの政治責任というグランドでは、疑惑に一応の根拠があった場合、その違いを晴らす責任は、政治家の方にあった場合、その違いを晴らす責任は、政治家の方にあるのではないでしょうか。この違い、刑事責任と政治責任の違いのケジメを日本の国会もはっきりさせないといけません。 (以下略)

 

1993630 (水)      上納金

 家を建てる、学校を建てる、ビルを建てる、橋を作る、道路を作る、そして堤防を作り、ダムを作り、港を作り、空港を作り、トンネルを作る、これすべて土木建築と言われている仕事の範囲です。

 私たちの身の回りを見回せば、そんな仕事がたくさんあります。そしてその仕事の中身は、大工さんや、左官さんの伝統的な技から、インテリジェント・ビルを造るところまで、日本の土木建築業の水準は、高いレベルをもっています。にもかかわらず、実際には、政治家に対するヤミ献金は上納金と業界で呼ばれ、これは暴力団の用語のレベルです。

 そして日本の政治のダーティな部分を支える、使途不明金の大部分もまた、建設業から出てきています。せっかくの大事な仕事が、どうしてこんな風に、汚辱にまみれていかなければいけないのか。これは私たちの社会を支える重要な仕事だけに、原点に立ち返って考えると、暗澹たる気分になります。

 公共土木工事がその犯人だとするなら、思い切ってこの公共土木事業をやること自体を考え直していいのかも知れないとすら、これは極論ですけれども、思います。

 もしこういうことを続けていたら、日本の土木建築業に若い人たちが行かなくなるのではないか、そうなると、私たちの社会の土木建築業の将来はどうなるのか、ぜひリーダーの人たち、経営者の人たち、考え直してほしいものです。

 

 

古井戸コメント) 八ツ場ダム、沖縄キャンプシュワプ移設工事に公共性など無くこれらは官僚・政治屋・企業への税金バラマキであることを筑紫が知っておれば、<これは極論ですけれども>とは言わぬだろう。

 

 

 

19931216日(木)    角栄史観

(前半省略)

 今日その田中角栄が亡くなり、一つの時代史が終わったという感想が強く出されているのですが、それも無理もないことであります。

 しかしながら政治家として、闇将軍としてはすでに竹下氏らの造反によって力を失っていました。一方で田中角栄氏が築いた日本型の政治は、立花隆さんや、故・児玉隆也さんが指摘しましたようにまだ終わっていないところがあります。

 そう考えてみますと、必ずしも一つの時代が終わったとは言い難い。権力の二重支配、土建国家日本という形で、例えば角栄氏が強い頃は、田中角栄氏がなんでも裏で糸を引いているという見方がありました。それを角栄史観と当時は呼んだものです。

 現在の政治状況を見ますと、田中角栄氏を父親とも仰いだ小沢一郎氏が裏で何もかも操っているのではないかという、小沢史観みたいなものがあります。そういたしますと日本の政治構造、そんなに変わっていません。一つの時代が果たして終わったと言えるかどうか、考えさせられます。

      

                    ##

 

 

 

中国の政治も賄賂まみれらしいが、日本も中国に劣らず賄賂まみれ。これが分かっていながら何十年も同じことがくりかえされているのは、検察・警察を含む官庁に牛耳られており、筑紫哲也もそのメンバーである、マスゴミに大きな責任がある。筑紫の力量はマスゴミを変えられるほどではなかった。民主党が政権を取った後も筑紫が生きていれば、たとえば、記者クラブ廃止を最後の大仕事としてキャスターの職を擲って、奮闘したろうか?

