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映画『蟻の兵隊』  日本軍山西省残留問題 [戦争・原爆]

                                  
                     
        

本日、2006年、5月24日、映画『蟻の兵隊』の試写を観た。

映画『蟻の兵隊』のhpアドレスは下記の通り。以下必要に応じこのhpから引用させてもらう。本記事に添付した画像はすべて  有限会社蓮ユニバース からの提供である。
http://www.arinoheitai.com/index.html

この映画は元残留兵、奥村和一の現在と過去を提示する。
奥村和一は、15歳で少年兵として徴用され、中国大陸山西省で中国軍と戦った。
中国軍と、というが実際に殺戮したのは無辜の農民である。
いまでも、最初に突き殺した場面を夢に見る。にらみ返す農民に目が向けられずあらぬ方向を向いて突き刺す。何度付いても急所、心臓を刺せない。上官が怒鳴る。
あたりでは、日本兵が農民の首を、剣で叩き切っている。

日本政府が 国体護持(昭和天皇の死刑を免れること)を条件に連合国が7月につきつけたポツダム宣言を受諾したのは昭和20年8月14日のことだ。しかし、中国山西省にいた陸軍第一軍の将兵59000人のうち2600名は、残留兵として居残り、当時共産軍とたたかっていた国民党系の軍閥に合流して戦い続けたのである。なぜ、こうなったのか?

当時(戦争終了後)、「戦犯」であった軍司令官が責任追及(戦犯として)への恐れから軍閥と密約を交わして「祖国(日本)復興」を名目に残留を画策した、と主張した。実際は、残留兵を残しておのれらだけまっさきに日本に帰国してマッカーサーにすり寄ったのである。

残留兵として戦って、捕虜になった奥村は昭和23年人民解放軍の捕虜になり、中国国内で6年あまりの抑留生活を送る。故郷新潟県にもどったのは、昭和29年のことであった。終戦の翌年、彼の軍籍は抹消されていた。日本政府は、「残留兵はみずからの意志で(すなわち軍の命令でなく)残り、勝手に戦い続けた」と主張したのである。なぜか。そうしないと、ポツダム宣言に違反するからである(武力放棄、戦闘行為の終了が一つの条件であった)。奥村等13名の中国残留兵は、軍人恩給の支給を求めて困難な裁判闘争に入る。東京地裁に提訴するも、2004年4月敗訴、2005年3月の二審でも敗訴。2005年4月に生き残った5名が最高裁に上告している。裁判闘争中、4名が死亡した。

奥村は個人で裁判の証拠文書(国人軍との密約)を求めて単身中国に渡る(映画撮影クルーが同行)。
なぜ、終戦後3年も経過したのに、中国内戦に巻き込まれ「天皇陛下万歳!」と叫んで死ぬ、親友を眼前に見なければならなかったのか?奥村の怒りである。

 山西省。戦闘跡を訪れた奥村。

##

軍隊とはいかなるものか? 日本国、とはいかに国民や兵隊を守ったか、守らなかったか?
奥村がそれを証している。

映画を見ながら私のアタマを去来したのは、レイテ戦記を書いた大岡昇平であり、映画『行き行きて神軍』の主人公奥崎謙三や監督原一男であった。『蟻の兵隊』を監督した池谷も当然原一男は意識していたはずである。

しかし、奥村の闘いは大岡の「レイテ戦記」執筆よりは過酷である。

奥村は山西省の公文書保存施設で、ついに 現地司令官と国民党幹部の交わした密約文書を発見する。しかし、それは証拠として裁判で採用されるに至らなかった。奥村はさらに自分が農民を突き殺した場所を訪れ線香を供えて追悼する。奥村も上官の命令とはいえ犯罪を犯したのだ。(東京裁判の結果、上官の指令であっても、人道に反することは逆らわなければ罪に問われるという判例が成立した)

