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浅薄な曾野綾子発言の擁護を始末しよう [diary]

浅薄な曾野擁護を始末しよう。

 ウィーン在住氏が曾野を擁護している。全く物を知らない意見である。
たしかにニューヨークでもロスアンゼルスでも特定人種が固まって生活している実態はある。ゆえに、人種で固まって生活することを奨める、というのは愚論であり、危険なのである。なぜか?彼らがまとまって住んでいるのは差別があるからであり、その結果として他の人種に混じって生きられなくなるのだ。差別を受ける、ということは、自由に職業を選ぶことができない、ゆえに貧困になる、すると、車は買えず、地下鉄に乗らざるを得ない、駅の近くに住む、。。極端になるとスラム化する、といった循環が生まれたのである。社会的に差別を受ければ集団で身を守らざるを得なくなるのは当然だろう。これが、結果としての棲み分けなのである。

...

ロスアンゼルスの韓国人街が暴徒に襲われ焼き討ちに遭ったのを覚えているか?ヘートスピーチをやるバカがなぜ、東京の新大久保に集合することになったか。

棲み分けせねば生きられない世の中にしてはならないのである。

政府が政策として棲み分けを強制するのがアパルトヘイトである。曾野は政府に重宝されている浅薄かつ売れない物書きである。結果としての棲み分けでなく、これから外国人の移住を緩和しようと言うときに、棲み分けを推奨するのはアパルトヘイトと言われてもしようがないのだ。しかも、人種、による棲み分けとは恐れ入った。いった人種とはなんなのか?安倍は侵略の定義はない、などとほざいて侮蔑されたが、人種とは<侵略>とは比べものにならないほど規定が困難なのである。

ウィーン在住氏(世界日報)>行政的に人種別に居住地を分けることにはもちろん反対だ。そして、そのような行政を実施する国は21世紀の現代、もはやどこにもないだろう。ただし、結果として、同じ人種、出身国の住民が同じ居住地に自然に集まるという傾向は見られる

人種出身国で同じ居住地に集まるのはなぜなのか?を分析せずにことは始まらないのである。不都合な理由だから、分析したくないのに決まっている。それを隠したい者どもが、浅薄な議論をする。

日本国民(あるいは近代憲法を有するすべての国)であれば、日本の領土のどこに住もうとも自分の意志で居住地を選び住む自由がある。日本国民だけでなく、ほとんどの国が居住地の自由選択を保障している。これを政策で規制する国は自由のない国である(かつて奴隷は自由に歩き回ることさえ許されなかった。あるいは現在も某国ではそうなっている)。おそらく曾野綾子はそういう事実は知らないだろう。

無知な作家であっても、隔離してはならないよ。何かの役には立つ。

曾野の意見を掲載した産経新聞を批判している者がいるがこれは間違いである。愚論であっても掲載する価値はあるし、意見の内容により掲載しない、というのは表現の自由に反する。反面教師としての役には立つ。産経新聞が曾野の意見を掲載したのは、曾野の言っていることがよくわからない、あるいは、読まずに掲載した、あるいは、アパルトヘイト=隔離政策は産経の持論である、このどれなのか?。。。わたしには興味が無い。

世界日報の曾野綾子擁護
http://vpoint.jp/column/37334.html


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