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何か間違えていないか? 「貧しくて学べない」ニッポン [Education]

3/11日のクローズアップ現代@NHK
「貧しくて学べない」
番組HP: http://www.nhk.or.jp/gendai/ から
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景気の悪化が家計を圧迫し、授業料を滞納する高校生が急増。中退を迫られるケースも出ている。親の貧困が子供の学ぶ機会を奪い、貧しさが再生産される社会の歪みを追う。

深刻な経済危機の中、家計が貧しいことで学校に通えなくなる子どもが急増している。愛知県の高校では、自動車関連の仕事に就いていた親達が次々と仕事を失い、中退を余儀なくされたり、授業料を払えず高校を続けられるか不安に揺れる生徒が相次いでいる。景気の悪化で顕在化した、"貧しくて学べない"子ども達。社会の格差が広がる中で、すでに深刻な状況となっている。埼玉県内の高校では、入学した生徒の半分近くが卒業までに中退する。中退後の生徒を見守り続ける教師は、背景に貧しさから来る無気力や、将来に希望が持てない刹那的な思いがあるという。中退した子ども達が社会的に孤立し、生活の糧を得るため犯罪組織や風俗業など闇の世界に引き込まれるケースも多いという。親の世代の貧困が、子どもの学ぶ機会を奪い、貧困の再生産につながる社会の歪みを教育の現場から伝える。
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会社が従業員を解雇すれば、家計が逼迫するのは眼に見えている。であるのに、悪法=派遣法を認めてしまった国会議員や労組は責任を感じているのだろうか?

>埼玉県内の高校では、入学した生徒の半分近くが卒業までに中退する。。

高校を中退して、そのあと、どういう人生、暮らしがこのあと、この子供や、さらに親(の介護を誰がやる?)に待ち受けているのか、政治屋、官僚共は考えたことがあるか?

給付金などをばらまかず、中学高校で学べるよう学資基金とすべきである。今からでも遅くない、NHKでもよい、野党でもよい、国民に呼びかけて、 

             給付金を学資基金として寄付

するための運動を起こさないか!

政争に明け暮れ、崩壊する家庭と若人を見て見ぬふりをする政治屋や官僚とはなんなのか? 外交? 防衛?
国民の暮らしが崩壊しているのによくやるよ。




私立高生の授業料滞納「2・7%」 前年度の3倍に
http://sankei.jp.msn.com/life/education/090210/edc0902101106006-n1.htm
授業料滞納で卒業証書回収 山口の私立7高校
http://sankei.jp.msn.com/life/education/090310/edc0903101318003-n1.htm
佐賀の4高校でも卒業証書回収 授業料滞納で
http://sankei.jp.msn.com/life/education/090311/edc0903111258004-n1.htm

公立学校を使って熟事業をやるな [Education]

昼前、NHKニュースを見てビックリ。なんと。。。

成績上位者対象 杉並区立和田中の進学塾連携授業が始まる。。

 

あきれたことに、公立学校の教室でこれを行っているのである!!しかも、教えるのは塾講師

産経新聞

東京都杉並区の区立和田中学校(藤原和博校長)で26日午前、進学塾講師による有料特別授業通称「夜スペシャル」が始まった。2年生の生徒約11人が参加し、2時間強にわたり、塾講師による英語の講義を受ける。

 特別授業は、同校生徒の保護者らのボランティアと進学塾サピックス」(東京)とが連携。放課後の教室を利用し、塾から派遣された講師が有料授業を行う。平日夜に数学と国語を学ぶ週3日のコースと、これに加えて土曜日午前に英語を学ぶコースがある。

 2年生約130人のうち、主に成績上位の生徒が対象。高校受験に向けて成績アップを目指す。』

 藤原和博

 