もっとも胸を突かれた2つのシーンのことを述べておきたい。
1つ。
奥村が宮崎舜一元中佐を病院に訪ねる場面である。宮崎は脳梗塞で倒れ言語を発する状態にない。ベッドの上で寝たきりであり、長女が介護している。宮崎は、敗戦時200万人もいた在留邦人の帰国輸送を総括した。山西省で残留兵の不穏なうごき(国民軍との密約)を察知し、澄田第1軍司令官らの首脳に「残留部隊編成の中止」をせまったのである。宮崎の奮闘にもかかわらず、部隊を山間にかくすなどして秘密計画は実施されてしまった。結果、死なずにすむ多くの兵を殺してしまったのである。(奥村は、かつて戦った中国への旅で、当時を知る中国共産党軍元兵士から、残留兵は故国日本へ帰れば家族との平和な生活が待っているだろうに、なぜ残って戦ったのか?と不思議がられる。)ベッドに横たわる宮崎元中佐に奥村が、現在の法廷闘争の状況を伝える。伝わるまい、と思いながら語りかける。ところが、宮崎は奥村の言葉に激しく反応するのである。口を全開し、おらぶのだ。あきらかに奥村の発言に反応しているのである。奥村は、すでに 言葉と行動の自由を失った宮崎のためにも、戦っているのである。すなわち、多くの戦わなくても良い、死なずにすんだ、死者達が奥村の背中を押すのである。 この映画の、「核」、はこのシーン、言葉を失い、わずかに思考能力と記憶が残されたかに見える、宮崎の絶叫のシーン、にあるといってもよかろう。
この映画で、もっとも印象に残る画面である。 長く言葉として表出されなかった記憶がマグマのように噴出した瞬間であった。

裁判闘争の現状を伝える奥村と激しく応答する宮崎元中佐

その2。
靖国神社。参拝を推進する家族団体を前に、小野田元少尉が演説している。演壇を降り、帰路に就こうとしたたところに奥村が歩み寄り「小野田さん、あなたは侵略戦争を美化するのか」と詰め寄る。小野田は激高し、奥村に対し「軍人勅諭を読め!」と怒鳴りながら、去る。国家の絶対的な庇護のもと、税金から軍人恩給をばらまかれている連中、国家の恥をさらすまいとする一部官僚のエゴと、その巨大な圧力に抗して戦わねばならぬ奥村の孤立が露出した場面であった。軍隊の中にあっては、軍隊とは何か、は見えない。残留兵=軍籍抹消という取り扱いを受け、軍隊の外部にはじき出された後で、奥村は、軍隊とは何かが、あたかも地層が裂けて露わになった断層をみるように、明らかになったのだ。


地裁での敗訴をつげる書類が裁判所から奥村の元に郵送される。本来なら担当裁判官の署名捺印があるべき判決書に捺印が無く、代わりに「都合により印鑑省略」の文字を見る。裁判所に電話をし、この理由をただす奥村。電話の相手(女性担当者)から、「これは物理的な理由です、担当裁判官が「任地変更」のため「物理的に」印鑑をつけなかっただけなのです」、という説明を受ける。 笑うしかなく、もの哀しき場面であった。国家は逃げおおすため、永久に「任地変更」を繰り返すであろう。 

みてみぬふり、くさいものにふた、のニッポンの現実。
この話ははるか遠い昔のはなしではない。現在ただいまの話である。
本来ならこのフィルムは映画ではなく、NHKが放映すべきドキュメントである。(あまりに遅すぎるが)。米国PBSや英国BBCなら遠のむかしにこの程度のドキュメントは放映していたはずである。
NHKが数年先この映画を全国放送するであろうか?まず無理だろう。このような放送局に聴取料など払う必要はないのである。

少年兵奥村に対し、上官は、肝試しとして、農民を銃剣で突き殺した。これは上官の気まぐれではない。組織的な「指導教育」方針に沿ったものなのである(どこが、大東亜共栄圏か?)。奥村は、後数年すれば自分も上官と同じように若い兵隊に同じことをさせた、だろうという。これは当時でも戦争犯罪である。このような組織的犯罪を、現在、国民の前であきらかにし、現在の国際法では上官の命令に背いてでも人道上許されぬ戦争行為を拒否する「義務」が兵士にはある。これはどこで教えられているか?主権者たる国民に国際人としての常識を教えるのは国の義務、である。不正な政府や軍隊、官僚から、国民の生命と生活を守るのはひとつの正義、であり、この正義を遵守する姿勢(スピリット)を 愛国心、という。NHKを含むマスコミは、正義と愛国心を 国民に仕込んだらどうか?ついでに、政府、官僚や軍隊にも愛国心を教育してやってくれ。