 

 

最後のニュース 井上陽水
http://www.youtube.com/watch?v=EMcHsKRndg0

 

 

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検察スポークスマン  立花隆 [Journalism]

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おくればせながら、4月1日朝日新聞のオピニオン「小沢対検察」を図書館でコピーしてきて読んだ。このオピニオンは4月から新設されたらしい。紙面の1頁全面を使って、立花隆の寄稿と、検察出身の宗像紀夫の意見に当てている。

立花隆は、見出しにあるように、
「民主代表のまま裁判を続けるのか 師から何を学んだ」
と、小沢に対し説教を喰らわせている。

ロッキード事件担当の堀田元検事も、最近、検察出身の郷原氏と討論し、田中を追い落とした自己を弁護し、検察に説明責任などない!と豪語している。立花と堀田は30年前の事件から何を学んだのか。


立花は次のように言う:
「。。検察は、まだ明らかにしていない「悪質性」の説明を法廷でどんどん出していくと予言している。するとどうなるか。小沢政権が実現したとして、「総理大臣の悪質性」が毎週毎週、法廷で暴かれていくことになる。そうなったら、国内外に山積している、あらゆる政治的問題、経済問題、外交問題、社会問題そっちのけで、マスコミは「総理大臣の政治献金問題の悪質性」の具体的説明をめぐって、ああでもないこうでもないのニュースのオンパレードになる。
              ■
そういうことはあってはならないことである。。」


そういうこと、とはどういうことか?
<あってはならないこと>、とは、
<なにひとつ証拠もないのに秘書を逮捕し(しかも、政治資金規制法という微罪)、長期にわたって拘束しながら起訴もできない検察が、なんの説明を国民や被告側にたいしておこなわず、小沢を政界から追い落とした後、法廷でその「悪質性」を暴くという、日本検察お得意の人質裁判という方法>
ではないのか?

そうではなく、「オピニオン欄」で立花が言っていることは、田中角栄はロッキード事件で徹底的に検察と闘うと決意し、公判と総理職は並立しない、として起訴された当日、離党届けを出した。この田中角栄に学べ、というのである。

 小沢と田中では立場が違うではないか。小沢の場合、秘書が起訴されたのは、政治資金規制法という微罪である。それに、田中角栄は党を離れても<院政>(日本の伝統)をやって自民党と日本の政治を支配できるという確信があった(事実、今日まで金権政治が生きのびている)。小沢は民主党党首を辞めればただのオッチャン、である。

政治資金規制法で秘書が拘束されたくらいで、政治家が辞めていては政治家の頭はいくつあっても足りない。

立花は、検察に説明責任をもとめず、逮捕拘束された秘書側に説明責任をもとめている。あきれてものがいえない。これでは、志布志事件で逮捕された被告、多数の冤罪を排出している痴漢事件と全く同じ構造である。やっていない、と言っている容疑者に、<無罪の証明>などできるわけもないし、する必要もないではないか。

朝日新聞のオピニオン欄の同じ紙面で検察出身の宗像紀夫(現在は弁護士、中央大学法科大学院教授)が、今回の捜査は手法も着手時期も問題が多い、と述べ、「このままでは日本は検察国家になる」、と警告を発している。検察出身者が、検察の国策捜査を憂い、ジャーナリストが検察スポークスマンになりさがっている現状。(しかし、この宗像が特捜部長として指揮をとったゼネコン汚職事件では、取り調べの最中に検事が参考人に暴行を働き、特別公務員暴行陵虐罪に問われる事件が発生している。近年の検察捜査では、横暴な取り調べが蔓延しているばかりか、被疑者や参考人の弱みにつけ込むかのような脅迫や恫喝による司法取引まがいの手口までが横行している。青木理『国策捜査』2008)。 国際的に批判されている前近代的な取り調べ手法~「自白の強要」「調書裁判」「代用監獄」「人質司法」を日本の警察・検察は、裁判所とつるんでいまでも常習的に行っているが、宗像を初め検察出身者はこれを批判してはいない。立花はジャーナリストとして、この悪弊を批判したことがあるのか?