いかにもリクルート出身、藤原和博のやりそうなことだ。藤原のいうことニャ、成績の上がった生徒が周囲の生徒に教えてやる、という効果も生まれる。。だと。バッカじゃなかろか(教えた子供にお駄賃でもやるのか?)。いったい、公立学校の先生は、なんのためにいるのか?<理解の遅い周囲の生徒にも満遍なく教えるのが教師の仕事だろうが!> それを不可能にしている先生の労働条件を改善しろ、と、校長ならば文部省や、教育委員会に働きかけるべきだろうが?それをやらず、民間の塾講師を公立高校の教室に招いて、差別を助長する教育をするとは!なんたるあきれ果てた校長か。公立学校は公民の税金により成り立っている。公民ができる子供をさらにできるような授業をすることを望んでいるか?それより理解の遅い子供をサポートすることを望んでいるのではないのか。藤原は公立学校の校長を勤める資格はない。さっさと辞めて、塾を経営したらどうか?こういうバカをなぜ公立高校は雇うのか。

受験産業がニッポンをゆがめ、生徒や教師の公共感覚を麻痺させていることは、一昨年の内申書偽造(30年以上続いた高校・大学、文科省、つまり国をを挙げての犯罪~公文書偽造)事件でもアキラかである。授業について行けない子供のために、学校で夜間授業を開くための予算を出せ、と藤原は都に請求したことがあるのか?)

百歩も千歩も譲ったとして、塾の講師など雇わず、学校の先生がやるべきだろう。塾講師に授業を任せておいて、どうして生徒が先生を信頼するか。

それより、理解の遅い子供の家庭を回ってあるいは学校のクラスで先生の責任で追加授業をヤル、などの努力をしているのか?

やりたいのなら私立学校でやってくれ塾や受験産業、それにヘーコラするアホな学校教師・文部官僚、学校を予備校としか考えていない馬鹿な親ども、がニッポンを滅ぼすのである

 

新出去定

塾と、リッチな家庭からタップリ金を巻き上げて、学校の先生に残業手当にあてたり、貧困家庭の子供の給食代や学費にする、あるいは理解の遅い子供の家庭を回って補習をやらせる、というのなら話は別だが藤原にそんな配慮などあるまい。「馬鹿やってんじゃないよ、校長!俺はそこまでして偉くなろうとは思わん!」。。と校長を諫める子供や親の一人二人いないものか? 偉くなってノーベル賞を盗るんだ!大金持ちになるんだ!官僚やって3度天下りをヤリ何億円も退職金をせしめてやる!。。などという時代遅れのアホな子供が育たないことを期待する。 


いじめは重大な人権侵害 [Education]

今日(10/19)、午後3時頃、NHKラジヲを聴いていた。
子供の問題を扱う視聴者参加(相談)番組である。局には子供のケアをするコンサルタントが控えている。

ある母親からの電話があった。せっぱ詰まっている。母親が言うには、子供が学校でイジメに遭っているらしいことを、最近知った。。。PTAの委員もしているこの母親が中学校の体育館をふと覗いたらムスメ(1年)が隅にじっとたたずんでいる。体育の授業。跳び箱だ。(後で、母親がムスメに尋ねたら、列に並んでいても、他のみんなが無視して列の前に割り込み、いつまでも順番が回ってこず、飛ぶことができない。だから体育館の隅にいたのだ、という)母親は体育館で教官に尋ねた、これはどうなっているんですか?先生「ええ、いつも、こうなんですよ」

なぜ、授業を中断して、注意、叱責しないのか!?信じられないことである。 しかしこれが、イマの学校の実態なのである。 これが、学校、といえるか?

<追記:こういうとき、今のワタシがかりに教師であれば、どうするか?隅にいた生徒だけに体育館で跳び箱をやらせる。他の子供は体育館から追い出して校庭で遊ばせる。それで不満なこどもには、国語の教科書を最初からノートにヒッキさせる。放課後全員を居残らせ、これ以後、イジメを発見したら、放校する、と告げる。校内に立入りを禁じる、と。先生がこういった、と親に言っておきなさい:イジメは学校でも社会でも許されない、と。
眼前で、いじめを目撃しながら、放置する教師の頭はどうなっているのだろうか>

このムスメさんは小学校の時からイジメに遭っていたらしい。親を困らせないように、ガマンして登校しているのだ。母はこんな状態なら学校に行かなくても良い、とおもっているが、父はそう思わない、父母の争いになる、それがイヤな子供は親に話さなくなる。。(通常の反応である。昔の私がそうだったように。。) 。

