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SMAP問題 [diary]

東京新聞=こちら特報部、がsmap問題を取り上げている。
 SMAP問題、労働問題として考える
いわく「古い体質変わらず 独立強行すれば『みそぎ』
    断れば干され・・・」

...

独立? 本人の勝手だろ? と普通人はおもうが、そうではないらしい。
そも、独立は契約書にどう規定されているのか?が、問題。違法契約なら弁護士に相談してたたきつぶせばよい。
長谷川・芸能レポーターが、「(独立を強行すれば)みそぎとして退所時の移籍金、加えて退所後も一定期間、マネジメント料を払い続けるのが芸能界のしきたり」と解説している。

このような慣行は文書か(契約)として残っているはずである。違法行為はないのか、当局は徹底調査すべし。

テレビ雑誌がジャニーズともめるのを嫌がって起用を敬遠する。マネージャーがタレントを連れて独立するのはある種タブーで、ジャニーズが怒るのも無理はない」と(長谷川が)指摘する。

こういうコメントを読むと、芸能レポーター(長谷川)もジャニーズ(芸能界のゴロツキ)の傘下にあるのか、とおもいたくなる。

元「噂の真相」編集長の岡留安則も「大手で力があるジャニーズの意向を忖度するのは芸能界の暗黙の了解。もし、マネジャーについて四人が事務所を辞めていたら、テレビ業界は包囲網を敷き、徹底的に干しただろう」という。(岡留自身は、このような慣行をどうおもっているの?)

竹信三恵子(労働社会学)「そもそも辞めるからといって人前で謝る必要もなく、パワハラっぽい」
「一般の雇用においても雇用主の言いなりにならなければならないのだという悪い影響をあたえかねない」

ワシの考えるに、辞めるときには人前で謝らせるよ、パワハラやるぞお~~と、契約書に書いてあるなら別の問題だが(こんな契約書は違法ゆえ無効)、弁護士や竹信らの発言をまつまでもなく、人間が何をやろうと勝手だろ。入社するも退社するも、なんのシバリはない。シバリがあるなら入社前の契約書に規定されていなければならない。もちろん、法律の規定範囲でのシバリ、でなければならない。

こういう建前は、やくざ社会には通用しないらしい。

戦い終わって日が暮れて。 残された教訓はなんなの?

東京新聞に言っておく。
古い芸能界の構造は、古~い記者クラブ(起源は日露戦争の取材を政府が規制したのが始まり)にもそのままあてはまるんでねえのか? 独立した記者を、記者クラブ(官邸率いるやくざ集団)はどう、取り扱っているか?

でかいツラして、人ごとのようなコメントしているバヤイじゃなかろ?

何も知らぬ赤ん坊のようなSMAPもそろそろ大人になった方がええよ。ファンもね。

ワシの娘に、SMAP騒動しっとるか?そなも知らん。
 それでよし。

*追記
東京新聞によれば米国ではアーチストはすべてユニオンに入っている。米国で同じような事態になれば、「パワハラとみなされ、労働関連法的にアウト」(プロデューサー、デーブスペクター)

こういう芸能問題をひとごとでなく、弁護士や研究者がキチンと正義にのっとって対応するような社会であれば、現代奴隷制度=派遣法、などが跋扈する余地はないのである。むろん、記者クラブを放置しているような新聞ガミ会社どもにそんなことは期待できない。
 


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Okinawa is the earth's last Colony. [diary]

WASHINGTON is HERE.

Okinawa or Japan(land, sea, sky and puppet government) is the Earth's Last Colony.

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Henoko, Okinawa


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初夢 [diary]

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慰安婦問題<合意>だと。 [diary]

慰安婦問題合意、与野党が歓迎 村山元首相「首相はよく決断」      日本経済新聞 2015/12/28 19:30

 日韓両国が従軍慰安婦問題で決着したのを受け、村山富市元首相は28日、大分市内で記者会見し「日本政府が責任を認めたのは評価できる。安倍首相はよく決断した」と評価した。

 自民党の稲田朋美政調会長は「最終的かつ不可逆的に解決することには大きな意義がある」とするコメントを出した。公明党の山口那津男代表は記者団に「青少年交流などで協力を進めることが重要。安全保障でも今後の土台ができた」と語った。

 民主党は「次の内閣」外相の長島昭久氏が「率直に歓迎したい。後戻りさせないよう建設的対話を重ねていくよう期待したい」との談話を発表。共産党の志位和夫委員長は「元慰安婦の名誉と尊厳を回復し、問題の全面的解決につながることを願う」との談話を出した。維新の党の今井雅人幹事長は「評価したい。少女像撤去が試金石で成否を注視したい」とコメントした。