小沢民主党が政策綱領に掲げた。。

1 官僚主導による政治の終焉
2 裁判員制度の見直し(廃止)
3 警察・検察の取り調べの可視化

と、今回の国策捜査の関連を、立花はまったく問おうとしない。

小沢民主党の支持者の何割が小沢を支持しているのか?ごく少数である。少数であっても政策に期待して民主党を支持したのである。民主党が政権を取った後、その政権が長期に継続するなどと誰も思ってはいまい。小沢が総理としてふさわしい人物でないのは誰でも知っている。そうであっても、政権を交代して上記の3政策を実施に移す(大きな抵抗に遭ったとしても、それにより日本の現実が鮮明に見えてくる(真の抵抗勢力はだれか)のである。

立花隆「結局、この問題は、何よりもまず小沢の個人的問題なのだから、小沢は田中角栄にならって、「党に迷惑をかけない」を第一の行動の原則にすべきである」

しかし、小沢がどのような法律に違反しているのだ?これはちっとも明らかにされていないのだ。「あるぞ、あるぞ、いっぱいあるぞ~」という検査の垂れ流し情報を小沢は検察スポークスマンとして垂れ流しているだけである。会社に、党に、迷惑を掛けないために妥協して、やってもいない罪を認める。これは、痴漢冤罪などでやってもいない容疑者が警察や検察の<取引>に応じるという典型的な<人質司法>である。

立花のやるべき事は、検察スポークスマンになって容疑者を苦しめ検察の違法捜査を助けることではなく、<人質司法>から容疑者を守る仕組みをつくることではないか?取り調べの可視化は、もちろん、違法捜査が発覚したら担当検察とその上部の責任を問う仕組み、会社や政治の業務を続行しながら裁判活動を行えるような仕組みをつくることではないか。いまのままでは容疑者は泣き寝入りである。 かりに小沢が辞任したら検察の何が変わるのか?何も変わらない。この<人質捜査>が永久に続くことになる。


3月27日の民主党代議士会で、小宮山洋子が「問題の重要性はわかるし、小沢にはしっかり闘ってもらいたいと思うものの、それは代表という立場から離れてやって欲しい」と婉曲に辞任を求めた。立花隆は「これが裁判闘争をめぐって出された唯一の正論らしい正論だった。小宮山の父は、日本の民法の最大の大家、元東大総長の加藤一郎である。さすが、これからの法律的展開とその政治への影響をちゃんとにらんでの発言と感心した」 と述べている。

あきれてものがいえない。小宮山や立花は<推定無罪>という原則を知っているのか。検察からかけられた嫌疑(企業への利益誘導?)が存在する、という疑いが立花や小宮山の立論の前提にある。ならば、検察が捜査する前に、辞職しろ!とせまるべきであったのだ。検察の尻馬に乗って容疑者を追放するようでは人間の度量が知れる、というもの。こんなところで、民法の<最大の大家>とおだてられては加藤一郎も迷惑だろう。おれだって、<推定無罪>の原則くらい知ってるよ、というのではないか。加藤一郎は、70年の東大全共闘闘争で、安田講堂に機動隊導入を求め、闘争を<収拾した男>である。小宮山や立花は、たかだか事態を<収拾>したいだけ(小沢に対しても収拾しろ、としか言っていない)、その代償は余りに大きい。

立花隆も、反省と自覚のないロッキード事件担当元検事=堀田、だけでなく、国策捜査に懸念を示す宗像などの意見をジックシと拝聴すべきではないか。


かりに小沢が政権をとっても早晩退場することになるだろう、とは民主党支持者とて予想しているだろう。だからといって、いま、党首辞任しろというはなしにはならない。民主党jが政策に掲げた、警察・検察取り調べの可視化、官僚政治の終焉、は日本を変える長期的課題である。これを必ず実行するために小沢よ涙を呑んで辞めろ、と、立花隆がいうならわかる(しかし、立花はそう考えていないようだ)。検察の取り調べが可視化されていれば、今回の捜査はなかったろう、ということ。宗像氏は、民主党の取り調べ可視化に賛成か?おそらく反対だろう。この点では立花と一致するはず。悪いヤツはしょっ引けという前近代的発想なのである(堀田元検事も同じ)。




関連記事:
暗黒裁判の国、日本。 『公認会計士vs特捜検察』 細野祐二
http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2007-12-09


ハンセン病と報道のかたち [Journalism]