各地の学校で起こっている事態は、悪ガキどもが平気で弱い子供をいじめっぱなし、先生がそれにお手上げの状態、ということ。なぜ、悪ガキを放校しないのか?クラス全員が悪ガキなら虐められている子供を除いて、クラスをロックアウトして、イジメに遭っている子供だけに校門を開けばいいのである。

NHKの相談番組は、あ、時間が来ました、といって、ばかばかしい映画音楽リクエスト番組に切り替える。なぜ時間延長してでも母親の意見を「シッカリ」聞き取り、コンサルタントもありったけを話さないか。キット、話すコントロールなど何もないのだ。立ち往生なのである。せめて、あとで折り返し電話を差し上げます、となぜ、言わないか。それで息を潜めてこの番組を聴いている全国のイジメに遭っている子供の母親は少しは慰められ元気づけられよう。味方が欲しいのだ。

コンサルタントは、あ、時間が無くなりました、結論だけ手っ取り早く言いますね、とアドバイス。母親に無理に登校させなくてはいいのですよ、と話す。NHKの♂アナはこれはひどい、といいながら怒りをあらわすでなく、ダンマリ。なぜ、それは学校が悪い。こういう学校を放置して良いのか、と、コンサルタントも怒らない。 怒りを忘れたニッポン。

母親は闘いの真っ最中である。なぜ罪のないムスメと母親が苦しみ、肩を寄せ合って生きなければならないか?なぜ、いじめている奴らが大手を振って歩けるのか?そのうち虐めたことなどけろりと忘れて優秀な受験生となり大学合格して、ノーノーと社会を渡るのか?

狂っているニッポンでいかに、狂わずにおれるか。

虐められているこどもと、その母親、家族に連帯の挨拶を送りたい。

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教師一人を非難すれば虐めでしょう。
しかし、教師だけではなく、じっさいにイジメをやった生徒が何十人何百人おり、反省のない父兄も何百人います。
教育委員も真実を話せ、虐めに荷担した生徒を閉め出せ、といいましたか? 虐められて当然のことをやるのを虐めるのはイジメではありません。 罰、であり報復です。
自殺したコドモや、上記の母親の娘に(放送を聞く限り)どんな罪も認められない。

虐め、ではなく、 犯罪を犯したものは罪に問われる、ということです。

キムジョンイルをよってたかって非難するのは、拉致ゆえです。

核は、罪でも何でもありません。
中国ロシヤアメリカフランス英国、印度パキスタン、ジャカスカ実験をやっているではないか。劣化ウラン弾、という放射性は弱いが、市民を無差別に殺す非人道的武器を、核をもっている(だからどうだとういのか?けっきょくもっていなかった)だけでしないにぶち込む。 

件の入院した教師は、口がきけるのであればベッドの上からでも、病院からはい出ても、マイクの前ですべてばらさなければならない。

しかし、この教師ではなく、同じことをやっている教師はたくさんいる。権力侵害という犯罪を犯した生徒も放置されている。万引きなら店のオヤジにつかまって警察に通報される。万引きより重大な罪(権力侵害)を犯した何百人という生徒と教師は、学校という、治外法権(ではない)という領域で見逃される。

いいたいのは、正義を教えろ、ということだ。教師と生徒に。

核拡散防止条約に 正義は少ない。正当性は疑わしい。 虐めは 人間の絶対的権利保護の問題だ。 <重み>が違う。どちらを、重視しているか? でその人間のタチイチ、が決まるだろう。

> 結局「イジメ」の連鎖ではないんでしょうか。。。

この認識は間違い。そうでないと、死刑囚の縁者は、国に対して恨みを永久に持つ。 国に死刑にされたのではなく、正義という名、で死刑にされたのだ。もちろん、正義とみとめられなければ、国は永久に報復の対象になり、連鎖は続く。やむを得ぬことだ。宗教にでも逃げ込む以外にない。
人間社会の宿命だ。

イジメ事件が発覚した後、のこのこと調査に当たっているのはすでに事実をよく知っていたのに隠している教師や教育委員会である。こいつ等に、事後、調査を任せているのは愚の骨頂。教師や教育委員会は、犯人たる生徒と同じく、共犯者なのである。犯人候補に調査を任せているなど、お笑いである。 外部(できれば他の地域)から民間の第三者調査機関が調査に当たるべきである。それができないなら、自殺した親は被害届を提出することになる。 