 日本のこころを大切にする党の中山恭子代表は「安倍外交の最大の汚点となると考えられ、大いなる失望を表明する」とする談話を出した。

だれと、だれが、合意したのか、そういう問題なのか?と、問うてみたまえ、新聞ガミ会社、記者諸君。 

行軍の先々で慰安所が建設される(移動慰安所)のに、軍が関与しない、などということがありうるわけがない。軍は関与していない=こういう阿呆をこれまでファシスト政治屋が主張してきたのである。 低脳女・稲田朋美「最終的かつ不可逆的」とは言いも言ったり、である。戦争犯罪に対する謝罪と賠償、それに調査が始まるのは、これからなのである。犯罪に時効はなく、調査は無期限、無際限であり、犯罪は何度も語られ続けなければならないのである。被害者のみでなく、現在の日本国民に対しても説明せねばならない。米国の戦争犯罪である原爆(および焼夷弾による無差別爆撃)がそうであるように、である(原爆に先立つ、日本軍による上海重慶その他の都市への無差別爆撃も)。原爆を投下したエノラゲイ乗組員はそののち、精神を煩ったという。慰安婦だけではない、女とみれば通行人であっても飛びかかって犯し、家屋に押し入っても、強姦をしまくった(証拠を消すため殺した例も多い)日本兵どもは、復員後押し黙り、罪にも問われず、軍人恩給をもらい続け、死ぬまで何も語らなかった。(メディアも旧軍人に対して問うことをせず、犯罪の...片棒を担いだ。)慰安所を軍が作ったのは強姦が相次ぎ、国際的な非難を免れるためである(ところがあにはからん、慰安所をつくったあとも一般人に対する強姦、殺害は止まらなかった)。

稲田・官邸「不可逆」とはこれからは黙れ、ということだろうが、これからあと、慰安婦制度とは誰が企み、誰が実行したのか、が調査されるのである。事は終わったのではなく、始まったのである。稲田朋美が、日本軍強姦調査委員長として真実を早急に明らかにし、国連で報告すれば賞賛を勝ち取ることもできよう。

それにしても、元首相の耄碌・村山を始め、民主(=第二自民党)はもちろんのこと共産、社民、そろいもそろって、馬鹿よのぅ。低脳野党が、ファシストを作る、われわれはその現場に立ち会っている。泣けるわいや。

*
中山恭子が、年の瀬、食あたりでもしたのか、まともな発言をしている。食あたりが、当分治らぬことを祈る(爆) 

>>日本のこころを大切にする党の中山恭子代表は「安倍外交の最大の汚点となると考えられ、大いなる失望を表明する」とする談話を出した。


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母と暮らせば [Cinema]

本記事は映画評。内容に触れるから、これから映画を見る予定の人で先にストーリを知したくないひと、はパスした方がいいかも。

大晦日の午後急に見たくなったので一人で行ってきた。一緒に見ようというたじゃない!と、後で娘から文句を言われたが。イオンのシネコン。午後4時からの上映、なんと、館内はガラガラ。本当にガラガラで、約300人収容のスクリーンに観客は私一人!一瞬、スクリーンを間違えたか?と半券を見直したくらいだ。だが、一番後ろの高い場所を見上げると(階段状の座席)一人だけ客が座っていた。私はスクリーン正面の特等席。二人の観客で大画面を眺めたのである。上映中、とくに前半、その客がクツクツとよく笑った。笑い声から婦人だと判断したのだが、終映後ゆっくり降りてきたのはおじさんだった(わたしもおじさんだが。。)。

...

広島原爆を背景にした『父と暮らせば』。この映画は長崎原爆を背景にした家族ドラマである。昭和20年8月9日11時頃落とされたプルトニウム原爆で、吉永小百合演じる母の一人息子が、長崎医大で受講中に爆死する。小百合の旦那はずいぶん前になくなっている。息子には将来を約した恋人(マチコ)がいた。息子のことは忘れていい人がいたら結婚して、と、マチコを諭す小百合。いいのです、わたしは一生一人で生きていきます、と決意を示すマチコ。