2007年5月27日NHK総合でNHKスペシャルが放映された。

 にっぽん 家族の肖像
第一集 母と子 悲しみの淵から

 

番組案内

http://www.nhk.or.jp/special/onair/070527.html

 

#NHK hpから

鹿児島のハンセン病療養所「星塚敬愛園」で暮らす元患者・84歳の日高トシ子さん。強制隔離によって両親と引き裂かれた。そして、妊娠7ヶ月の時、施設で強制的に“娘”を堕胎させられた。一昨年、この“娘”が胎児標本として施設に残されていることが明らかになった。
2年前に、母が“娘”を奪われていた衝撃の事実を初めて知った息子の一夫さん(60歳)。いまだに残るハンセン病への差別・偏見。その中で、大手企業の取締役まで勤めた一男さんは、会社を早期退職し、母の願い=“娘”の供養のために、母に寄り添い、支え始めた。そして、今年ついに母と息子が、“娘”との対面を果たした・・・・。このすべてをカメラは記録した。


女性の元患者・80歳の上野正子さん。上野さんは、夫が断種手術を強制され、子を持つことができなかった。妻に一言の相談もなく、子どもを持つという夢を奪った夫。上野さんは、夫を長く許せなかった。60年続いた夫婦生活。夫が去年亡くなり、上野さんは、慟哭の中で語った。「妻を強制堕胎で苦しめたくなかったから、夫は自ら犠牲になった。私は愛されていた」。
奪われたからこそ、失ったからこそ、わかる、家族が普通に暮らせることの尊さ。
高齢になった女性たちが、今再び家族を持つことは「夢のかけはし」でもある。
女性たちの残された日々を、その夢への思いとともに見つめる。

 

上野さんの夫は、結婚したその日に断種手術をされた(施設で、睾丸を切り取られたのである)。

直後、上野正子さんが洗濯をするとき、血で染まって真っ赤な下着を受け取った。このときの衝撃を今も忘れない。その日以後、子供を持つ歓びを奪われた妻は、自分に黙って手術をした夫を長く怨み通したのである。

 

『父ちゃんの前で泪見せたことはなかったけど、きょうは泣きたいきがする』 仏前で。

。。。上野さんは、慟哭の中で語った。「妻を強制堕胎で苦しめたくなかったから、夫は自ら犠牲になった。私は愛されていた」。。。。上野正子さんは、身体不随になった夫を、その死までながく介護したのである。

 

58年ぶりに堕胎させられたモモコちゃんの棺に対面した日高トシコさん、トシコさんの長男一夫さん。

 妊娠を帯で締めて隠していたが、7ヶ月目に見つかった。腹の中の子どもが日高トシコさんの局部から麻酔もせずに掻き出され、鼻と口を塞がれて殺された。日高さんは子どもが手足をばたつかせてもがくのを目の前で見た(これは人間のすることか?)。こどもの髪の毛はすでに黒々としていた。

日高さんは地元小学校を訪れて子どもたちの前でこの一部始終を話している。

                                

まだ親が不明なまま保存されている胎児は多い。

桃の花が大好きな日高さんは死んだ娘に桃子という名前をつけた。長男一夫を生んだのち、桃子を奪われた後種子島に逃れ10年後、次男隆を生んだ。子どもが差別されるのを恐れ、夫と離婚し、再度、本土に渡って療養所に入った。夫は、子どもに母が必要と、別の女性と再婚した。

 

世界中から非難を受けながら、人を人ともおもわぬ隔離政策・断種政策を政府はとり続けた。それを中止したのは2001年になってからのことでしかない。それまで沈黙し続けたマスゴミは政府の共犯者である。

 

犠牲者達はやがて死に絶える。

犠牲者を生んだもの達は生き残り別の犠牲者を再生産する。

 

(本ページの画像はすべて、放映されたNHKスペシャル)

 

関連記事:

ハンセン病:

http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2006-07-09

 患者から見たリハビリテーション医学の理念: 多田富雄の闘い
http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2006-10-31

 

 


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