最後に、この映画で感じた違和感をのべておこう。
ラストちかく、奥村は当時農村で日本兵に暴行され、輪姦された女性、リュウ・ミイエンホァンさんと対話する(日本政府に損害賠償を求め訴訟。事実関係は認められるも、請求棄却)。このあたりから画面や音楽が情緒に流されていく。最後、奥村が生き残った元上官宅を、事前連絡無く訪れるシーンでおわる。上官宅の玄関先で上官に詰め寄る奥村。上官は、60年前のことだから、と言葉を濁す。

理解できないのは、監督池谷らしき声が(姿をみせない)、奥村に対し 「なぜ、予告無く上官を訪れるのか?」というトンマな問いを発することである。奥村はおのれらが何十何百と殺害した中国農村を単身訪れているのだよ?その彼が、過去を封殺して生き延びている上官を予告無く訪問することがどれほどのもんだというのか?

ラスト。中国人女性歌手?が歌う、情感的な歌。まったく理解に苦しむオセンチな、エンディングである。奥村の裁判闘争はまだ、続いているのだよ。わたしなら、上官に詰め寄る奥村を撮り続け、そのままストップモーションにし、クレジットを流しながら、印象的な遠雷のような 響きを持つ音楽(この映画の主題、といってもよい。冒頭とオーラスのみ、で使用されたが、映画の途中で使用しても良かった)、で終わらせたろう。この映画に「ジ・エンド」のマークはまだ付けられないのだ。映画に『ジ・エンド』はあっても、 奥村の闘いは To Be Continued なのだ。

奥村の闘いは、奥村個人の闘いであっていいのか?この闘いを理解し、共有できない日本人は、人間たる資格を問われねばなるまい。すなわち、奥村の闘いは、一日本人として戦っているのである、と同時に、普遍的な人間としての闘いなのである。つまり、この映画を観てこれは日本という国のみに限定された特殊状況、とみる世界各国の人がいたらおめでたい、というべきだろう。奥村の闘いは、日本だけのもんだいではない、中国、韓国、米国。。。およそ、近代の国家すべてが共有している問題なのである。つまり、国家(政府、裁判所、国会、官僚、軍隊など) 対 個人、という問題なのである。 日本の国会が奥村を支援しなくていいのか? 国家において、正義は、個人の自己負担で実現しなければ、ならぬものなのか?

奥村もいつかは死ぬ。死ぬまでに問題が解決するとは誰も思わぬだろう。政府や裁判所は奥村等訴訟人全員死ぬのを待ち望んでいるのである。 奥村さんと奥さんの生活は本来なら、今頃、平穏であるべきはずのものであった。ご健康と闘いの勝利、を祈りたい。

映画タイトル、わたしなら、『蟻の兵隊』ではなく、『山西省残留兵士達の闘い』としたろう。

この映画のパンフレットに、ジャーナリスト鳥越俊太郎はつぎのようなメッセージを寄せている。
「小泉・安倍氏は 「国のために命を捧げた魂」のため靖国神社に行くという。
一寸待ってくれ!
ここに国に棄てられた兵隊がいるじゃないか!
怒りを呼び戻そう!!」

一寸待ってくれよ、鳥越さん。 棄てられたのは奥村ら山西省残留兵士たちだけではないのだよ。
大東亜戦争で、日本軍の死者は300万という(一般人を含む中国人の死者は少なくとも1千万人)。そのうち半数が餓死なのだよ。戦時、軍人への食料支給は政府軍隊の責任なのだ。奥村等残留兵士だけではなく、すべての兵士が天皇のために棄てられた、というべきなのである。日本軍に、部隊ごとの特殊事情などあるわけはない。政府と軍隊のどこを切っても、無責任、いいのがれが充満しているのだ(これは平成のいまでも、続く、日本政府と官僚の伝統だ)。