最終的にマチコは背の高い無口の恋人(片足を失っている)を見つけて婚約する。(なぜ、マチコが翻意したか、を、わたしは見逃した)。

これだけの話である。小百合の息子はわたしからみると、まだ、子供でオッチョコチョイ(私の娘が昔夢中だった人気グループ『嵐』のメンバーらしい)。これが映画を浅くしていると思う。『父と暮らせば』との違いだ。この息子は亡霊となって現れた当初、小百合に対して、マチコが結婚するのに絶対反対していた。マチコにふさわしいのは俺だけだ!というのだ(ようゆうわ、このオッチョコチョイ目が <- これわ私の意見。息子に人間として、男性としての魅力ゼロ、であるところがこの映画の大きな弱点だ。『父と暮らせば』の宮沢りえは、女性として、すぐに結婚してもいい、実質を備えていた。この映画では、息子を、医大を卒業した社会人=医師になりたてほやほや、勤務中に爆死、として設定せねばならなかったはずである)。

映画で描かれるのは戦時中の長崎。終戦までの群や警察の横暴と、終戦直後の物資不足。物資不足の中でも、闇商品でたくましく生きていく長崎の人々。小百合の家にも知り合いの闇屋(小百合を恋慕している)がおり、小百合はその横流し商品でなんとか健康を保っているという設定だ。小百合は産婆を職業としている。

最終的に小百合は体力消耗して死ぬのだが。。。ストーリだけを眺めれば、オッチョコチョイ息子の亡霊はほとんど用をなしていない。ストーリ進行になんの役割も果たしていない。いてもいなくてもいい存在である、ということだ。このへんが、『父と暮らせば』の父親(原田)と大きな違いだ。『父』では、亡霊の父親がいなければ娘の宮沢りえは結婚を拒否する女、として一生を暮らしたろう(ただし、原田が演じる父親(娘は宮沢りえ)は亡霊のくせにお節介が過ぎ、広島にはこんなお節介な父親はいない、と私は考えているから、『父と暮らせば』に私の点数は辛い)。

小百合の住む家は、被爆地からは十キロ以上?離れた、長崎湾を見下ろす丘の途中にある。原爆の被害はなかった。長崎にはキリスト教徒が多い。小百合の家もキリスト教である。ただし、土俗化しており仏教色も混じっているキリスト教である、と長崎の知人から聞いている。

映画への不満はいろいろある。まず、原爆の描き方が淡泊すぎる。原爆投下三年後の長崎が舞台だ。長崎では異常出産はなかったのだろうか?小百合は産婆なのだから、話を異常出産など原爆被害にひきつけられなかったか?しかも、息子は医大生。福島原発事故後、放射能被曝で苦しんでいる日本との関連、現代的視点が全くないのはどうしたことか。

音楽は坂本龍一が担当している。重要な場面で流れてくるのはマーラーの緩徐楽章に似た音。最終場面の大コーラスを含め、すべてマーラーの曲で統一してもいいのではないか、という気もした。

小百合の映画をこの前、映画館で見たのはいつか?と考えたが、どうも、70年代の青春の門、が最後のようだ。私が結婚したての頃すんでいた大宮の小便くさい映画館で妻と一緒に見た(青春の門では、死んだ仲代達矢の妻だった小百合が、小林旭と再婚する、という設定。女盛りの美しい着物姿だった)。その前は、というと、17~18歳の頃、広島市内の映画館でみた青春映画だ。小百合を好きではないが、あの声は昔と同じ全く衰えず、どきどきさせる。この日も、わたしは、最初、画面の小百合の顔を正視できなかった(ドキドキ)。だが、現在の年齢を考えると、映画の役はちょっと苦しいね、美しい小百合であっても。。。

小百合やマチコの長崎弁は、もすこし、どぎつくてもよかったのじゃないか。宮沢りえもがんばって広島弁をなんとか操っていたんだから。。。

。。というわけで、おしまい。娘ともう一回見るかもしれない。

大ヒット上映中、といっているが、実情は違うらしい。。この内容ではヒットは無理だね。吉永小百合を栄養失調?病気?で死なせるくらいなら、『父と暮らせば』とおなじく、爆死させ、亡霊として登場させ、生き残った息子(ただし、俳優は変えてよね)を助ける設定にすべきだった。ストーリは大幅に変更する必要がある。結婚を拒む、被曝した息子(たとえば、異常出産を恐れて)に、結婚を勧める役割、とか(これは現在に通じるアクチュアルな問題を提起しよう。)、あるいは結婚だけがすべてではない、子供を作るだけが結婚だけではないではないか、と、果てしない問答を繰り返す親子。産婆が、亡き母の職業であった、という設定がここで生きるのである。

この映画のラストは感動的である。親や祖父祖母が原爆被害者である長崎市民には感動を与えたろう。だが、戦争を生きた一人の婦人の生涯、という以上の感動は与えない。述べたように、フクシマの問題に切り込んでほしかった。


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