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『いじめを苦に子供が自殺したというニュースほど胸が締めつけられるものはない。そして言いようのない恐怖と不快感に身震いする。子供が子供に対してこれほどまで卑劣で陰惨で酷薄になってしまったわれわれ日本人という種には、もう未来がないのではないか。これは種が絶滅へと向かう序曲ではないか。。。。。。。。

(略)

いじめは常に集団で行われ、この集団から排除されることを極端に恐れる子どもたち。「少数派排除と異端者狩り。強いものへの迎合」という、まるで大人社会の縮図のような寒々とした子供たちの世界が立ち上がってくる。その背後には効率一辺倒を追及してきた戦後日本の経済至上主義がある。「お宅の子の自殺騒ぎでうちの子の受験に差し障りがあって迷惑している」と言い放つ親たちの心も同じ病に蝕まれている。

しかし、文字通り血が逆流し、はらわたが煮えくり返るような憤りを覚えたのは、学校側の対応に対してである。まず、判で押したように「いじめはなかった」と否定する。当初反省していたいじめっ子側の口封じに狂奔する。遺族がやむを得ず遺書を公開すると、「いじめられた子の性格や家庭の問題」にすり替えようと躍起になる。最優先されるのは「学校の名誉」と校長や教師の保身、住む地域も職業も異なる14人の親たちの目に映った学校の姿のこの驚くべき相似は、これが局地的な問題などではなく、現行の日本の学校制度そのものの致命的な病であることを示している』

これは、ノンフィクション作家、鎌田慧『せめてあのとき一言でも』(草思社)への書評、米原万里の文章である。抜粋しようとしたのだが、8割がた引用することになった。 米原万里『打ちのめされるようなすごい本』(文藝春秋、p359-360)から。

発表は、読売新聞、1996年12月1日。10年前である。十年一日、というべきか。
米原万里がまだ生きていたとしても、現在の事態を見て憤死したかも知れない。早く死んで良かった。

書評は次のように終わる:

『これでは死んだ子は浮かばれまい。暗澹たる気分一色に染まりそうな本書の唯一の救いは、我が子を自殺に追い込んだ実態を知ろうとする親たちの真摯な姿である。私憤を越えた透明な眼差しには死んだ子への切々たる愛情がある。日本人よ、何を急ぐ。立ち止まってしばしこの透明な眼差しを共有せよ』


オレ様化する子どもたち by 諏訪哲二 (中公新書ラクレ) [Education]


このブログにコメントを寄せてもらっているアルマジロさん http://sonlastres.cocolog-nifty.com/blog/ からの推薦本。
アマゾンマーケットプレイスから今日届いた。
バラバラながめたのだが ウッと のどが詰まるような記述多し。

諏訪さんは高校の教師を長く務め、現在 「プロ教師の会」(プロ、は余計じゃとおもうけど。。アマ教師ってのあるか?)のリーダー。もう一人のリーダー河上は濃すぎて臭すぎて、敬遠していたが(諏訪さんも濃い)。

諏訪の主張:
1 生徒のオレ様化(オトナと対等と信じ、他人を気に掛けなくなった)の原因は学校に近代化原理をもちこんだのが原因だ
2 教育(教え、教えられる)は 交換関係(市場原理) ではない。主従関係だ(というか、学校は共同体だ)。

この原理を軸に、現場経験から抽出したさまざまなパワフルな記述に出会う。

p212 
「教師をやっていてずっと考えていたのは「近代とは何か」ということである。」

p230 個性化と社会化、について
「個が自立する前に個を超える「普遍的なるもの」に出会う必要があるし、そういう「普遍的なるもの」によって「去勢」されなけば、「個」は自立しようがない。俗に「個性」を大事にしないと「個性」が潰されてしまうと危惧する人が日本には多いが、市民形成(社会化)のプロセスで潰されてしまうような「個性」は潰されるべきである。そういうレベルの「個性」を潰すために「社会化」はなされるのである。「社会化」されているあいだになくなってしまうようなものは「個性」ではない。まさに「個性」が「個性」でありうるために「社会化」が必要なのである。「個性」は育てられたり教育されるものではない」
この文章など本書でもっともパワフルな宣言のひとつ、とおもう。