小泉ら政府や官僚はは、「おのれらの無策のため死なずにすんだあなた方をむざむざ殺してしまった。あなたたちを犬死させたにもかかわらず、生き残った国民の血と汗により、ここまで復興しました」、と死んだ日本兵士と、生き残った国民、それに、一千万を超えるアジア一般住民と兵士の死者、その親族に日本政府と軍を代表して詫びるべきなのである。日本兵士の餓死は必然であり、餓死しなかった兵士は運が良かったのである。兵士同士、あるいは、現地住民の人肉食いまでやる羽目に陥らせ、復員して口を閉ざしている兵士、あるいは、餓死しするに至った兵士が死ぬ瞬間に 「天皇陛下万歳」と叫んだとおもうか? 死者にくちがないのをいいことに、死んだ兵士を二度まで冒涜するでない。犯罪を犯した兵士の罪は死んだからといってチャラになるものではない。地獄にいっても犯罪人は犯罪人なのである。罪を暴き、ふさわしい罪状をわれわれが付与することで死者も永遠に眠ることができるのだ。

したがって、奥村が犯した罪は永久に消えない(誰も裁いていないのだから。奥村は今でも未決囚である)。もちろん奥村以外の日本兵すべても、だ。靖国に祀られたからといって、罪が消えるとおもったら大間違いだ。それを奥村も了解しているから、当時の政府や軍隊の行為を非難できるし、それを政治的に引き継ぐ現在の政府を責めることができるのである。犯した犯罪を自覚しないもの、犯罪を犯してほうかむりするものほど醜いことはない。犯罪を犯したことを自覚し、他人に正義を求めるのは勇気の要ることである。犯罪は誰しも犯す可能性はあると想念した上で自分が奥村の立場に立ったら何をするだろうか、と考えるのも無駄ではあるまい。

この映画、この7月より数館で公開にこぎつけたそうだ。
奥村さんは6月に本を出版するとも聞いた。
ニッポンとはいかなる国であったのか?いかなる国で現在、あるのか。
これを、知りたい人に、この映画を見ることを勧めたい。

##
去年7月に85歳で死んだ、私の親父のことを話しておこう。親父は中国戦線(日支事変、志願した)に出かけた下級兵士だった。4年前に余命1年から3年と医者に言い渡された。親父は、おれは一度は中国で死んだ人間だから今更命は惜しくはない、といっていたが、去年のいまごろ入院したとき、だんだん記憶がなくなっていく、こうして死んでいく。。と涙を流していた。結果、医者から死を宣告されちょうど、かっきり、3年で死んだ。
一年前の今頃だったか、田舎(広島)に見舞いにもどり、新幹線駅から弟の車で自宅に向かう途中母に電話すると親父が倒れた、という。その晩おそく、救急車を手配し、深夜病院に入った。午前一時頃、ありあわせの物置のような狭い部屋のベッドに親父を寝かせて帰ろうとしたとき、親父が中空を睨みながら、つぎのようなことを、問わず語りにしゃべり出した。
「中国の農村で、農家に押し入った。泣いて止めてくれとせがむのに、牛を連れて行った。。」
なにを、こんな場所で、突然言い出すのか?と、わたしは不審がり、驚いた。

中国で戦ったのは、奥村の15歳に対し、親父は20歳くらいだったか。
すっかり忘れた記憶が突然想起されたのではあるまい。おそらく、人生の、ことある事に、戦線の記憶があたまをよぎったのではあるまいか。医師から余命1-3年を言い渡されたときも、一度は戦争で死んだ身だ、なにもかも隠さず話してくれ、と医師に伝えた、というていた(こんな父にしても、病院の床では、だんだん記憶がなくなる、もう死ぬ、と涙を流していた。これは私にとってショックであった)。

揚子江を船で上っていたら、魚がびょんびょん船の中に飛び込んできた、というような話ならきいたことがあったが、そんなことを聞いたのははじめてであった。兵士はしゃべらず、記憶を地獄まで持って行く。(私が、上記で、寝たきりの宮崎舜一元中佐の激しい反応に胸を突かれたのは、同じくベッドの上にあった親父の姿とだぶったのに、ちがいない)。

大岡昇平は「レイテ戦記」に書いている。「。。従って、小作人の水牛が徴発される場合、影響は破滅的になる。どんなものにも所有者がいるということを日本人に理解させることは、不可能のようにみえた」 これはフィリピンでの話だ。むろん、同じことを当然の如く大陸の戦場で行った。奥村が訪れたかつての戦場である山西省の村の老人も語っていた。牛、豚、鶏と同じように人間を民家から連行し、殴打し、犯し、大根を切るように首を切り落としたのである。

日本軍や政府はなにも記録を残さない。大東亜戦争の記録を日本軍は残したか?
敗戦時、すべて公式記録を焼き尽くした。公式記録がないから、そういう事実もなかった、と恥知らずの評論家はしゃべくり放題。いま、大東亜戦争の跡を辿ろうとおもえば、国内になにひとつ記録はなく、焼き尽くされ廃棄されており、中国の史料保管施設や、米軍の記録した太平洋戦争報告と、米軍が傍受した日本軍の電報などにたよらねばならない惨状である。記録を残さないのはなにも戦争中、戦前戦後だけ、のことではない。いま、政府や国会が国民のためにどのような報告を作成し、情報を国民に開示しているか?軍隊の内部にあっては軍隊が見えぬごとく、日本の内部にあっては日本の姿が見えぬ、という状況にわれわれは置かれている、ということだ。これはあるべき姿とは遠いのである。しかも、これは日本だけの特殊事情、でないことは明らかだ。 歴史は存在しない。人間が、発見しようと意欲し、発見するまでは。

追記:
残留兵、とは 自分の意志で残った兵隊か、と思っていた、とコメントを受けた。名称が悪い。
「違法残留兵」、とかに変えなくては。
軍人恩給請求者、がすべて死に絶えたらこの事実が消えて無くなる可能性がある。国家に、歴史的事実を記録しようという気がないのだから。そういう施設がないのだから。せめて、アカデミがまともなら、こういう事実の発掘に熱意を示すハズなんだがね(何万年前の遺跡、には目を向けるが、何十年前の史実には蓋をするんだから、ひどいもんである。 市川昆の映画『東京オリンピック』にたいし、あまりに芸術的すぎる!記録編をつくれ!と、当時の文部大臣が騒いだことがある(事実、記録編が別に編集された。映画的な美、は喪失)。違法残留兵問題に関しては、オリンピックと異なり、記録そのものが日本には皆無であろうし、政府官僚は、あっても秘匿し処分するだろう。のこっている中国側史料保存施設や、兵士の証言を記録として残し、アーカイブとして公開するなどの作業を誰かがやらなくてはならないのだろうか。本来なら公共の仕事である。情けない国に生まれたモンだ。

追記2: (6/1/2006)
小林正樹監督 『東京裁判』、には、『蟻の兵隊』の最後に登場した小野田元少尉のエピソードが挿入されていなかったか?

小野田はフィリピンで終戦をむかえ(おそらく当人はある時期からそれを知っていたはず)たのだが、同僚と二人で逃げ回り、地元民と戦っていた。同僚が地元民に殺されたのを恨んでいた。結局、投降したのだが、フィリピン政府は罪を問うことはしなかった。小野田は投降の条件として 元の上官からの投降命令を要求。日本から元上官がフィリピンにかけつけ、命令を下す(もう、上官は一私人なのだが)、というケッタイな茶番をやった。 ニッポン国民は大歓迎で莫大な 支援金が小野田の元に届けられた。小野田はそのスベテを靖国に寄付したはずだ。帰還した小野田は皇居にかけつけ参拝し、以後のスケジュールもすべて政府が取り仕切った。

小野田と、奥村ら、との 差はなんだろうか?

かりに、奥村らに 残留命令が出されていない、と仮定しよう。私人(ニッポンジン。まさか国籍を抜く、ということはできまい)がかってに国民党を支援した? であれば、革命政府によりとらえられ抑留生活を送ったあと帰還した奥村を、すくなくとも シベリアからの帰還兵とおなじように政府や国民は、歓迎してもよかったはずだ。 終戦後も、武器を持って地元民を苦しめたのは、小野田等と全く同じ条件なのだ。 もし、政府の投降命令に背いて革命軍と戦ったのが罪(国内法に照らしても)であるというのなら、起訴し、裁判で奥村等の罪を問うたらどうか?(どういう犯罪?)