200ページの新書だが、前半で著者の現状認識、後半は宮台真司、上野千鶴子、村上龍などの教育論を批評している。宮台のところしかまだ読んでいないが、著者はよくみかける(たとえば、古井戸ちゃん)一方的断罪、などをしていない。非常にフェアに批評している。 
(deschooling を称揚した、イヴァンイリイチ、を論じて欲しかったね)。
 

時間不足で、突っ込みのある批評が今できないが、とりあえず、ガッツある現場教師からのこの報告を無視して教育論(小中高)は論じられない。 対決してみたい。

この本を読みながら、この本は 決して 子どもたちのことを論じているのではない、近代にあって 社会人、というものはいかにできあがっていくか、を絶えずパラレルに考えないといけないと感じた。つまり、教育の不十分なのは子どもたち(だけ)ではなく、 いまの オトナ なのだよ!!!!
  つまり、オレ様化、他人のことなどシッタこっちゃない。。この原理、現在の社会の原理でやんしょーが?  わたしがこどもなら、諏訪にこう、反論するだろう。

いったい、教育とはなんだろうか?

赤ん坊は 乳を吸う力、泣く力、を得たのち、母親の体外に出る(第一次社会化)。
 胎内の<教育 Nourishment> は一方的である。

近代の資本主義経済社会に 巣立つために その準備期間は一種の胎内教育に相当するのであり一方的でかまわない、という考えもあろう。 

これは 現代の人間が遭遇した、回答のない問い、Unanswered Questions である。
自問自答し、試行錯誤しなくてはならない。
とりあえず私の回答は、学校にある程度の民主主義をもちこまなければならない。
あるいは、一方通行的な教育になるけれども、なぜそうなるかを、子供らに理解させる必要がある。様々な方法があろう。これを突破すれば社会化は完了したようなものだ。(国会議員なども社会化されていないのがゴロゴロいるからね。このプログラムに国会議員も参加させよう)。

子供らに子供らに分かる言語で 教育課程はいかにあるべきか、をさとらせ、相互承認のもとで(諏訪の好きな言葉で言えば)共同体、としての 学校を 演じるのである。教師と生徒が。

追記1:
何年か前、TV番組で隠し撮り?カメラでとらえた、崩壊する学級をみた。授業中なのに平気でうろうろ歩き周る生徒たち、休憩時間と授業時間の区別などない。ショックであった。これはなんだろうか? これがあちこちの学校で起こっているという。しかし、ショックなのはこんな事実を知りながら、ユーシキシャ、らがなーんもショックも受けないで知らん顔を決め込んでいた、ということ(現在もニッポンの財政は溶けているのになーーーーーん、もせんもんね)。 しかしこれは、いまにはじまったことではもちろんない。わたしも学生時代、中学生塾の講師をしていたんだが、生徒がぎゃーぎゃー騒ぎまくって講義にならない。なかに数人まじめに聞こうとしている生徒はいる。経営者にキヤツラを止めさせろ!と談判したんだが、やってくれない(こっちも、塾収入と奨学金で生活してたから塾を辞めるわけにもいかない)。 資本主義社会の時代における 学校教育モデルは どう構築したら良かったか? 著者の言うように 共同体構築、といっても、校門を出たら 市場社会、校門を入ったら共同体社会、という切替がうまくいくのだろうか?それは不可能であることがすでに明らかになったのだろう? 家庭のなかも 市場社会にどっぷりつかっているのであり、著者のいうように 家庭=共同体、ではないのだ。。(共同体など、どこにも、存在しない、Nowhereなのだ)。それはニッポンだけのはなしではなく、後進国凡ての現象のハズである、グローバライゼーションは多かれ少なかれ(いずれ中国にも)起こってくる。 著者は、西欧に置いては、宗教(キリスト教)が共同体倫理を体現している。。というようなことをいう(たしかに、イスラム社会をみると 学校が溶ける。。というようなことは考えにくい)。 