追記3:
忘れてならないのは奥村の戦地における犯罪はまったく裁かれて、いないということだ。彼はおのれの恩給を求めて戦っているのであり、自分が戦った根拠を明らかにしようとしているのである。私的利益で動いているだけなのだ。戦陣訓を兵士に押しつけた軍や政府が罰せられなければならないのと同じく、奥村を追及する手を緩めることはできないのである。もちろん、死後も、である。墓に入れば過去のツミはチャラになる、とおもったら大間違いである。

東京裁判とは関係なく、小野田元少尉、ABC級戦犯、天皇、その他 東京裁判で裁かれたもの裁かれなかったもの、は(死者は墓場から引きずり出し) つねに、法ではなく、正義の前の、法廷に立たねばならないのである。 その作業をする気もない人間が東京裁判を批判などできるわけがない。


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ひろみ

私、大戦にすごく関心があります
何故なら国はアジア諸国をはじめ自国民にさえその責任を果たしていない。
全ての記録を抹消し国家間の援助という形でその責任からも逃れ、私達、戦争を知らない世代に知らせまいと教科書問題も棚上げだし、靖国参拝の意味すら説明しようとしない。けれどそんな国の態度に疑問や怒りを感じる世代はもう少ない。どうなる私の国、日本。
by ひろみ (2006-05-24 23:17) 

古井戸

本文で書いたように、関係者は死にます。政府はソレを待っている。

人間は死んでも記録は残る。
この映画のように、もうラストチャンス。どんどん記録を取って(中国や、米国に残っている。あるいは日本のどこかにも)アーカイブを作成し(民間基金をつのってもよい)、ネットで公開すること。

テキストにくらべ、画像のインパクトは大きい。この映画もデジタル化しネットで公開できるようにしてほしい。 ランズマンの映画shoahはいろいろ問題は起こしたが、日本でもおなじ聞き取りを画像に残すべきだと思う。劇場公開しなくても良い、最初からネットでの公開を期してとにかく記録すること。

NHK聴取料を払わず、こちらのカンパにまわそうぜ。
by 古井戸 (2006-05-26 22:40) 

まめタロー

ミクシーからこちらに来ました。
自分のミクシーのページで『蟻の兵隊』の宣伝をしたいのですが、
上手く短くまとめられません。
もしよろしければ、こちらの文章のところへのリンクをはらさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?
by まめタロー (2006-07-24 13:29) 

古井戸

まめタローさん:

どうぞ、ご自由に。
 私のも、「上手く短く」、はないですが。。
by 古井戸 (2006-07-24 14:43) 

まめタロー

ありがとうございます。
へへ、確かに短くはないですがいい文章ですよ!
他の文章も読まさせていただきました。
また来たいと思います!
by まめタロー (2006-07-25 00:01) 

タクロウ

昨日の朝日地元版で「蟻の兵隊」の上映会が隣町であることを知り行って来ました。このblogに出会わなければ恐らく見に出かけることはなかったろうと思います。やはり強く印象に残ったのは病室の宮崎さんのシーンです。そこに映っているものは写真でも文章でも表しきれるものではない、ドキュメンタリー映画の持つ説得力を感じました。上映後に池谷監督と奥村さんのトークタイムがありました。そのなかで宮崎さんの長女増本敏子さんが取材録画をOKした理由に、寝たきりになって10年余り今まで生かされてきたのはこういう事の為ではなかったのかと思ったからだったということが語られました。子は親の鏡と言いますが増本敏子さんの凛とした雰囲気は父親の人格を写したものなのだろうと思いました。そしてそういう日本人がいることをこの目で見るとまだ日本も捨てたものではないなと思えてきます。
by タクロウ (2006-11-23 21:04) 

古井戸

> 宮崎さんの長女増本敏子さんが取材録画をOKした理由に、寝たきりになって10年余り今まで生かされてきたのはこういう事の為

ほんとによかったですねえ。。
言葉では表現できないものがある、ということですね。まだ各地で上映されているとは嬉しいことです。ぜひ、DVDなどにして長く保存して貰いたい。

ところで、宮崎さんが亡くなられたそうですね。
http://blog.livedoor.jp/the_ants/archives/50759036.html
ご冥福をお祈りします。
映画に間にあってよかった。

既に紹介しましたが
http://blog.canpan.info/miyazaki/archive/2
↑このブログの筆者は、故宮崎さんを叔父とするかたです。
##引用
本来ここでは映画に対する感想を述べるべきだが、その前に個人的な思いを記すことにする。というのも、奥村さんが病院に面会に訪れた南京総司令部の主任参謀・宮崎中佐(当時)は私の叔父に当たる。
##
by 古井戸 (2006-11-24 10:28) 