ニッポンにおきましてわあ、忠君愛国うぉお、再度ぉ、称揚する必要があ、ありますよってえ、教育基本法にい、 愛国心うぉお、盛り込むのでありますぅ~♪

 馬鹿じゃの、われら。 これは子どもの問題じゃないんぞ。オトナのもんだいだろうが。賄賂、天下り、インサイダー、利権。てめえのカネモーケのことしか考えていない官僚ら。再教育が必要なのは、おまえらのほうじゃろが。

ニッポンにおきましてわあ、財界、官僚、国会議員の性能が低すぎ、しかも、給料が高すぎるとゆう、犯罪的事実にカンガみてえ、さらにわ、この馬鹿者どもを再教育、さらに抜本的制度見直しする必要を認識してぇ、「官僚国会議員等の待遇見直し及び再教育基本法」うぉお、可及的速やかに、立案、可決、執行いたしまするぅ~♪

えかろ。ついでに 大学のセンセ、も入れたどーじゃ?

内田樹による書評↓
http://blog.tatsuru.com/archives/000850.php


就学援助制度 大都市で四人に一人が利用 [Education]

就学援助とは、経済的な理由により学用品費や給食費など、子供の就学に必要な経費 の負担が困難な家庭に対し、必要な援助を行う制度のことである。

今晩NHK第2放送で佐野眞一の講演を聞くまで、これほど利用者が多いと知らなかった。
援助を受けている子供はもちろん修学旅行には行けない。夏休みが終わって二学期になると、
子供は、げっそり痩せて登校するそうだ。夏休み期間中は、給食がないからである。

援助を受けている子供たちは、ノートを取るとき、米粒のような小さい字を書くという。
次のノートを買ってもらえないからである。

少子化になって、当然ではないか。

追記3/27:
数日前、大宅映子がTBSラジオで放言していた(この放言のあと、ハワイに遊びに行く、とて、この番組は、録音であった)。 「格差格差、ってさわぐけど、所得の統計ってのは学者により様々なのよね。」(と、統計データにケチを付ける、という常套手段)。みんな一律じゃ、力のある人はやる気がしなくなるし活気のないコッカになりますよ~♪

では聞くが、1/4も就学援助を受けなければならない子供と家庭にどれほどの落ち度、があったというのか?少なくとも子供に何の責任もないのに、他の(自分の手柄でもないのに裕福な生活を楽しんでいる)子供らとの間に存在する 歴然たる差別 を放置するクニは、人間のクニではない。そういう差別を見て見ぬふりをする奴らは、人間ではない。 それで、クニを愛せ、などとは笑わせる。

追記: 昨日の朝日論壇時評によると、東京都足立区の中学校では 43% が就学援助を受けている、ということだ。金子勝によると、企業は空前の利益を計上しているのに企業への所得税には手を付けず、消費税にそのツケを回している。
ジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォードは近著で、デーブ・スペクターから聞いた話を書いている:ニッポンの財政問題を云々する外タレは、局からお呼びが掛からなくなるんだとさ。
http://www.takarabe-hrj.co.jp/takarabe/clock/

以下朝日新聞の記事:
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就学援助4年で4割増 給食費など東京・大阪4人に1人
2006年01月03日17時09分

 公立の小中学校で文房具代や給食費、修学旅行費などの援助を受ける児童・生徒の数が04年度までの4年間に4割近くも増え、受給率が4割を超える自治体もあることが朝日新聞の調べで分かった。東京や大阪では4人に1人、全国平均でも1割強に上る。経済的な理由で子どもの学習環境が整いにくい家庭が増え、地域的な偏りも目立っている。

 文部科学省によると、就学援助の受給者は04年度が全国で約133万7000人。00年度より約37%増えた。受給率の全国平均は12.8%。

 都道府県で最も高いのは大阪府の27.9%で、東京都の24.8%、山口県の23.2%と続く。市区町村別では東京都足立区が突出しており、93年度は15.8%だったのが、00年度に30%台に上昇、04年度には42.5%に達した。

 背景にはリストラや給与水準の低下がある。厚生労働省の調査では、常用雇用者の給与は04年まで4年連続で減り、00年の94%まで落ちた。
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