タクロウ

古井戸さんコメントありがとうございます。宮崎さんが大陸からの引き揚げを統括したことは憶えていたんですが、‘南京総司令部の主任参謀’だったなんてことをどうして聞き漏らしていたんだろう・・  あのシーンがなおさら重いものに感じられます。では
by タクロウ (2006-11-24 21:00) 

ikeo

コメントありがとうございました。
昨夜 小浜9条の会の例会がありました。
私は蟻の兵隊 チケットまだ買ってくれる人がいません。
でも働きかけないと買ってもらえないことははっきりしています。
by ikeo (2006-12-09 07:10) 

munnku

今、学生で自主上映をおこなおうと企画しています。
映画だけをみて理解するのは少し難しいところもあるので、
ここの参考にさせていただきます。

どこの戦いでもなんでも死なずに済む人を誰かの勝手な思いで死なせることにはらがたちます。

この映画は今を映しているし、いいかげんみんなが目を向けないと。

エンディングのことについて書かれてましたが、確か最後は奥さんとの食卓の場面で終わるきがしますが・・・あれれ?私の勘違いでしょうか。

奥村さんを主役にしたのは絵になる人物であったことと、やはり奥村さんの執念に監督が惹かれたのではないかと思います。

まだ、勉強不足なので、質問させていただきます。
澄田は、いち早く飛行機で帰国してマッカーサーにこびをうれば戦犯にならずにすんだ理由はなんですか?こびれば、戦犯にならないものだったのですか?そこが、少しあやふやでして・・・。

お答えしていただければと思います。よろしくお願いします。
by munnku (2007-05-13 16:08) 

古井戸

澄田について:
澄田司令官は偽名で帰国、帰国後、マッカーサー将軍に面接、
自衛隊立ち上げに関する旧日本軍基幹将校の一員として、米軍当局部門と連携して働いたようである、
軍隊という組織の国際性、日本の官僚制が進駐軍によって基本的に支持されたように、日本軍の幹部も復活し、
朝鮮戦争、ベトナム戦争を経過して、自衛隊として再生する、そのような環境もあって、
第一軍幹部将官の行為は免責されたも同然の状況となった、

↑を検索しました。。http://market-from-japan.jp/xoops/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=flat&order=DESC&topic_id=123&forum=11&move=prev&topic_time=1159310730&PHPSESSID=c638dc02bce1dcd297e8f5af576dc11b


エンディングの場面が食事ですか?忘れましたが、あの音楽(主題曲?)での終わり方はないのじゃないでしょうか?奥村さんの闘争は終わっていないのだから。
by 古井戸 (2007-05-13 21:39) 

Mr.G

弊ブログへのTBありがとうございました。

大変興味深く貴ブログを拝見させていただきました。
<記録を残し、アーカイブとして公開するなどの作業の必要性
私も強く同感いたします。このまますべてを風化させようとしているかのような国の姿勢に憤りを覚えます。マスコミもしかり。
これだから日本は隣国からいつまで経っても反省がない、謝っていないなどと言われてしまうのでしょう。
by Mr.G (2007-05-28 23:51) 

ぴむ

TBありがとうございました。実はTB反映がうまくいかず、先ほどやっと反映させることができました。以前からたびたびTBいただきまして、本当にすみませんでした。

私の祖父も、南方に戦争に行ってたんですよね。
やっぱり具体的な話は何も聞いたことがありません。
が、「蟻の兵隊」を見て漠然と思ったことは、日中戦争を戦った人と、
日米戦争を戦った人とは、戦中も戦後も境遇が全く違ったのではないかと
いうことです。その辺、もっと詳しく知りたいものです。
by ぴむ (2007-06-04 22:49) 

古井戸

>日中戦争を戦った人と、日米戦争を戦った人とは、戦中も戦後も境遇が全く違ったのではないかと。。

別物ですね。太平洋戦争では半数以上が餓死しました。
インパールなどでも多数が飢え死にでしたが。
隠し続け、被害者の死ぬのを待つ、責任者を隠し通す、というのは一貫していますね、現在まで。
by 古井戸 (2007-06-05 03:31) 

てんすけ

教えてください。
腰の曲がったおじいさんのざんげの記録が山西省に残っていて本人に見せるシーンがあったと思うのですが、あれがよく理解できませんでした。
あれはどういうことでしょうか。
拘留された時に書いた懺悔という意味でしょうか。今もあそこにあるのでしょうか。
by てんすけ (2007-07-26 13:18) 

小野田氏について

小野田氏についてこの映画を通じて誤った認識が(とりわけ左翼系の方々に)広がる事を恐れます。

当時、小野田氏が英雄扱いされたかどうかは、当時の(保守と革新の入り乱れる)世論の中では微妙な問題であり、その事を持って小野田氏の境遇を幸福だと語るのはどうでしょうか?

故郷に戻った小野田氏はベトナム帰還兵の後遺症と同じような苦悩を味わっはずで、全てを一からやりなおそうとたいへんなリスクを負ってブラジルに移住し、その孤独な姿に感銘を受けた女性の支えで長い期間をかけてブラジルで牧場経営を成功させる。その後半生の成功に日本の世論は関係なく、小野田氏自身が戦前戦中とつちかってきた信念のたまものです。

こういう信念ある人間が弱者の立場にうんぬんしないのは世の常ですが、だからと言って小野田氏とこの映画の主人公を対比させ、さも小野田氏を悪者のように描くのはどうでしょうか?本当の悪と対比させず良心的な普通人を悪に祭り上げる事に違和感を感じます。
by 小野田氏について (2008-02-05 11:42) 

古井戸

1 小野田は「優秀な」ニンゲンであることは確かでしょう。「信念」の持ち主であることもたしか。奥村に向かって「軍人勅諭」を読め、と怒鳴ったのも確か。いまだに靖国から離れられないのも確か。靖国や天皇を否定すれば己の前半生の意味が喪失する、とでも考えているのでしょう。こういう「優秀さ」は奥村にない。どっちの立場を支持するかは、ニッポンが、そして個々の兵士がどのように闘ったか、闘わされたか、という戦争の評価によります。

2 ことし2009年の盆にNHKスペシャルで放映した海軍軍令部の反省会。この番組を観ればいかに鈍感な人びとでもこの戦争がいかに愚劣か、ほんの一握りの人間たちがニッポンコッカの行く末を考えたのでなく、おのれの省益、利権だけを考えて多くの日本兵、国民に塗炭の苦しみを与えたことが明らかになる。しかし、すべての軍人が死に絶えることになってやっと<反省>番組、<証言>番組を放映し出すよりは、『蟻の兵隊』を放映すれば軍隊とはいかなる組織か、が忽ち明らかになる。

3 小野田のように頭はよくなくても恩給をもらえる(奥村と異なり)兵隊が、復員後、戦争について否定発言をすることは少ない。兵站なしで南洋に送られた兵士たちは95%が病死、と餓死した。それを生きのびて帰った兵隊は、なぜ死ななかったのか、と責められ、家から一歩も出ずに生きてきて、やっと、死を迎えられるという幸福を味わっている。彼らと比較すると、小野田の<復員の仕方あるいは儀式>はあまりに見事すぎて唖然とする。こういう頭のよいニンゲンには反吐が出る。

4 小野田がブラジルで成功したとか、靖国で演説したとか、右翼に祭りあげられているとか、は私にとってはどうでもいいこと。なぜ死ななかったのか、と平均的日本人から責められながら息をひそめて暮らす兵士もいれば、参謀本部を恨みながら餓死病死した兵隊を代弁し、天皇に反省を求める証言を今でも行っている元兵士もいる(たとえば、飯田進)。そのような兵士もあと5年すれば完全に死に絶える。小野田には彼らの生き方や声はなんの影響も与えないだろう。慶賀の至り、である。

5 軍隊や天皇制、が崩れれば己の一生も価値が消失すると考える元軍人達がいる(いた)。これはたんに戦前の軍人・軍隊のはなしではなく、現在をどう生きるか、組織とは何か、という問題。個々の青少年に考えてもらいたい、現在の問題だ。

『蟻の兵隊』を見れば、軍隊(ニッポン)とはいかなる組織であったのか、戦前の、そして、現在の官僚はニッポンジンにとって何かがよくわかる。




ところで、奥村氏はいま、健在なのだろうか?

by 古井戸 (2009-08-20 08:13) 

古井戸

奥村さんは2011年にお亡くなりになっていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E6%9D%91%E5%92%8C%E4%B8%80

by 古井戸 (2015-08-19 10:46) 

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